「ティアール城奪還作戦」-12
その頃、ハイルの恋人は絶賛迷子中だった。
天界に居た頃の城と構造が似ていたのが災いし、降りるべき階段をスルー。挙句の果てに「敵は上だな!」と階段を上がり、最上階を目指していた。目当ての魔導炉と呼ばれる西の地を覆う瘴気を空中にばら撒く装置は最下層、つまりは地下に存在する。
「……おかしい。罠か?」
迷子の言い訳にしては真剣な表情であり、アーサーが素で迷子になっている事に気付いていない証であった。そんなお茶目に役立たずなアーサーであるが、今回は当たりを引いた。最下層とは真逆の位置に値する謁見の間には、黒い重鎧を着た男性らしき人物が居た。女性が着るには重く大き過ぎるし、加えて体格が男性のそれだった。
一目でその男性が人間では無い事が分かる。
自分の首を抱える人間なんて居やしない。
「……驚愕。天使が人間の味方をするとはな」
首から上が無い重々しい鎧が、地鳴りのような擦れる音を沈黙する謁見の間に響かせ、寡黙な騎士のような低い声が生者の恐怖を煽る。アーサーは本来とは違うシナリオでありながら、目の前の重騎士が相当の手練れであると看破し、エクスカリバーを構えた。既に魔導炉の破壊を忘れたアーサーに憂いは無かった。
「貴様は何者だ。ここで何をしていた」
「愚問。待っていた」
「……私をか?」
「否。我が友にして、我が弟子を。我が贖罪を満たす男を待っていた。愚考。貴様なぞ遥かに彼を下回る」
黒き重騎士は虚空から大剣を召喚し、その柄を握り締めた。瞬間、噴き上がる禍々しい魔力が死霊の如く悲鳴を上げた。
上級魔族首無しの騎士の威圧感は瞬く間に謁見の間を駆け、ティアール城を震えさせる程の存在感を隠すのを止めた。
ーーアサギ殿の方が数倍怖いな。
恐怖を覚えず全く動じないアーサーに、首無し騎士は大剣の切っ先を向け、軍馬のように逞しい首の無い馬を召喚した。馬の首からは涎のように濁った色の血が垂れていて気色が悪い。
「随分と不健康そうな愛馬だな」
「笑止。死した者に健康は要らぬ」
皮肉を正論で返されたアーサーは「それもそうだな」と悔し紛れの笑みを浮かべる。ハイルならばその光景を決闘前の口上の一部と美化するだろうが、アサギならば「愛すべき馬鹿だな」とツッコミを入れただろう。アーサーは脳筋のせいでイマイチ締まらない残念な騎士であり、加えて運も悪かったためノブナガやアサギに敗北する負け犬騎士だ。
「我が名は“水の勇者”にして“清錬の勇者”アーサー・ペンドラゴン! 貴様を浄化する」
しかしながら、その実力は伊達では無い。ノブナガやらアサギに負けっぱなしではあるが、規格外過ぎる二人と比べるのは分が悪過ぎるだけでその実力は人間には越えられぬ高みにある。
魔力を喰らい黄金に輝く聖剣エクスカリバーが、月の光しか無い謁見の間を明るくさせる。滲み出す魔力の濃さに首無し騎士もまた、アーサーを倒すべき敵として警戒し首無し馬へ跨った。
「宣誓。我が名は閃光のライジング。詳細。眼前の敵を討つ魔の騎士なり」
紫電が大剣に絡みつき轟々と燃え盛る炎のように唸る。それは魔法剣と呼ばれる剣士が用いる魔法の一つであり、剣に属性を付与する上級魔法である。
「「参る」」
閃光の忌み名は紫電が暗闇を裂く一瞬の光景から名を付けられたため、アーサーの黄金の輝きにより明るい謁見の間ではその光景は見れない。闇夜に紛れて表れる神出鬼没の首無し騎士の常套手段たる嘶きの聞こえぬ首無し馬を駆る姿は圧巻であり、暗闇から突如として現れたら初手で死ぬと噂される程に恐ろしい。それは明るい謁見の間であっても同じであり、死に馬とは考えられぬ速度で駆け回る首無し馬は脅威だ。
馬を狙えば大剣が襲い、ライジングを狙えば馬の首から剣を持った腕が飛び出し襲う。死して体を守る意味が無い故に手段が増える敵にアーサーは攻め倦める。
「チィッ! 面倒なッ!!」
「笑止。死に恐怖せよ天使」
紫電と黄金が打ち合わせ火花を散らし、馬に乗って不安定とは思えない程に鋭く急所を狙うライジングの剣筋にアーサーは何処か見覚えを感じたが、一瞬の隙すら死に至る剣戟の最中故に思考を止めた。時折死角を突いてくる馬首の腕を馬の首元を切り裂いて対処したアーサーは、床に転がるように大剣を避け、首無し馬から飛び降りたライジングと対峙した。
「見事。強き騎士とは思えぬ姿故に見誤ったか」
綺麗なアーサーの騎士鎧を見て、地を転がるような無茶な避け方はしないとばかり思っていたライジングは、先程の大剣を紙一重で避けたアーサーの認識を改めた。
ーー本来ならば泥臭い戦いはしないのだがな。
