「ティアール城奪還作戦」-8
出兵前日となれば兵たちの緊張は張り詰め、念入りな遠征用準備は勿論、愛する家族へ一時的な別れを告げるのに精を出す。文字通り精を出す熱々な夫婦も居たりするが、大半の兵は二十日後の決戦を頭に浮かべて戦々恐々としている。そんな環境で飄々としている勇者三人の姿は格別な光景となり、人々に希望の光を抱かせる。そして、まだ見ぬノブナガとアーサーの戦場を駆ける姿が待ち遠しくもなってしまう。
「出陣前に一手お相手願えませんか?」
そんな中、鍛錬場には剣を構えるハイルの騎士鎧姿があり、対峙するアサギは以前のアーサー戦のような不機嫌さを伴いながら聖剣を握っていた。
「……俺じゃないと駄目なのか?」
抜剣した聖剣デウスエクスを肩に担ぎ、アサギは場所が場所故に前回の事を思い出して苛々していたが、ハイルの瞳を見るなり態度を変えた。それは武を行く若年者へ老熟な武人がするような毅然とした態度であり、これが単なる手合わせだと理解したからこその態度だった。
ーー実力を測った上での挑戦か?
アサギは格下である既に知りながらも挑むハイルにそう目線で問いかける。交わした視線には確固とした信念が垣間見れた。
「ええ。貴殿だからこそ僕は挑みたい。僕はアーサー様を護るために力が欲しい。だから、貴殿に挑み、自分の弱さを知りたい。受けていただけますか?」
負ける事は折り込み済み、強者相手にどれほど通用するかを知りたがる子供めいた闘争本能は武人特有のそれだ。それは、アルカンシェルでウィンディがアサギに向けた視線と同じであり、再びアサギを困らせた。
ーーんな目されたら断られねぇだろうが。
アサギはウィンクル以外にも勇者としての気持ちを忘れていなかった。むしろ、ウィンクルだけに自分を見せていて、他に勇者の姿を見せているようなものだ。アサギにとって勇者は肩書きでもはや大事なものではない。
ーーもう勇者に縋り付く意味は無い。
その理由が思い出せない。
自分のレゾンデートルたる肩書きを何故か、捨ててしまっても良いと考えてしまう時があるからだ。大切な理由が見当たらない。ぽっかりと空いた何かを探していた筈なのに、それが記憶から抜け落ちた気分だった。
けれど、悲壮感は無い。忘れてしまった罪悪感すらも失せてしまい、暗中模索に伸ばす手の行方が見当たらない。
「……分かった。アーサーさんの時みたいに実力を合わせるのとーー」
伽藍堂な身に何を残すか。アサギは考えた末にウィンクルを取った。やり切れず理由分からない後悔に背を向けて、前に進む事を選んだ。接触型の爆弾のような気持ちを抱えて、アサギは聖剣を握る。暴風と成るしか道が無いのなら、逆巻く刃と成らねばならない、と。
「ーー全力で沈むのと何方が好みだ?」
ウィンディは貪欲にも何方も強請り、連戦連敗なれど天に昇るような上機嫌でアサギに槍を向けて闘いを楽しんでいたが、アーサーの弟子のような立ち位置であるハイルは前者を選ばず後者を選んだ。
理由は単純。力試しには丁度良い。
アサギはそのシンプルな答えに好感を持ち、死なない程度の加減で潰そうと目の色を文字通り変えた。黒い瞳の真ん中が金色に染まり、その様子を見ていたハイルを驚かせた。
「……魔眼持ちだったんですか?」
「いんや、此れは単なる魔力の込め過ぎで色が変わるだけ。一挙主導を全部網羅する事に特化した単純な魔力強化だ。下位は視力強化だよ。なぁに、筋肉の挙動が見える程度だから安心して向かってこい」
ーー予知より恐ろしいじゃないか!?
