「ティアール城奪還作戦」-2
「木、釘、人。如何になっておる?」
「はっ、資材の加工は職人を集め総力を上げて完了し、人は二百程集めました」
「よろしい。ならば組み立てよ。設計図は渡したな。アレ通りに組め。三夜要塞ぞ」
そう計画が発されてから三日。そして、これはアサギがアルカンシェル防衛に着いた日の事だ。アルカディア周辺の木々を伐採し、これを加工し森林の砦に組み上げ、釘で止めた。その結果、三日で作業は完了し、物見櫓付きの六メートル伸びた巨大な防壁が展開された。
これに対し人々は材質が木である事に不安を抱き、ノブナガを懸念の目で見やるが彼は笑っていた。アーサーはその隣でいつぞやの悪夢を思い出した。
「……ノブナガ様。これで完了ですか?」
「うむ。これにはな、我の防壁術式が一つ一つ丁寧に刻まれておる。アーサー、試しにぶっ放せ。神技でも構わんぞ?」
「……徒労に終わるだけでは無いか。まぁ、仕方あるまい」
エーテルらが見物する中、アーサーが聖剣エクスカリバーを抜剣し、魔力を聖剣に込める。女神との契約によりその力の一端を使えるアーサーだが、流石に神力までは込めない。
「黄金のーー」
音速を越えて構えたアーサーを誰もが見失い、防壁の内側に接近した背中のみが刹那に映る。圧縮され逆巻く魔力が黄金に剣身を輝かせ、アーサーの近くを黄金の魔力で包み込み、結界と成す。
「ーー理想郷ッ!!」
結界により増幅された黄金の奔流は先程漸く完成した防壁を穿たんと、黄金の槍と形を変えて放たれた。視界を黄金に焼かれた皆は暫く立ち尽くしていたが、見えるようになった者たちはその爪痕を見て絶句する。
寸前まで荒々しく地面が抉れているのに関わらず、木の防壁に傷一つ付いていないのだから。ノブナガは自慢気に笑みを浮かべ、声を張り上げる。
「見よ! これぞノブナガ・オダの始まりにして最終たる防御術式の効果ぞ! 百で千を討つ場で、百を助けた術式があればこそよッ!!」
ノブナガの声に反応し、人々は声を失う。驚愕が過ぎて放心しているのだ。鉄よりも硬い木なぞあり得ないのだから、そのノブナガの術式の高度な点を高く評価した。燃えぬ、朽ちぬ、砕けぬの鉄壁をノブナガはアルカディアの最終防衛ラインに引いた。
これにより奇襲を防げるとノブナガはほくそ笑んだ。アルカンシェルの人々をアサギが回収すれば人手と戦略の幅が広がり、開発効率も上がる。
火薬玉と砲筒を作らせ大砲を完成させたノブナガはこれを嬉々として砦に積んだ。壁の穴から砲筒を出せるようにし、遠距離対応用投石機も設置した。
アサギがアルカンシェルから列を率いて予定よりも五日早い帰還をした際に、本当に要塞と化していたアルカディアに驚いた。少数精鋭で動いていたアサギには、大多数の戦争は経験した事が無い。それ故に後ろを護る術の重要さにピンと来ないが、それなりに頭が回るアサギは納得はしないが理解はした。
神殿前の広場を作戦本部とし、これをエーテルが許可しノブナガが動く陣と成した。これにより、連携と伝令の効率が高まり、臨機応変な行動ができるとノブナガは大いに喜んだ。
エーテルは作戦指揮の統率者として作戦本部の一角に陣取り、ノブナガたちの軍議が近くで行われるよう取り計らう。
アルカディア、アルカンシェルに迫った魔王軍は全滅しているため、連絡は未だに取れていない状況であるとノブナガは察し、次なる計略を組み上げる。
「一番近い大国はティアールです。あの国はアルカディアから馬で二十日の距離にあります。斥候からの連絡によればゴブリン大隊で守護しているようです」
補佐官のような仕事をしているフレイルが纏めた資料を読み上げる。
「アサギの救援で少々遅れたが兵が増えた事によりプラスに傾く。御苦労だったのぅアサギ」
「俺は徹頭徹尾ウィンクルのために動いているだけだ。世辞は結構」
「呵々っ、そうだったな。しかしまぁ、次は休め。我らの番よ。アサギ、人は一人では居られぬ。故に群れを成す。次の計略では人の使い方を覚えると良い」
「聖剣を鳴らせば誰でも使える」
