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伽藍堂の勇者  作者: 不落八十八
二章「ティアール城奪還作戦」
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「ティアール城奪還作戦」-3

 ーーさあさあ古(いにしえ)の伝説を語ろうか。

 そんな吟遊詩人の誘い声に、ふとウィンクルは朝早くの寒い風を切ってそちらに振り向いた。アルカンシェルから流れて来たという吟遊詩人は神殿前の広場で清らかな声で歌う。

 ーー誇り高きその者は、風を切り裂き野を越え山を駆け。

 ーー何しに行くぞと尋ねれば、魔王を倒すと仰った。

 ウィンクルはその吟遊詩人の詩がアサギの事を指しているのだと知ると、とてとてと足取り軽く歩み寄った。旅人のマントや冒険者の長いブーツを見やればその吟遊詩人が数多くその詩を歌っているベテランと知れた。

 ーー勇敢なるその者は、三人の仲間を連れて行く。

 ーー偉大なる杖は四色に輝く。列強なる剣は鉄を切り裂く。清らなる槍は癒しの光を掲げた。

 ケリア、ライル、サタンタ。

 アサギから聞いた三人の仲間の話はアルカンシェルからの山越えの際に少しずつ聞いていた。ケリアは貴族の令嬢で魔法のエキスパートの喧しい女性。ライルはアサギの剣の師であり有名な道場の寡黙な男性。サタンタは気弱ながら此処ぞという時に頑張る貧弱な女性。

 ぽつり、ぽつりとながら懐かしそうに語るアサギの横顔を思い出してウィンクルは冷える頬を赤くした。吟遊詩人はそれを見て自分の詩を楽しんでくれている幼子と勘違いしながらも続ける。

 ーー東の地の邪竜を懲らしめて、北の地の争いを戒めた。

 ーー足先向けるは西の地、頂に座る魔王に剣を向けた。

 邪竜ウロボロスは蛇のような毒龍であり、猛毒の息には文字通り息が詰まったとアサギはウィンクルに笑っていた。逆鱗だけ素肌を見せていてそこが邪竜の弱点だったと語る姿は楽しそうな少年だった。

 紛争をしている二つの民族の頭を抑えて怒鳴ったのはケリアで、ライルと共に苦い顔をしておろおろするサタンタを宥めていたと言った顔は、酔っ払う傭兵の自慢顔に似ていた。

 ーー暗き闇に覆われし西の地に、勇敢なる者は聖剣を掲げた。

 ーー連なる三人はそれを見て恐怖を振り払い、勇者の背を護らんと声を重ねた。

 実際は魔王領地に潜みながら、魔王城に結界を張る四天王を暗殺し、最終的には四人で魔王城を突破し、試練を経てアサギだけが魔王と戦った。アサギは勇者としてでは無く、アサギという武人として魔王を討ち、魔王の願いを聞いて左腕を交換したと誇らしげに語った。魔王の性格まではウィンクルに語らなかったが、アサギの表情から好ましい性格だったとまでは察せた。

 吟遊詩人の歌は佳境に入り、最後の詩を続けた。

 ーーかくして魔は滅びて平和が訪れ、勇者は姿を消した。

 ーー私が知る伝説をここで終えようか。

 吟遊詩人が一礼すると小さな歓声が起こり、置かれたレッドハットへおひねりが放られた。


「……その後は?」


 ウィンクルの声は詩を褒める人々の声に消し去られ、胸奥に燻るように不完全に燃焼した。誰もがその後を強請らない。誰も消えた勇者の事を心配しない。

 その当たり前な事にウィンクルはキュゥと胸を痛ませて、一人ポツンと立ち尽くしていた。吟遊詩人は拾ったレッドハットの重さににやけていたが、ウィンクルの姿を見て笑みを向けた。


「やぁ、お嬢さん。ボクの詩はどうだったかな。聖剣の碑文を知っているかい? ここから遠い地にある勇者の碑文さ。ボクはそれを見てこの詩を作ったんだ」


 ウィンクルは吟遊詩人の詩を聞きながらアサギの話を思い出していたため、吟遊詩人がボーイッシュな女性だとまでは気付いていなかった。癖っ毛な赤いワインの短い髪に小降りに主張する胸やウィンクルよりも背の高い女性が歳上であると知ったウィンクルはやや硬めに苦笑した。


