「ティアール城奪還作戦」-1
宣誓の加護によりウィンクルの横に帰還したアサギを、大多数の歓声が熱気溢れて包み込んだ。恐れを抱いていた人々であるが、そのアサギが魔王軍を殲滅し、自分たちを護ってくれた事実は変わらない。そんな英雄を疎かにするのはとんでもない、と人々は喜びにより浮かび上がりかけた拒絶の恐怖を沈ませ、両手を上げてアサギを称えた。
「アサギさん!」
既に慣れた期待の視線をアサギはさらりと流し、近寄るウィンクルに爽やかな笑みを浮かべた。ウィンクルの視線が体に向いていて、怪我をしていないか心配してくれているのだと気付いたアサギは、普段通りに頭を撫でようとして止める。両手ばかりで無く全身が返り血を浴びてドロドロになっていたからだ。
「あー……、ただいまウィンクル」
「はい! おかえりなさいアサギさん」
そう心から言ってくれるウィンクルの天使の微笑みに、アサギの心は穏やかになって行く。荒い口調と感情を再び封印し、ニコニコと見つめ合う。お互いの頬が朱に染まって良さげな雰囲気になり、おいそれと声をかけれなくなったアルカンシェルの冒険者たちは砂漠用の荷物運搬のソリを押してオーガたちの死体を回収しに行った。
剣呑めいた荒々しさを急激に春の微風のように変貌させたアサギにウィンディは益々惹かれた。思考をスイッチする完璧な強者であると察したからだ。
そんな熱い視線に気付いたアサギはウィンディを見やる。ウィンクルの姿形を成長させたならばこのようなプロポーションになるだろうな、と思考を走らせる。
「貴方がウィンクルの従姉さんか?」
「ああ、私はウィンディ・アレイクト。ウィンの姉のような者で冒険者をしている」
アサギはウィンディの軽鎧の傷の出来方と手に持つファランクスを視線逸らさずに見やり、彼女を手練れの槍遣いと評価した。戦場において鎧を新調しない理由は二つに大別できる。単純に金策に心許ない場合。そして、ウィンディに当て嵌まる鎧を新調する程の傷を食らわない場合だ。
前者の場合、安い鎧のため膂力の強い魔族に殴られればヘコむし、罅から打ち込まれれば容易く割れる。後者の場合、後ろに飛んで勢いを殺したり、紙一重で受け流す程度に外傷が限定されるので引っ掻き傷が増える。
ウィンディの得物は投擲も視野に入れたファランクスであるため、長さを活かした速突きと軽くて丈夫な金属を活かす高速戦闘により、左腕の小さな盾で矢や毒針をいなす回避主体の戦闘方法が見て取れる。そのため、彼女の軽鎧は未だに現役でいられるのだ。
「冒険者か……、となるとあの場に居たのはこの国を護れる冒険者の総数か」
「そうなるな。数は約五千に対して四百といったところだ。B級は私のみで後はC級以下。他は死に絶えたか、遠地に潜伏して遊撃隊を組んでいる」
「……想像以上に強いられているな。ギルドを通じた横の繋がりは健在か?」
「魔王軍にギルドの本拠地を潰されてからはまったくだな。魔力伝道の通信は魔王領から流れ込む上気流により魔力障害で使い物にならないらしい。……確か、ギルド本部は北上したと聞いたな」
「そうか……。分断されてるのがやはり痛いな。アルカンシェルを一時破棄、アルカディアに移す。救援は次は間に合わない。冒険者に伝令し、先導してくれ」
「……アルカディアに食糧はあるのか?」
「むしろ、食糧と資材しか無いな。満足な戦力は勇者として召喚された俺を含めた三人だけだ。アルカディアを拠点に生き残りを集め、近隣の大国を奪還して仮拠点として足掛かりにする。それに、話が付けれる魔族も居るからな。多いに越した事は無い」
「そんな魔族が居るのか……?」
ウィンディの疑問も仕方が無いだろう。ウィンクルでさえそれには疑問を持った件だ。ただ、理由を知れば納得した件でもある。
魔族は敵、としか考えていなかった人々に、まさか魔族で友好を築ける種族が居るとは思うまい。
「可能だ。俺にはツテがある。それに、戦いを好まない種族だからだ。彼方の不満は俺が解決するから問題は無い」
「人間側の不満はどうするんだ?」
ウィンディの問いにアサギはニィと笑みを浮かべ、聖剣の柄尻を指で弾いた。数千の魔族軍隊を一人で潰した自分に意見を言えるか、とウィンクル以外の事に適当なアサギは無言で語る。
その勇ましくも恐ろしいアサギの解決策にウィンディは苦笑する。先程の戦いを見てこの国の冒険者がアサギに楯突く事は不可能だろう。そう察したからだ。
「……因みにその種族を聞いても?」
「誇り高き森の民エルフ族と精霊を信仰するピクシー族だ。彼らは長寿だからな、幾年経とうが俺の名を、俺の魔力を知っている奴が居る筈だ」
そのアサギの言葉でウィンディは目の前の人物が過去から召喚された勇者である事を知り、“伽藍堂の勇者”という肩書きに漸く見当がついた。アルカンシェルではガラルドの勇者と呼ばれし魔王を倒した大英雄その人である、と。
魔王を四人で討伐した英雄たちの司令塔にして最前衛。魔を斬り裂き、龍を断ち斬り、魔王をその剣技により倒した最強の武神。
凱旋途中の一行から酒の席で語られたという武勇伝は、聖剣の碑文の一部としてアルカンシェルから遠い地に存在し、ウィンディはクエストの一端でその碑文を拝見する事が出来たから知っていた。
まさか、齢十九の若い少年がそうだとは思ってはいなかった。筋骨隆々の大男だとばかり考えていたからだ。
そして、それに至るまでに何を行い考えたのかが気になった。
「失礼した。大英雄殿の武勇、彼方で尋ねても?」
「……成る程、あんた武人側か……。砂と血を流したらな」
「了解した!」
アサギは後で絡まれる事を察してウィンディに苦笑する。彼女のように真っ直ぐに好意を示す武人の相手は未だに慣れないし、嫌いになれないからだ。