ハイルの心の叫びはごもっともであるが、アサギに全力を申し付けた側故に何も言えなかった。優秀な武人は肌から筋肉の動きを察し、次手を先に予見する卓越した技法があるが、アサギのそれはそれ以上のものだ。
くるんとアサギは聖剣を右肩に担ぎ、左拳を握り突き出す予備動作の構えをして、ハイルへ構える。ハイルも一足遅く、下段に剣を構えて対峙する。ピンッと跳ねられた金貨が虚空を舞う。
くるくると回転する金貨は二人の間に吸い込まれるように落ちて行き地面に転がった。
瞬間、アサギが地面を蹴ってハイルへ砂を飛ばし、突然の目潰しに驚愕したハイルは眉を顰めながら目を細め、一瞬で見失ったアサギのレフトボディブロウにより体をくの字に折って悶絶した。そのままアサギはハイルの髪を上から掴み、地面に叩きつける手前で寸止めする。首裏筋に突き付けられたデウスエクスにより、何が起きたか分からぬままハイルは負けを認めた。アサギは髪から手を離したが、その圧倒的な威圧感と眼差しによりハイルは立ち上がれない。
アサギが一対一で闘う場合、確実に相手を仕留める行動に出る。最初の目潰しのような卑怯と呼ばれる技を当たり前に使うのは勇者としてどうなんだ、と昔ケリアに尋ねられたが、アサギはあっさりと、死人に口無しだろ、とぐうの音も出ない正論を叩きつけた事がある程に現実主義者である。
「本当なら一発目で地面に埋めて、手を離してスタンピングで頭蓋骨陥没で死ねる所だな。目を魔力で覆って護るくらいはしないと戦場で困るぞ」
「……卑怯過ぎません?」
「ハイルは戦場で死んでから卑怯だと喚くつもりか?」
アサギを見上げるハイルは勇者らしからぬ答えに絶句したが、戦場では甘さが命取りに成る事を伝えたいのだと言葉を咀嚼し、無理矢理飲み込んだ。
アーサーからは戦場でも映える騎士の格好良い戦い方を並行して習いつつあるハイルだが、美意識の無いアサギの殺法論に一理あると納得した。死んだら元も子もないというのが、先の魔王軍との一戦で理解していたからだ。負けないために生きなくてはならない時期に死んでたまるものか、と考えて理解した。
「お前、アーサーさんに惚れてるんだろ? オークやらに犯され掛かってるアーサーさんの前で、やあやあ我こそはアルカディアの騎士ハイル・ミケイラ、正々堂々と勝負しろ、だなんて口上付けて真っ正面から闘うつもりか? 戦場で美談語る暇があるなら敵を討て。ただでさえ戦力差に差がある中で切り結ぶ事を考えてるなんざ、真っ先にバテて死ぬだけだ。急所に一撃必殺を狙え。狙える状況を構築し、凡ゆる手段を持って必殺しろ。温い戦い方してんじゃねぇよ。前線舐めてんのか?」
「……い、いえ」
「恐らくアーサーさんも汚ねぇ戦場に出た事が無ぇんだろ。格好良さ求める前に殺し方を考えない感じがバリバリだわ。相手が中級以下なら構わんがそれ以上には通用しねぇぞ。彼奴ら平然と魔力で人間の子供を模したの作って盾にするくらいに外道だからな。瘴気の濃い西の地で人間の人質は居ないと思え。疑うなら魔力を見れるように訓練しろ。やり方は切り替える感じでやれよ。片目だけやるのがポイントだ。ハイルは前髪が少し長いから隠しながらやると良い」
「は、はい」
くどくどと説教のように淡々とアドヴァイスをするアサギにハイルは恐縮しながら尊敬の念を覚えていた。それらは確かにアーサーからは教えられていないエキスパートな情報であり、アサギが本当に魔王を討伐した人物なのだと改めて考えさせられる。そして、何よりもその含蓄のある助言を年の近いアサギが言うのだから尚更に自分と比較して考えてしまう。
「体術を覚えるべきだな。剣技に体術を組み合わせれば隙の無い動きになり、一人を殺す時間が早まる。防御も固まるしな。多人数で闘う場では場の制圧こそ必勝の鍵だ。下級魔族には向かないが、理性のある魔族ならアドバンテージのリードは間違い無く取れる戦法だな。数の差を減らす事は大事で性急に行うべきだ。また、殲滅戦の場合は本能的に逃げる下級魔族を態と逃がして本軍の場所を索敵する方法もある」