「素晴らしい歌声でした。詩は……少し寂しい気がしました」

「ありがとね。へぇ? あの詩に寂しさを感じたのは君が初めてだね。どうして?」

「それは……勇者様の行方を誰も知らないからです。それに、詩には苦楽が無く名声だけでした。彼らの偉業のみを讃えているような気がしました」


 吟遊詩人の女性は少し目を見開き、新しい見方に気付かされて驚いていた。確かに詩は誰もに勇者一行の偉業を知らせるものであり、女性もそういう風に書いた。だからこそ「勇者様凄い!」という感想でない感想を聞いて驚愕したのだ。

 吟遊詩人とは己の感じたそれを詩に書き上げ歌う者だ。女性の感性は皆と似たそれで、多くの人に共感された。けれど、ウィンクルのそれは違ったものだ。女性は興味深い様子で口を開いた。


「そうかもしれないね。けれど、ボクは勇者様を見た事がない。昔の人のそれを見聞きできる訳じゃないからね。共感するにも人成りを知らないと難しいんだ。でも、お嬢さんはあたかも見聞きしたようなそれだ。もしかして、古くからの吟遊詩人に知り合いが居るのかな?」


 ウィンクルはその問いにアサギの名を解として返そうとしたが、少し躊躇い、口に出すのを止めた。まるでそれはアサギを売ったかのように感じたからだ。女性はウィンクルが語らないと察して肩を竦めた。吟遊詩人は多くを語らない。それは自分の詩を真似されては困るからだ。

 女性はウィンクルの知り合いはそういう方なんだと深読みし、苦笑して首を横に振った。


「まぁ、語れないなら良いよ。吟遊詩人にとって詩は大事だからね。それじゃお嬢さん、またの出会いをお待ちしてますよ」


 ボクはレッドハットと呼ばれているから尋ねれば分かるよ、と言葉を残して女性はウインクしてその場を去った。ウィンクルはあっさりとしたレッドハットの背を目で追うしかできなかった。

 無意識にアサギの本心を知る人は自分だけで良いと感じた結果であり、答えの出ないその感情にウィンクルはそっと胸を押さえて立ち尽くす事しかできない。レッドハットの小柄な背は曲がり角に消え、ウィンクルは嘆息した。


「……何だろう。霧もやがかかったような気分……」


 自問しても答えは出なかった。

 戻る最中は心中の霧もやの晴れぬウィンクルだったが、アサギの笑顔混じりの朝の挨拶を聞いてからりと晴れた気がした。アサギが純粋無垢で人成りの良いウィンクルを信頼し求めるように、ウィンクルもまた砕けてしまいそうなアサギを支えてあげたいという一心で何故かすぅと気分が良くなったからだ。

 朝食を終えるとアサギがノブナガと少し軍議を醸すと伝えて、心底後ろ髪を引かれながら従者の仕事をしなければならないウィンクルと自室で別れた。

 やり場の無い気分を可愛らしい溜息で吐いたウィンクルは、打って変わり気合いを入れた。


「アサギさんも頑張ってるんだもの……。わたしも頑張らなきゃ!」


 前向きに健気な性格を発揮し、木桶にためてあった水を魔法で操り、朝食に使った食器の汚れを取り除いて清潔な布で湿り気を拭う。得意な風魔法でさっと乾かした後は、木桶の汚れた水を排水穴から流し、埃が入らぬように木桶をひっくり返して立て掛けた。

 自室から下着を包んだ寝間着を運び、アサギのベッドに置かれた寝間着のシャツに手を伸ばす。びっしょりとまではいかないが寝汗が酷かったようで、生乾きのような触り心地にウィンクルは嫌悪無く手に取ってから数秒後に硬直した。

 ーーアサギさんの匂いがする……。

 ウィンクルにとって好ましいアサギの男臭い匂いが鼻腔を掠めてしまい、今朝のもやもやとした気分では無く、鼓動が高鳴る気分で立ち尽くしてしまう。そっと自分の寝間着をベッドの傍に置き、ストンとベッドの淵に座ったウィンクルは恐る恐るながらアサギのシャツに顔を埋めるように抱き締めた。

 鼻先に当たる部位は肩甲骨の間付近であり、それはアルカンシェルまでの山越えの際に無意識ながら嗅いだホッとする匂いがした。何処かイケナイ事をしている気分になりながらも、ウィンクルはシャツを手放せなかった。


「……一枚くらいなら…………はぅあッ!? わ、わわわわたしは何を!?」


 後ろ髪を引かれるばかりか心惹かれる匂いから顔を遠ざけ、今朝食べたプチトマトのように顔を赤くしたウィンクルはつい癖でベッドに顔から倒れ込んでしまった。荒い呼吸で矢継ぎ早に頭を侵すアサギの匂いを嗅いでしまい、はぅぁと呻いてウィンクルは逃げれなくなってしまった。