見覚えのある剣筋に漸く見当が付いたアーサーは、内心で苦笑する。以前の自分ならば二、三手で急所を切り捨てられ死んでいたかもしれないと自嘲したのだ。
泣きたくなるくらいに心身共に圧し折られた剣技に似た剣筋故に、体が覚えていて形振り構わず避けれたのだとアサギに感謝しながら、慢心せぬ神速の剣技によりライジングを討つべく右足を踏み込んだ。
「黄金のーー」
黄金の槍と化したアーサーがライジングの懐に入り込むのと同時に、召喚された首無し馬が間に埋まる。馬ごと穿つ、とアーサーは足を止めずに、結界を発動させ威力を高めた。
「ーー理想郷ッ!!」
輝きを増した黄金の神速突きにより、裂かれた首無し馬は無惨にも飛び散り、それすらも黄金が焼き切り後方のライジングへと切っ先が達する。城の壁を打ち抜いた黄金の槍がライジングの胴を穿つ。
「終幕。我が身はここに在らず」
が、言葉を呟いたライジングは突然霧散し虚空へ溶け、唖然としたアーサーの背を紫電の一閃が斬り裂いた。勢いが強く壁の穴から外へ吹き飛ばされたアーサーは、激しい痛みに意識を焼かれながら、謁見の間で闇に溶け込むライジングの背中を見て舌打ちした。
「幻影か……ッ!」
黄金の理想郷が首無し馬に炸裂した際に生じた影にライジングは身を隠し、残した幻影を穿ったアーサーの背中を斬り捨てたのだ。自身で生み出した黄金の輝きにより己のピンチを招いたアーサーは、慢心を捨て切れていなかったのだと己を恥じながら民家の屋根に激突し、左腕を損傷して木屑と共に床へ叩き付けられた。民家が面する通りには既に殲滅の終えた制圧部隊の一部が居り、民家から現れた負傷するアーサーを見て戦慄した。
折れた左腕を庇いながら現れたアーサーは、鬼のような鋭い眼光で城の最上階を睨みながら歩いていたからだ。幾らノブナガの防御術式があるとはいえ、関節が逆に叩き付けられたのならば腕は折れるのが道理である。加えて防御術式が刻まれた背中側を切られたために既に効力は失せ、破片で頭を切ったアーサーは血塗れの顔で睥睨していて大変な風貌であった。
「……閃光のライジング、か。次は必ず討つ」
聖剣エクスカリバーを納剣し、アーサーは神力を解放し傷を癒して完治させ、本来の役目たる魔導炉を破壊するためティアール城へと駆けた。その人外染みた姿を目撃した者たちは、勇者三人の規格外さに唾を飲んだ。本陣部隊より先に再び城へと入り込んだアーサーは、地下への階段を魔法によりサーチし、隠し扉を荒々しく斬り裂いて階段を降りた。魔導炉は壁に引っ掛かる切れかけのランタンに灯された薄暗い地下室に設置されていた。魔法陣の上に置かれた台座のような魔導炉は瘴気を吐き出して動いているが、供給する魔族たちが殲滅されたために動きは鈍かった。
「……これで役立たずとは言わせないからなッ!!」
渾身の一閃により地下で脈動していた魔導炉を破壊したアーサーは、呼吸を荒くしながら魔導炉に聖剣を突き刺した。完全なる八つ当たりではあるが、その一撃により完全に魔導炉は活動を停止し、結果オーライな成果を残した。
「私は本当の意味で強くなってみせる。“清錬の勇者”の名に恥じぬ強さを得るんだ……。首を洗って待っていろ閃光のライジングッ!」
負け犬騎士を捨て去る決意をしたアーサーの声が地下室に虚しく響く。聖剣を引き抜こうとしたアーサーは柄を握り締めて呻いた。
「ぬ、抜けない……」
神力を解放したツケが今に返ってきたアーサーは項垂れた。先程の叫び声を聞いて一目散に現れたハイルに、アーサーは「聖剣が抜けない……」と泣き付いた。
そんなへたれたアーサーが涙混じりの瞳で上目遣いするものだから、ハイルは硬直しながらも聖剣エクスカリバーを引き抜き鞘へ戻し、アーサーを抱き締めた。
「アーサーさんお疲れ様でした。戻りましょうか」
「……うん、帰る」
プライドに自らトドメを刺したアーサーは、ハイルに抱き着きながら幼い子供のように甘えた。愛しさが限界を越えたハイルが額にキスして、鉄の味を感じて首を傾げながらも、アーサーを抱えて外に出た。
「ちょ、アーサーさんが大変な事に!?」
額から左目にかけて血塗れなアーサーの顔を月明かりの下で漸く気付いたハイルは、慌てて救護室へ向かった。地下室では魔導炉の位置を照らすための微かな灯火しか無かったため、アーサーの顔に影ができていて察せなかったのだ。
「あー……、ハイル。別に怪我は完治しているから急がなくて良いぞ?」
恋人の安否に頭が埋まるハイルにアーサーの言葉は聞こえておらず、アーサーは溜息を吐いて真剣な表情をぼんやりと眺めるのだった。