そうアサギは聖剣の鍔を態と鳴らした。それにノブナガは大いに笑い、アーサーは苦笑した。所詮力がものを言う世界だ、と言ったようなものだからだ。
「しかしなぁアサギ。力で押さえれるのは最初だけぞ。身に沁みておろう?」
「……まぁな。次は見学してるさ。お手並み拝見させてくれ」
「呵々ッ、こりゃ無様な姿を見せれんな。して、軍略であるが、我の防御術式を刻んだ装備で編成した兵を、誘導部隊、遊撃部隊、諜報部隊、本陣部隊に分け、諜報部隊の斥候により進軍ルートを、誘導部隊により中を掻き乱し、遊撃部隊により離れた敵を抹殺、本陣部隊により制圧とする。既に斥候は準備を終えているため、アーサーの仕上げ次第出陣とする」
「後二日もあればそれなりになるだろう。戦いの基本は日々の鍛錬だが、応用は実戦で培うものだ。無様に泣いて帰る鍛え方はしていない」
そうドヤっとした顔で言い切ったアーサーに兵士長のアデルは顔を俯かせて、その重々しさで厳しい日々を代弁した。アサギはその哀愁漂う姿に己の鍛錬の日々を思い出し、自分も前はあんな感じに俯いていたのか、と頬をやや引き攣らせた。
「……アーサーさん。無理はしないように」
「ああ、ペース配分はキッチリだ。心配はいらない」
ーーあんたの事じゃねーよ。
アサギとアデルは睨み合った仲ながら胸中で呟いた言葉が重なった。教えを乞う側だったアサギと現在進行形なアデル、武人には逃れられない道らしい。
「アサギ殿もご一緒しては如何だ?」
「いや、遠慮しておく。手加減が大変だからな。ついうっかりで離れた誰かの腕が落ちると笑えんし」
アサギの場合全力を出すには周りの配慮が要るため難しく、振り払う際の斬撃で死人は割と本気で出てしまう可能性がある。それを真顔であっさりと言うもんだから場が冷える。特に首辺りが一番に冷えたようだ。
誰もが冗談で無いアサギの腕前を知っているので、一番ショックを受けたのはアーサーだ。手合わせした際も周りに配慮し手を抜いていたのに負けたのだから。
ーー底が見えない奴はノブナガ以来だ。
ノブナガとの苦い戦争時代を思い出し、アーサーはやや苦い顔になる。それを見通すようにノブナガは鉄扇で口元を隠して笑っていた。
「して、決行はいつになるんだ?」
アサギはアルカディアの守護に付くため、気軽に聞いた。ノブナガは鉄扇を開き、呵々と笑いながら宣言した。
「五日後に国獲りだ。アーサー、二日で仕上げて二日で装備を整えろ。アサギは……、まぁゆっくりしておけ」
××××××
魔王を討伐する三年の内、後半と呼べる最後の一年は深く眠れた事は無かった。夜襲を恐れて、走り出す姿勢を直ぐに取れるよう片膝を立て、襲撃者と切り結ぶために聖剣を抱き抱えながら柄に手を這わして、終いには背を厚い壁に任せて寝ていたからだろう。
「……また、か」
窓ガラスを風が撫でる音で浅い眠りから覚めたアサギは、ぼんやりと虚空を見つめていた。やる事は寝る事だと分かっているが、常々仮眠めいた夜を過ごすアサギは眠れなかった。
夜襲を仕掛けられた日もある。
食糧を奪われた日もあった。
囲まれ火を放たれた時もある。
汚物や腐物を投げられた時もあった。
アサギにとって夜は警戒心が高まる時間帯であり、これだけは召喚された後も変わらない。勇者という称号を得たアサギは、ヘラクレス症候群に似た体質になり、筋肉だけでなく細胞もまた成長し続ける異種な性質を持つ。そのため、極限状況下に置かれても生き延びる体になり、睡眠が浅くてもなんら問題が無い。
「……正しく化物だな」
それは、如何なる時でも闘えるという化物スペックだ。ますます求め焦がれる“普通”から遠ざかるには十分過ぎる才能となってしまった。
今は勇者だから良い。だが、勇者を終えた日からはどうなる。魔王という勇者に相応しい敵を討った後はどうなるというのか。
アサギは裏切られた。
勇者を召喚したというアドバンテージから他国に狙われたくない上流貴族は、国を腐らせた挙句に他国へ亡命するためのおべっかのためにアサギを殺そうとしたのだ。
仲間は金で裏切り、頼った人は目の前で殺された。
ーー何を信じれば俺は救われる?