 ーーアサギさんに抱き締められてるみたいだ……。

 先程まで寝ていたからかアサギの体温の一端がまだ残っていて、ウィンクルはそれを感じて目を瞑ってしまう。リラックスしてうとうとしたウィンクルは、蕩けた顔でアサギの枕を抱き締めて可愛らしい寝息を立てて二度寝してしまう。

 窓から差し込む暖かな陽気さに後押しされたのか、小休憩のつもりだった筈が深い眠りについてしまった。


「すまないウィンクル。昼食が遅れて……ん?」


 ノブナガとの軍議が白熱し昼時を越えてしまい、ウィンクルを待たせてしまったと焦って戻ってきたアサギは、自分のベッドで気持ち良さげに眠るウィンクルを見て微笑んだ。今やウィンクルにしか見せた事の無い笑みでアサギは近寄り、枕を抱いて眠るウィンクルのお腹に布団を被せた。

 あどけない天使の寝顔に鼻頭と心を熱くさせてしまうアサギは、萌え悶える気持ちを抑えていた。

 ベッドからすっと離れたアサギは、昼食に甘いフレンチトーストでも作ってみるかと甘やかせる気満々で木柄のフライパンやらをキッチンスペースから探し当てる作業を数分行い、廊下で清掃する使用人に材料を頼んだ。


「味付けは甘くだな。少しふんわり系にしてみるか」


 ウィンクルの笑顔は、アサギの心に住まう炯々とその時を待ち構えてへばりつくドス黒い感情を消し去る清涼剤のようなものになっていた。あれほど苦しかった仲間との思い出も、ウィンクルのために語るならば睦言のような優しさが芽生えるばかりだ。

 最初は誰も信用できないという心中から、自分を裏切らないウィンクルだけを側に置いていたが、今や心底ウィンクルが愛しい存在になっていた。それは、ウィンクルもまたアサギに対して律儀に健気な顔で尽くしてくれる姿が大変嬉しかったからだろう。

 誰からもされなかった心配を唯一してくれた。

 その直向きに純粋な心にアサギは惹かれていた。

 それを口にしないのはアサギが未だに勇者という肩書きを持っているからだ。魔王を倒した後でもウィンクルがアサギを、朝霧庵という人物を見てくれていたならば、自分からプロポーズしようと考えていた。


「……やばいな。明日にでも伝えたくなる」


 惚れた者負けという言葉が脳裏に浮かび、正しくそうだなとアサギはフライパンに牛乳や卵と砂糖代わりの蜜を浸した白パンを置きながら思う。

 ーー他の男に自分の場所を取られたくない。

 居場所を無くした心傷深い狼が、にぱっと笑みを浮かべて狼を怖がらない可愛らしい兎に恋をしたように、アサギは自分の立ち位置を知りながらもウィンクルが愛しい。

 その心中の変化はアサギの心傷がウィンクルに癒されている証であり、だからこそアサギはウィンクルを求めたくなる。

 考えれば考える程嵌まる思考。アサギは惚れた女への気持ちを「溺れる」と形容した誰かに賛同した。


「……指輪でも用意しとくか。原石捜して加工はノブナガさんに任せよう」


 十九年間得た事の無い滾る高揚感にアサギはあっさりと心中の前言撤回をし、ウィンクルに告白をする準備を念頭に置いた。魔王なんざ関係無い。ウィンクルは朝霧庵を確かに見てくれているのだから、と確信したアサギはフライパンから程良く焼けたフレンチトーストを白い皿に移し替えた。

 妹にせがまれてよく作っていたからか出来栄えは非常に良い。ふと地球に居る妹の顔が浮かんでしまったアサギは何とも複雑な気分になった。あれ程地球への帰還を望んでいたというのに、冷めていたそれが妹の顔を思い出して再発するとは思わなかったのだ。


「……どうせなら行き来できるのを開発してみるか」


 ウィンクルに地球の甘いケーキや綺麗な服を見せて喜ばせたい。妹に会って三年振りの再会を喜びたい。

 ーー俺魔法使えねぇじゃん。

 そう寂し気にそっと鍵を掛けて、その気持ちを心の端に置いといた。もしかしたら使うかもしれないから、と捨てられない大切な記憶を仕舞い込んだ。


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