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伽藍堂の勇者  作者: 不落八十八
一章「三人の勇者達」
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「三人の勇者達」-1

 東大陸における最後の砦と呼ばれた魔法都市アルカディアは、最終防衛ラインを国境の境とした緑と水の美しい綺麗な国と有名な国だ。豊かな環境により農作物は元気に育ち、清浄な微風と暖かな陽気に皆自然と笑みを浮かべる平和な国だった。

 そして、今では西の地と正反対の場所にあったために、数十国に渡る魔族に飲まれた東の国の生き残りが退却した最終地でもある。

 魔法都市アルカディアの半数近い魔導師の導きにより、勇者召喚の儀式が静かに、だが性急に行われていた。

 勇者を召喚するこの儀式にはある誓約があった。

 決して勇者を裏切ってはならない。

 たったそれだけであるが古代からその勇者召喚の儀式の誓約として遺されてきたものだ。

 古代で勇者召喚の儀式で何かがあった、とだけは推察されているが未だ不明である。他の国に比べ勇者信仰の深いアルカディアであれど、未だ探求の余地があり、学者や研究者は日々論文と遺跡発掘に力を入れている件だ。


「我が血は純潔の血」


 そして今、火の巫女、水の巫女、風の巫女による勇者召喚の儀式は、神殿に滾る魔力の蓄積を終え、召喚の言葉を紡ぐ最終通過点に漸く達した。

 巫女たちは赤と白、青と白、緑と白の巫女服に身を包み、紅、蒼、翠の頭巾により顔を隠していた。

 魔法都市アルカディアの中心部に存在する精霊を奉る神殿は、精霊の神秘を内包する柱が四本存在し、巫女の居ない土の柱を除いた三本を媒体にし、巫女が大精霊と契約し、遠き地の勇者を召喚する。但し、この勇者と呼ばれる呼称は、この世界(アルカナ)を救う力がある者とされており、善悪関係無く強者が召喚されるものである。

 よって、最悪な場合この召喚が世界を滅ぼす可能性が存在する。だが、それ程の博打をせねばならぬ程に人類は追い詰められているのだ。人類総数は今や二割を切り、現在では約一万二千人まで減っている状況である。そう、此度勇者を召喚出来なければ絶滅は免れない瀬戸際なのだ。藁にも縋る思いでこの勇者召喚の儀式は成り立っている。

 そこに、勇者の意思は存在しないが。


「此度の契約に従い、精霊を奉り世界に問う者なり」


 召喚に必要な魔力を溜め込むのに一年という貴重な年月を必要とした大魔法が失敗されては困るため、いつ攻めて来るか分からぬ魔王軍に前線は神殿に一番近い城壁に戦列し、決死の覚悟を持ってして戦いに挑む。

 国のためではなく、もはや人類の礎となる戦いと言って過言では無いのだ。

 人類約一万二千に対し、魔王軍数十万の軍勢。

 逃げる事すらも許されない瀬戸際の戦いに全員が必死だった。勇者召喚までは気の抜けない前線は今か今かと待ち望んでいる。


「此処に新たな契約を成し、我らを救いたまえ!」


 神殿の中心から外れた三本の柱には、向かうための道の半ばに複雑な紋様の円型魔法陣が書き込まれており、各精霊の巫女は三本の道の中心部の広場で祈祷する形で祈りを込めて契約にあたっている。

 火、水、風、の順に起動した魔法陣により、一年掛かりで蓄積された膨大な魔力が消費され、三本の柱に魔力が注がれて行き、ラインが浮かび上がる。それぞれの柱は紅色、蒼色、翠色に輝き始め、魔法陣の輝きが増す。

 その様子に三人の巫女は互いに顔を見やり頷いて、火の巫女が最初に立ち上がる。


「火の恩寵を受けし巫女の名はフレイル・イシュタール。我が血を持って火の精霊よ、火の勇者を召喚せよ!」


 火の巫女は指の先を儀式用ナイフで浅く切り、血を一滴魔法陣のラインへ魔力を込めて落とす。落下中にルビーのような結晶になった血はラインに溶け、一筋濃い紅の線が魔法陣から火の柱の順に通う。

 

「水の恩寵を受けし巫女の名はマリアス・アクリュート。我が血を持って水の精霊よ、水の勇者を召喚せよ!」


 同じ様に淡々と儀礼用ナイフで切った指先から一滴のサファイアのような結晶になった血がラインに溶け、魔法陣から水の柱へ一筋のラインが通う。


「風の恩寵を受けし巫女の名はウィンクル・アレイクト。我が血を持って風の精霊よ、風の勇者を召喚せよ!」


 風の巫女がちょっと涙目になりながら指先から垂らした一滴の血は、エメラルドの結晶のように姿を変えてラインに溶け、他と同様に魔法陣から風の柱へ一筋のラインが通う。

 勇者は結束する事でより強力な力になる、と儀式の碑文に刻まれている。そのため、此度三属性が混ざり合うこの儀式は大魔法という名に恥じぬ勇者召喚の成果は、魔法都市アルカディアの切り札に相応しい大魔法に違いない。

