「ティアール城奪還作戦」-7
「ねぇ……ウィン? その、大丈夫?」
「…………うん?」
「さっきから上の空」
ティアール城奪還の出兵のために、前日を個人の準備日として暇が出され、勤めが減った三人は定例会を勇者宿舎のサロンで細やかに開いていた。名目上は巫女の勤めが出来ているかどうかの話し合いのようなものだが、如何せん灰汁の強い勇者たちとの関係は良好のため、細やかなティーブレイクタイムと化していた。
けれども本日は様子が違い、ウィンクルがクッキーやらティーカップを見てぽぉとしていて上の空が多く、悩ましげな可愛らしい溜息やデレっとした頬の緩み、終いにはやんやんと妄想に悶える初々しい乙女な姿も垣間見れた。
こうして指摘されるのも三回目で、理由を語らないウィンクルにフレイルとマリアスは臍を曲げ始めていた。しかし、えへへとはにかむウィンクルに早々嫌な態度には出れず困り果てていた。
「……何を考えてたの?」
「イオリさんがクッキー好きだって言ってたから焼こうかなって」
「「え!?」」
「へ? ああ、流石にもう砂糖と塩は間違えないよ?」
「……アサギ様と喧嘩でもしたの?」
「ううん? 喧嘩してないよ。何で?」
「何でってウィン……。貴方こそアサギ様をファミリーネームで呼ぶなんてどうしたのよ」
ボンッと分かりやすい程に顔を真っ赤にしたウィンクルは、髪先をくるくると遊びながら俯いた。その癖はウィンクルが恥ずかしい事を黙る行動と知っている二人は「どういう事!?」とお互いに見合って気持ちを一つにした。
「その……イオリさんの世界だと名前の順番が逆で、ファーストネームは後に呼ぶんだって。それで、わたしにだけファーストネームで呼んで欲しいって……こ、告白されたの」
ウィンクルは髪先を遊ばせながら、心底嬉しそうに惚気た。ストレートの紅茶に砂糖を入れたつもりの無いフレイルは、紅茶の甘さに驚愕した。マリアスも苦い珈琲が飲みたい気分になり、二人は聞くべきでは無かったと後悔した。
「イオリさん凄く真剣な顔で言ってくれてね。優しい笑顔で抱き締めてくれて……、今もベッドを同じにして寝てるの。後ろから抱き締められるとなんだかふわふわして心地良いの。幸せって感じがするんだ」
それでねそれでね、と惚気トークを天然に続けるウィンクルを二人は止める事が出来なかった。何のための自室よ、と突っ込みたいが、アサギは抱き締める以外の一線を越えないらしく、甘やかされる妹のようなウィンクルの現状に、もはや皆まで言うまい、と頷くばかりで二人は止めれない。なんせ、これでもかというくらいな嬉しそうにしているウィンクルに苦言を申し込めば、「……ごめんね」としゅんとした姿を見る事になりそれもまた辛いからだ。何方にしても耐えるしか無いと二人は既に白旗を振っていた。
「ーーまだ恋人じゃないのに幸せ過ぎて困っちゃうよ」
「「違うの!?」」
「う、うん。わたし子供っぽいって言われるし、まだ恋って感じが分からないから保留にして貰ってるんだけど……ってどうしたの?」
甘々な新婚夫婦めいた生活を惚気たウィンクルが、未だに恋心が分からぬお子様だと二人は改めて認識し、相当手強い少女を恋したアサギにやや同情した。アサギがウィンクルの年齢的にキス等の愛情表現は拙いと考えている節があり、そのせいで兄妹みたいな関係に落ち着いているらしい。余りにも不憫なアサギに今度助言しようと二人は決めた。
そんな親心めいた気遣いが分からぬウィンクルはこめかみを押さえる二人に小首を傾げた。
「あ! そうだ。イオリさんクッキーが好きらしくてね。ナッツとココアのどっちにしようか迷うんだけどどっちが良いと思う?」
「……そ、そうねぇ。アサギ様は男性だし、ビターなココアが良いじゃないかしら」
「……珈琲チップという手もある」