言いなりの殺戮者
キリングマシーン
となれば良かったのか?
神を崇めれば救われるのか?
その神が裏切ったというのにか?
アサギは何を信じれば良いのか分からなくなった。時には死ぬ事も考えていた。国の兵士にあっさりと殺されても良かった、と。しかし、朝霧庵の勇者という信念はそれを赦さない。弱者でしか無かった人々の嘆きを無視して踏み躙るというのか、と王を殺した。
救われるのはアサギの周りだけ。
救われないのはアサギだけだ。
誰もアサギを護らない。魔王討伐には勇者というアサギが必要だったから護っただけで、あの辛い修練の日々もまたそれと同じだったのだろう。
ーー嘘偽りを見破れないのなら、誰もが嘘偽りと怯えるしか無い。
信じてしまったから、唯一無二の仲間と笑い合ってしまったから、自分は騙されたのだ。そうアサギは反復し、繰り返し、口に出して、やがて狂気と憎悪を吐き出した。
アサギは完璧超人という訳では無い。
ただ、必要に応じて戦闘に特化してしまっただけの少年だ。敵を殺せと命じられた少年兵でしかないアサギに何が残ったか。
ーー伽藍堂の勇者。
信念すらも虚構と偽善と脅迫概念に縛られた道標でしか無く、縋り付く足場はもはや懇願でしかない。無理矢理に勇者という仮面を付けたアサギ・イオリでしか無いのだ。
血に塗れた殺戮者でしか無い勇者に縋る少年なのだ。
勇者では無く魔王として君臨した方が救われただろうに、再び聖剣を担う勇者となったアサギにはウィンクルの暖かな笑顔以外に縋る事をしなかった。
立派に武人として名を馳せるのはもはや不可能。勇者と名乗った時点でアサギは勇者であり、武人では無いのだから。勇者は堕ちる以外に道は無い。
お伽噺のように魔王を倒してお姫様と結婚して幸せに暮らす事なんて、物語とされた時点で現実的にはあり得ないと決め付けたようなものだ。
魔王と共に相討ちになれば、きっとアサギは勇者として満足に死ねただろう。
ーー誰にも愛されていない事を知らずに逝けた筈だ。
「……最低だな、俺は」
ウィンクルの優しさに縋り付く男でしか無いのだと、アサギは自嘲した。自嘲せざるを得なかった。
真に自分を知るのは自分でしか無いのだから。
胸奥の古傷が開いたような気がして、アサギは白いシーツを胸に抱き込むように手繰り寄せた。
「……気が滅入っているだけだ。朝になれば……、ウィンクルと近くに居れば……」
再び勇者アサギとして不安を押し殺せる筈だ、と言い聞かせるようにアサギは目を瞑る。嫌な事から目を背けるように寝返りを打って。
心のざわめきを押し殺した。