 柱の輝きが上部から下部へ段々と溜まり落ちて行き、濃縮されたような濃い属性魔力が魔法陣に流れ込む。魔法陣は激しい点滅と奔流を繰り返して、紅、蒼、翠の魔力が魔法陣から上空へ放出され召喚を開始した。

 その場に居る誰もが眩い閃光に目を瞑り、一番近い巫女たちは奔流の勢いにより頭巾を後方に吹き飛ばされる。

 数十秒後、魔法陣の奔流は収まった。

 火の魔法陣の上で陽炎のように姿を現したのは、厳格な老人。身なりは触り心地の良さそうな朱色の和服めいた鮮やかな服装であり、白髪混じりの灰色の髪を首裏で束ねていた。

 辺りを顔を動かずして一瞥した老人はニヤァと笑みを浮かべた。楽しい物を見つけた子供のように。

 老人は腰に差していた黒塗りの鉄扇を開き、一同を緊張させた。異様な雰囲気に呑まれかけた時に老人は口を開いた。


「呵々ッ、こりゃ何だ。こんな老いぼれを呼ぶたぁ酔狂な奴も居たもんだのぅ」


 嗄れていないしっかりとした口調は低い声色。風貌や仕草から年齢と研鑽を重ね熟練された人物であると感じられる。

 火の勇者ノブナガ・オダ。

 異世界には同じ境遇を過ごす者は必ず存在する。なんせ同じ世界ですら同じ顔の人間が三人は居る程だ。異世界に居ない訳が無い。


「第六天魔王と呼ばれし、我(わし)を呼ぶたぁ、本当に酔狂な奴よ」


 善悪を問う間も無くノブナガは言葉を紡ぐ。

 第六天魔王。天界をも統べる魔界の王の称号であり、彼のノブナガは百で千を討った初陣の戦歴のある最高司令官である。魔の軍勢を従え、天界すらも我が手の内に掴んだ化物。元人間の妖怪の鬼の果て、豪鬼と呼ばれし英傑である。

 

「ま、魔王……?」

 

 前に天が抜けているが、ノブナガは魔を統べる王と言う意味では魔王と呼ぶに相応しい。

 しかし、彼はその肩書きは好みでは無い。

 露骨に舌打ちし、ドカっと魔力で生み出した椅子に座ると不機嫌そうに言った。


「魔王、魔王とな。我(わし)を魔王と、あんな虫けらと一緒にするでないわ小童。我が名は第六天魔王ノブナガ・オダ。魔界と天界を統べし王ぞ」


 誰もが思い寄らぬ人物に対し頬を引き攣る。

 VIPってレヴェルではない。超が三つでも足りぬ勢いの人物であり、この世の誰よりも格上の人物である。

 火の巫女なのに青褪めた顔をするフレイルが恐る恐る話しかける。


「……王、でございますか」

「うむ、如何にも。まぁ、確かに悪魔の如く召喚に応じたからには仕事をしてやろうではないか。さぁ、依頼(オーダー)と贄(ワイン)を寄越せ」

「お、お待ちくださいませノブナガ様。此度の召喚は悪魔召喚でなく、勇者の召喚の儀式にございます! 残り二人の召喚を終えてからで報酬等のお願いを申し上げたいのです」


 勇者という単語にきょとんとしたノブナガは、呵々大笑して膝を叩いた。愉快痛快だろう、なんせ天魔王に勇者を頼むという前代未聞の願いなのだから。


「良かろう良かろう。いやぁ、我(わし)も統一してからは暇で暇でな。ワインの熟成を待つだけの日々よ。そうか、勇者か。何とも面白いでは無いか。気に入った。貴殿らに日々の美酒を対価に力を貸そうぞ」

「あ、ありがとうございます! わたくしは火の巫女フレイル・イシュタールでございます。御身の従者として配下に付きますので、何なりと御命令を下さいませ」


 そう恭しく頭を下げたフレイルにノブナガは「では、酌を頼む」と、何処からか栓の抜けたワインボトルを差し出し、ワイングラスを手元に隣の魔法陣を見ていた。

 異空間に繋げた貯蔵庫の千年物まで眠るワインセラーから一本抜き出しただけであるが、この世界では大魔法レヴェルの代物だ。

 ーーワインを飲む前だったのかしら?