「……アサギ様って」
「あん?」
不機嫌面でぶっきらぼう極まりない口調なのにハイルを心配する助言がすらすら出るアサギに、ハイルは苦笑してしまった。先日剣先を向けられた仲というのに、まるでこれでは師弟ではないか。
「その、優しいですね」
「……はぁ。あん時はトラウマ克服中で神経質になってただけだからな。素はこんなもんだ。……知り合いが死ぬのはーー」
アサギは一瞬だけ寂しさと悲しみを瞳に浮かべ、裏切っていつの間にか死んだ仲間の事を自嘲した。
「ーーよろしくないからな」
ーー自分が殺した癖にな。
魔力で強化した瞳にはその深い哀しみの色が垣間見え、ハイルはその姿に一瞬だけ動揺した。それは以前と変わらぬ濁る目だったからだ。そんなハイルを一瞥する事なくアサギは瞳を黒く戻し、聖剣を納剣する。もうその姿は正に勇者の貫禄であり、何事にも動じてはならない暗殺者の顔だった。
「んじゃ、次。ほら、死なない程度に遊んでやんよ」
×××××
ぐったりとするまでのハイルを愉快痛快に見ていたウィンディは、鍛錬場の外枠でアーサーと顔を合わせ何とも気まずい雰囲気になってしまっていた。
アレからアサギが素手でハイルを地獄に落としまくる内容を披露した後に、ハイルに体術の基本となる心構えや生き残るための技術を文字通り叩き込む姿に夢中になり、いつの間にか隣で見ていたアーサーにギョッとしてお互いが何も言えなくなったのだ。
貴方もウォッチング中でしたか、だなんてプライベートな事が軽口で言えやしない。片や水の勇者で、片やB級冒険者であるし、何よりもお互い彼らより歳上であるため色々と恥ずかしい立ち位置なのだ。だからこそ、こっそりと見ていたのにブッキングしてしまうなんて愚の骨頂である。
なんせ、お互いに誇りある武人として接してきた人物なのだから戸惑いは大きかった。
「「……お前もか」」
いっそ開き直る事にした二人は肩を寄せ合い、無理の無い優しい型を丁寧に教えているぶっきらぼうなアサギと復活して半ば自棄になりながらも一心不乱に知識を吸収するハイルの鍛錬を見ていた。
「これぐらいでへばってんな。魔力で体を休めながら自己治癒力を高めて息を楽にしろ。疲れを次の戦闘に残すなよ。持久戦は長けりゃ長い程良いって訳じゃねぇ。片方が遊びで痛ぶる時か撤退戦の殿の時だけだ。アーサーさん持久力無いから盾になれ、盾に」
「はいッ!」
「ほら、フェイント引っ掛かってんな。疲れを次の挙動に残すなって言ってんだろうが。細い棒みたいな守り方でアーサーさん守れんのか? よーし、上出来だ。盾はいなすために使え。暇ならウィンディさんの盾捌きを見て勉強しとけ。あの人の捌き方は俺よか上手いからな」
「はい!」
「じゃ、後三セットやって休憩な」
「は、はい……」
アーサーとしては自分よりも上手く教えるアサギに嫉妬心を煽られるが、時折発破にアーサーの名を出されてハイルがやる気を滲ませる姿を見ていたら無意識で頷いていた。ウィンディも知らぬ間に盾捌きを感心されていた事に喜び、今すぐに参入したい気持ちを抑える。
アサギの訓練法は反復実戦であり、様々な知識を実体験を混ぜ込み教える手法を取る。瞬時に間違いを指摘し、次の反復でそれを直させ、再び反復して次に進むという丁寧かつ学びやすい即戦力的なトレーニングである。これを経てアサギはライルから武術を養い、幾多の実戦で経験と勘を培い、極限状況下で死ぬ一歩手前のギリギリまでそれらを極めた実績がある。どうせだし詰め込めるもん全部叩き込むか、とアサギは基礎の型を教えている最中であり、気紛れの産物である。