「あ、それ良いかも。イオリさんわたしが淹れる珈琲美味しいって言ってくれるから珈琲粉を混ぜたクッキーにしてみようかな」
アサギの喜ぶ顔が見たい一心なウィンクルの様子に二人は「恋にときめく乙女の顔じゃない!!」と横槍を入れたくて仕方が無い。けれど、人様の恋にちょっかいを出すのはあまりよろしくないため、何ともむず痒い気持ちを抑え込む。
妄想の中のアサギが褒めたのか、えへへとウィンクルがはにかみながら髪先をくるくると遊ばせる。初々しい少女な乙女に二人は嘆息する。
「そういえばハイル兄がアーサー様に告白したらしいね」
「それかなり前の話よ?」
「ウィンは南に行ってて居なかった」
「あ、そういえばそうね。確か一目惚れらしいわ。てっきり私はウィンディお姉様に告白すると思ってたけどねぇ」
「尻に引かれる」
「違いないわね」
「うーん。ハイル兄は剣がお強いけどアーサー様には負けるかな」
かなりの腕前を持つハイルを降すアーサーに尊敬の念が浮かぶが、そのアーサーをあっさりと降すアサギには畏怖の念を二人は覚える。エーテルとの謁見の際のアサギの豹変振りが未だにややトラウマらしく、今のアサギを見ていると本当にアレがアサギだったのかと疑問に思うが、魔王軍の軍勢を一人で殲滅した事実がそれを裏付けて雁字搦めにしてしまう。
だが、日々の慣れとは怖いもので、所構わずいちゃつくアサギをウィンクルとセットで見ると甘々なカップルにしか見えなくなる。伝説の勇者様ご本人と言われても数度見て「嘘だろ?」と笑い、魔王軍の軍勢討伐経緯を聞けば「……嘘、だろ?」と違う意味で驚愕する今やびっくり有名人である。冒険者の噂は酒を飲む場があれば広まるのも早く、尚且つ実際にアルカンシェルの冒険者はその光景を見ているため信憑性がかなり高い事実になり、太古の大英雄アサギ・イオリと名高いものとなっていたりする。信じられないなら昼頃に鍛錬場へ行け、というのが煽り文句であり、実際に行ってみれば日々の訓練の指導者のアーサーが完膚無きまでに負ける姿が見れるという信じられない光景が待っている。これによりアーサーの株が上下したが、結局アサギがノブナガの張った防御術式の一部を打ち抜く事により終結。格の違いを魅せ付けたアサギは、聖剣の柄尻を叩く事で諍いを戒める人物となっていた。
「最近治安がかなり良くなったのもハイルさんの恩恵もあるけど……」
「歩く聖剣の異名が文字通り歩いて回ってる」
「そうそう。イオリさんと歩いてると皆がこう……ピシッと挨拶してくれるんだよね。びっくりしたけどもう慣れたよ」
「今じゃウィンもだもんね……」
「ここは私に任せて、アサギ様にお仕えください!」と積極的なお節介使用人たちに愛されるウィンクルは貴族令嬢のような扱いをされていて、アサギの隣か自室に居る事が多くなりつつあり、「アサギ様へタオルを渡すのです! 身長差を活かして上目遣いで!」や「アサギ様がお帰りになられるそうですよ! 部屋ではにかみながら迎えて差し上げて!」等と使用人網により伝達されるリアルタイム助言される毎日になり、裏を疑わぬ性格故に「アルカンシェルは親切な人が多いね」とウィンクルは笑みを浮かべているが、幼馴染としてはかなり複雑な気分で二人はもう慣れてしまった。
やがて、時間が過ぎてお開きにする際、ウィンクルは少し残念そうに言った。
「フレイとマリーに会う時間が減って寂しいから、またお茶しようね」
「……ほんと、最高の幼馴染ね」
「同感。崇め奉るべき」
後日「可愛いは正義」という格言が生まれるが当の本人は無自覚であり、それがまた人気に繋がる秘訣となる。ファンクラブがファンギルドに変わったらしいが、ボインとペタンな幼馴染二人組により過度な行動を行う前に出鼻を挫かれたそうだ。