 そう結論付けたフレイルはワインボトルを受け取り、家名ある貴族の出の英才教育により美しくワインをグラスへ注いだ。香りだけでもかなり上等な物だと確信したフレイルはボトルの銘柄を見るが、異世界の知らぬ文字で書かれていて読めなかった。

 それが天魔殺しという皮肉と嫌味を混ぜ込んだネーミングがされたノブナガと敵対していた者からの貢物とは知らぬ方が良いだろう。けれどノブナガは呵々大笑してワインを飲むに違いないが。


「ほぅ、ああして召喚されたのか我(わし)は」


 凹凸のあるシルエットが水の魔法陣の上に生じた濃い水蒸気の中から現れ、ノブナガは「む?」と首を傾げた。魔法陣から迸る魔力に覚えがあったからだ。

 完全に姿を現した女性は黄金の短い髪の麗しき騎士。女神の加護の処女性を表す純白な騎士鎧に身を包み、女性が持つ剣の鞘は黄金。黄金の鞘に込められた聖なる魔力はノブナガにとって懐かしくも久しいものだった。

 水の勇者アーサー・ペンドラゴン。

 彼女はノブナガが敵対した天界の勇者であり、一騎討ちによりノブナガに敗北した女性だった。

 

「我が名はアーサー・ペンドラゴン。清錬の勇者なーーうげっ、ノブナガ!?」


 高らかに口上を上げながら辺りを見ていたアーサーはノブナガの姿を見て、女性らしからぬ奇声を上げて顔を引き攣った。

 明白なアーサーの怯えにノブナガは呵々と笑い、飄々とワインで喉を潤す。周囲の者たちは苦い顔をするしかない。

 ノブナガ>アーサーと分かってしまったからだ。

 悪寄りのノブナガに善寄りのアーサーが怯えるのだからそりゃ苦言を申したくもなるが召喚した側である故にそんな大それた事は誰もできやしなかった。

 水の巫女マリアスは空気を読んで、冷や汗をかくアーサーの前で跪いた。それによりハッとした様子で己の状況を把握したアーサーは咳払いして誤魔化した。


「……清錬の勇者アーサー・ペンドラゴンだ。此度の此れはどういう事だ。何故あの男が居るんだ……ッ」

「それはノブナガ様が火の巫女に召喚されし火の勇者様であります。そして水の勇者様に私は契約のお伺いを、と先に申し上げます。大丈夫ですアーサー様。アーサー様ならば必ずやこの世界を救う勇者として大成します。問題はありませんので、落ち着きくださいませ」


 マシンガントークの如くいつもは淡々としている口調を曲げて、商人の家名を持つマリアスの相手をリラックスさせる抑揚の話術により、アーサーは押され気味に冷静になった。


「あ、ああ。取り敢えず私は勇者として召喚されたのだな。弱き者を護る事こそ勇者の誇り。契約に従い、(今度こそ)世界を救おう」


 一部分だけボソリと呟いたが、誰にも聞こえていない様子にアーサーは安心していたが、ノブナガだけは愉快そうにワインを口にしていた。

 言うまでもない。アーサーが守護する天界を侵略した当人なのだから。

 

「まぁ、そこの生娘が召喚されたのなると、我(わし)らの世界からもう一人呼ばれるかもしれんな」

「……まさか貴様と肩を並べる日が来ようとはな。私も騎士の端くれ。……いじめるのは勘弁してください」

「呵々ッ! まぁ、良かろうて。しかし……」


 ノブナガは興味深し気に風の柱を見やる。

 普通には見えないかも知れないが、柱と契約している魔力のラインの繋がる風の巫女ならばアレが見えてるのではないか、とノブナガは思う。

 その訝しげな視線で風の柱に罅が一つ入っている事に漸くに気付いたウィンクルは、サーッと青褪めた。

 風の精霊と交信したウィンクルは動揺しながら、場を見守る男性に叫んだ。


「し、神官様! 風の勇者様をこの場所には召喚不可能だと精霊様からの御告げが!」

「な、何だとっ!? まさか、悪に染まりし者故に勇者という称号を嫌っているのか!?」

「呵々々ッ! 小童! そいつは前線に召喚してやれ! 暴れたいんだろうよ!」


 ウィンクルはノブナガの指示に従い、召喚場所の魔法陣を神殿の範囲ギリギリの場所へ変更した。

 神官はその行動に絶句する。召喚の儀式は神殿で行われなければならないという規則があったためだ。

 凄まじい魔力の奔流が神殿を外側から揺らし、その余波はまるで獣の咆哮のように感じた。神殿から離れたために、迸る魔力が漏れているためで、再び集まるのには数分の時間が掛かる。

 

「さぁて、役者は揃うた。後は戦争ぞ。一心不乱に死に場所求めて戦争ぞ。酔狂には良か死に場所よ」


 呵々と笑う邪悪なる笑みを浮かべるノブナガの声に、ウィンクルは「もしかしてわたし大変な事を?」と尻餅付いて涙目になった。

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