武術に携わっている間はトラウマから思考が外れるので、体裁の良いリハビリテーションのようなものだとアサギは割り切り、他人を即座に拒絶しないよう精神を他人を鍛える事で鍛える事にした。アサギからそんなwin-winな関係を築かないかと提案され、ハイルも先日の件を詫びているため快く、むしろ大歓迎だと承諾した。
「やはりアサギ殿の技術は高度なものだな。筋肉の動作を見てキチンとした動かし方に誘導できるだなんて無骨な私には無理だ」
「あれを効率的と言うのだろうな。アサギ曰く訓練には三種類あるそうだ。座学、反復、実戦。座学で闘いの基礎と心得や薬草等のサバイバル知識を学び、基礎型や先程のような組手教導による反復訓練、そして全てを使い切る実戦があり、実戦で死ねなくなったら一人前だそうだ」
「……つまり、アサギ殿は既に一人前という事だな」
「違いない」
年下の少年に勝てる気がしない年上二人は片や嘆息し、片やゾクゾクと歓喜を滾らせた。
「ーーウィンディさんとアーサーさん。あんまり長く覗くなら見物料でも取ろうか?」
鍛錬場の中心から届いた声に二人はハッとして見やれば、その場に既にアサギは居らず、次の瞬間二人の間に聖剣が地面へ突き刺さった。首筋に氷の剣を当てられているかのような寒気がして二人は背中を跳ねらせた。
「そうだな……。そろそろハイルに実戦訓練でもしてやってくれると嬉しい」
後ろから聞こえた声に恐る恐る二人は振り返り、二人の視界から失せた聖剣を召喚して納剣するアサギの背格好を見た。ニヒルに笑うアサギの顔は冷たいそれで、不機嫌というよりも気恥ずかしいために人に当たるような表情をしていた。
「ーーそれとも三人まとめて相手をしようか?」
普段のアサギが纏う雰囲気ではなく、二人は見間違えたかと戸惑うが、声も顔もアサギのままで、違和感の正体に気が付けない。
日に反射し炯々と鈍く輝く黒い瞳に金が混じり、解放されて行く魔力の波がざわざわと辺りを騒がせ、空気を痛め付ける。
一種のトランス状態だと気付いたアーサーは即座に抜剣し、ウィンディの前に立ち対峙する。静かな威圧感に心が押され、冷静になれないアーサーは神力で心を一度浄化し、心を落ち着かせる。
「……貴様は誰だ?」
「誰って……“魔王”だが? ……ああ、そういう事か。体質を色恋に感けて忘れてたのか。そうなると今は暴走して人格が切り替わっているという訳か。なら、答えを変えよう。もう一人の“僕”ってところだな。運命の女神にはしてやられた。まさか二つにーー」
言葉の途中でがくんと膝を地に落としたアサギから唐突に濃い魔力が解放され、辺りを白銀の魔力の霧で埋め尽くした。その濃い霧を吸ってしまったウィンディは咳き込みながら、自身の魔力貯蔵量が増える突然な痛みに襲われて地面に倒れた。
アーサーは元々の魔力貯蔵量が多いため立ちくらみ程度に収まったが、噎せ返るような濃い魔力に酔いを起こして頭がグラグラする中、ウィンディを守るためアサギを睨む。そのアサギもまた頭を抱えながらニヒルに笑みを浮かべていた。
「ぐぅ……ッ。やれやれ、もう一人の“俺”は何を焦ってんだか……。おい、そこの天使。もう一人の“俺”に伝えてくれ。四人目の仲間を思い出せとな。破滅の始まりにして、あの終焉を招いた四人目をな……ッ」
アサギはアーサーに指差してその場に崩れ落ちた。辺りを舞う白銀の魔力が霧散して行き、穏やかな風が入り込み頬の冷や汗を優しく撫でて行く。
「アーサーさん! アサギ様やウィンディ姉様に何があったんですか!?」
霧に視界を奪われ漸く現場に近付けたハイルが必死に問い掛けるが、アーサーは薄れ行く意識で考え事をしていた。
ーー“魔王”がもう一人の“僕”だと? 四人目の仲間とは誰だ?
ハイルの胸に抱かれたのを感じた直後に、アーサーは意識を失った。唯一アサギの謎を心に留めながら。




