「勇者とは化物に過ぎない」
勇者とはなんだろうか。
ファンタジー世界に置ける人類側の味方の総称、誰にも彼にも彼女にも手を貸す超お人好し、光の女神に神託された選ばれし者、王様に言い渡された者、勇敢なる者。
本当にそうだろうか。
「ち、近寄るな化物め!」
答えは否。化物だ。
絶対的な力を持つ魔王を殺し、人類にとって目先の平和を齎したに過ぎない愚かな暗殺者に違いない。そもそも冒険の始まりが、勇者として異世界の人間を召喚するという理不尽な拉致方法をした挙句に「魔王を倒せ」という解放条件は余りにも白々しい。始めから守る気の無い口約束でしかないのだ。
「クソッ! 何で当たらねぇんだ!」
人類の敵の魔王を殺して凱旋した勇者を千の槍と万の剣が出迎えて、「勇者は国を裏切った」と言われるとも思わなかった王の言葉を聞いて、味方の筈のパーティメンバーは一言二言聞いた直後に、くるっと踵と掌を返して「相討ちになれば良かったね」と悲しい瞳で武器を向けた。裏切られた苦痛に顔を歪ませ、逃げた勇者に悪辣な追手を放ち、匿った長閑な村を蹂躙した者たちは漸く気付いたのだ。
今迄恐れてきた魔王を殺したのは誰だったのかを。
ーー気付いた時点で既に遅い。
勇者は既に行動に移し、聖剣を鞘から抜いたのだから。
「来るな! 来るなぁっ!」
勇者が身を包む純白の鎧は光の女神に祝福された証の筈なのに、振るう剣により血走る返り血により赤黒く染まって行く。パーティメンバーだった誰かが言った「格好良いね」という感想が今では嘘のように感じる。
右脚を踏み込み、一呼吸で範囲内に入った“敵”を右手に持つ剣で首を跳ね、左腕の盾で後頭部を叩き撲殺する。幾度も魔物相手に繰り返してきたそれらは容易く“敵”と床を赤く染め上げる。それは最初はこれっぽっちも無かった戦闘技能の果てであり、生きるために魂が覚える程に洗練し尽くした絶技に至る剣技の一端だった筈だ。
だが、得た結果が裏切りだった。
そうだよな、と勇者は思う。
人類の敵を殺めたならば、矛先はまた人間に戻るに決まっていた。後の事を考えずに我武者羅に勇者を成した意味は、勇者にだけは無かったのだ。
ーー最初から居場所は無かったんだ。
「た、助けてくれ! 上から言われて仕方がなかったんだ!」
勇者は「そうかい」と返事と共に手首を返し、新たな“敵”を切り裂く。雷鳴の如き速度で振るわれる剣には一切の罅は無く、穢れるのは剣身と精神だけだ。
返り血に染まる勇者は、もはや息をするのも億劫になる汗と血と金属の臭いで噎せ返る道を、淡々とした様子で歩いて行く。
その姿は勇者と呼ばれた存在に程遠い姿であり、女神の祝福が消えて罅の入った鎧を鈍く赤黒く輝かせる。
これまで聖剣と呼ばれた血に染まる剣を持ち、一瞬にして“敵”を切り裂く姿はもはや狂人の類にしか見えぬ程に恐ろしい。
廊下の“敵”を狩り尽くした勇者は愛着すらも冷める気分で左腕の盾を外して、その豪華絢爛な扉に叩き付けた。人外染みた境地へと至る強靭な筋力の前では、飾り付けるだけの扉は呆気なく砕け散る。
内部に破片が飛び散り、幾人かを巻き込んだが勇者にとって“敵”しか居ないこの場では憂いも罪悪感も無い。
「ひぃっ! ば、化物め! 国賊が何の資格を持って王の間を歩ーー」
勇者は腰を落とし、上段に構え縦に一閃した。ある一定の速度を越えた剣技は空気を切り裂く刃と昇華する。それに従い放たれた一撃は十メートルは離れた位置に居た“敵”を無惨に切り刻み、後方に居た“敵”も同様に鮮血をばら撒いて逝った。
勇者の一切の語り合いすらも断ち切る怒りを知った王座に座る“敵”は、だらしない肉の体を震わせて命乞いをした。
金、地位、名声。
くだらない事を今更に述べる“敵”に勇者は殺意で人を殺せるレヴェルの殺気を放つ。迸る怒気に空気が絶叫し、“敵”は皆絶望に堕ちた。怯える愚かな羊たちは餓狼となった勇者に言う。
ーー何故自分が死ななくてはならない!?
「死ぬ理由が欲しいか? 貴様らは俺を裏切った。たったそれだけだ」
幾死の斬撃が瞬間的に全方位に放たれ、数年も旅を同じくした“敵”すらも勇者は微塵に切り刻んだ。断末魔すらも上げれずに無駄に煌びやかな王座の間を赤く染め上げるシミになって行く。未だ逃げる“敵”が居るだろうが、勇者は疲れてしまった。
生きる事をではなく、誰かを信じる事を疲れてしまったのだ。
空っぽになってしまった心を何で満たせば救われるのだろうか。
「うぁあぁあアアアッ!!」
膝を着き、全てに絶望を抱いた勇者は慟哭した。裏切りられた悲しみと悔しさはもはや勇者という一握りの剣をズタズタにしてしまった。そんな勇者の足下に見覚えはあるが何処か違うように見える魔法陣が出現した。
「俺をまた導くというのか運命の女神よッ! この救われぬ俺に何を成せと望むッ!! 敵を、戦友を殺した俺に何を望む! 答えやがれぇええええッ!!」
怒りに任せ振るう魔力が込められた斬撃は城を崩壊の一途へと導く。
この日、数百の命と共に勇者がこの世界から消えた。
怒り狂った勇者の爪痕は世界各地で発見され、それだけの感情を人間に抱いたのだと後々の考古学者は推察した。
魔を殺し尽くしたその勇者はこう呼ばれた。
全てを失った哀しき勇者。
伽藍堂の勇者、と。
なろうコン大賞に合わせて一部変更。




