「ティアール城奪還作戦」-6
ティアール城奪還までの日にちは残り二日となり、職人たちは明日に間に合わせるため徹夜を決行、アルカディア騎士団及び兵士を含め後から参入した冒険者たちは決戦の日の間近まで体を鍛え続けていた。ハイル・ミケイラもその一人であり、過酷とされるアーサーの訓練に加えた鍛錬により実力を増した。しかし、彼の憂いはそこではなく、幼馴染と仲睦まじい様子のとある勇者が問題なのだ。
「ああ、んな事言ってたな。前言撤回するぜ」
昨日の午後を潰してまで探したアサギを今朝発見し、震える膝を抑えながら謝罪すれば、あっさりと許されてしまった。目の奥を見やれば生気に満ちた瞳であり、何処かスキップでもしそうな浮かれ具合だった。
ーーな、何か良い事でもあったのか?
ノブナガとの軍議のため背を見せたアサギにその疑問を問える訳も無く、もやもやと心にシコリが残る最中、アサギと出くわしたウィンクルが頬を朱に染めてお喋りしていたのを見て凍り付いた。
特段ウィンクルも嫌そうには見えず、むしろ二人きりでいちゃつきたいような様子にも見て取れる笑顔だった。ハイルは何故か苛々し、無性にアーサーに会いたくなった。
「……それは恐らくウィンをアサギに取られたと思っているだけだ。要するに嫉妬だな」
丁度アーサーに会う予定だったらしいウィンディに同行し、胸の内を吐露してみればそんな答えが返ってきた。子供の癇癪を笑う親のようにウィンディが笑い、ハイルは何処か居た堪れない気分になった。幼い頃は三人で遊ぶ日は多かったが、今はどうだろうか。そんな事を考えてストンと胸に何かが落ちた気がした。
「……子供みたいですね」
「私からすれば当たり前だ。それにだな、何と無くだが私には分かるぞ。お前が嫉妬しているのはそちらでなくーー」
すっとウィンディが指差した方向はいつの間にか辿り着いていた鍛錬場であり、その先は剣戟を咲かせる二人の男女を刺していた。
「ーーアレだろ?」
余裕な顔でアーサーの剣戟をいなすアサギの姿がそこにあった。長い程打ち合っていたのかアーサーは息絶え絶えであり、汗を一滴零す程度のアサギが、ゆるゆるな聖剣エクスカリバーの一撃を払ってコツンと脳天を剣腹で小突いて剣戟は終わった。アーサーは疲れが限界で撃沈し、へたりと膝を地面に落とし、聖剣エクスカリバーを杖のようにして寄りかかる。
「速度は段違いだが狙いが甘い。急所を狙えるのに態と外すから無駄が出る。戦場で敵を生かす必要性は撤退戦だけだぞ」
アサギはこのような場で貶す言葉を使わず、淡々と正論を叩き付ける効率派であるため、愚直な脳筋であるアーサーには耳が痛い。しかも、現在進行形で兵たちに訓練させている側だから尚更に痛い。
「お前はアサギの強さに嫉妬してるだけだ。アーサー殿を圧勝する実力に加え、ウィンクルと私の心を掴むアサギだからな。仕方が無いと言えば仕方が無いが……」
「強さ……ですか。……あれ?」
しれっと己の事も混ぜ込んだウィンディに視線をやれば、「悪いか?」とやや不機嫌気味に睨まれハイルは即座に首を横に振る。滅相もない、と敵前逃亡のハイルにウィンディは鼻で笑う。
「だいたいだな、強さだけを見てどうする。武人としては三流の愚考だぞ。人成りと行動、そして武力。後はカリスマも含まれるか。古今東南北の豪傑は武力のみが優れる訳じゃない。それに、アサギの心はかなり重傷だぞ? 半日で忘れたのか?」
その言葉でアサギが一度人間関係を失敗し裏切られた経緯を経てここに居る事を、ハイルはハッとして思い出す。今でも頚動脈の辺りがひやりとする感覚が思い出せて、長閑な雰囲気には合わぬ冷や汗が流れ始める。アサギを縛る楔はとっくに抜けており、過去の経験と実力を発揮してウィンクルに懐いた餓狼である。他者が手を出せばその手を腕ごと叩き斬りかねない獰猛な餓狼であり、辛うじてウィンクルの存在で地に足をつけていると言って過言ではない。ウィンクルを無理矢理手篭めにする等の行動を取るとは思えないが、逆にウィンクル以外の人間への殺傷は躊躇いを覚える事は無いのは間違いないだろう。ハイルの場合、ウィンクルの従姉であるウィンディの顔を免じて助かった節がある。ウィンディが居なければアサギの正体を知る事は遅れただろうが、何れは圧倒的な実力差故に衝突と言えない邂逅を果たし、あっさりと首を泣き別れにされ、憤慨したアーサーと対立しこれもまた殺害し、ウィンクルにバレて拒絶され、自暴自棄になり魔王討伐の協力が得られない可能性があった。
ーー火薬庫だなんて温いもんじゃないぞ……ッ!?
取り扱い厳重注意の劇物であるアサギが恐ろしくなってきたハイルは、心中察したウィンディに肩をぽんぽん叩かれ正気に戻り、タオルを受け取り談笑するアサギとウィンクルを見た。
「まぁ、取り敢えずだがな。アサギたちの経過を見ながらサポートだ。決して先走るなよ。特にハイル。お前は嫉妬深い性格らしいからそれを自覚した上で、アサギがアーサーに友情以上の想いを抱かない事を頭に入れておけ」
「は、はい」
「で、然るべきには私を立てろ」
「はい。……はい?」
咳払いしたウィンディはつい本音が出たらしく、しれっと無かった事にした。
「アサギはどうやら心の色が見えるらしい。恐らく、勇者としての神聖さに加えて邪な考えに嫌悪を感じている故に敏感に察する。お前の観察眼のように、な」
ーーまるで心を見られたようだった。
あの時感じた嫌な感覚をハイルは忘れていた。いや、それを上回る恐怖に潰されたのだ。餓狼の前に歩み出てしまった仔鹿が怯えて震え上がるように、アサギの瞳は恐ろしかった。視線で人を殺せる、そんな瞳だったとハイルは思う。
「それは……、哀しいですね」
「そうだろう? アサギの感情を理由じゃなく、納得できるのは私が知る中ではお前だけだしな」
ウィンディの言葉にハイルはきょとんと瞠目し、んな馬鹿な、と疑問を浮かべた。まだまだ青いな、とウィンディはハイルにくつくつと笑い、置き去りにして鍛錬場へ向かってしまった。
「僕がアサギ様の感情を……?」
ハイルはウィンディの言葉に戸惑いを覚え、そのまま暫く立ち尽くした。




