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伽藍堂の勇者  作者: 不落八十八
一章「三人の勇者達」
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「三人の勇者達」-14

 南の大陸オストロイアの沿岸に接する地に魔法都市アルカンシェルは存在した。海に面した地理を活かした漁業と山陸地帯の天然の砦に加え、約三千人の他国民を保護出来たのは西側に続く砂漠地帯に魔族たちの脚が止まった事が第一に挙げられるだろう。

 柔らかな砂は自重のある下級魔族の脚を捕らえ、身軽な下級魔族は痩せ細る体躯により熱気流の溜まり場である砂漠地帯の熱に耐え切れない。

 一時逃れの魔王軍の退却を喜んだのも束の間であり、遠見の魔法により補足された中級魔族による殲滅部隊を見るや諦めの色が魔法都市全域に拡がっていた。


「まだだ! 東の輝きを忘れたかッ!! 勇者召喚にアルカディアは成功している! まだ勝機はあるぞ!!」


 しかし、三色の魔力の奔流を目撃又は魔法使い特有の魔力感知で察知した者たちは、再び戦場へ立つために立ち上がり、非戦闘民を除く約二千五百のアルカンシェル防衛軍を結成し、残りニ刻程で開戦が開始する最前線で決死の準備をしていた。

 彼らは背中に、大切な人の愛を、失った大切な人の仇を、生まれ育った故郷への愛国心を背負う。奥歯を鳴らしてでも、膝を恐怖に笑わせられても、彼らは逃げやしなかった。否、既に逃げ場所が無い事を悟っているのだ。

 だが、目の前の魔族たちを倒せたならば、自分たちが帰れる場所があると、まだ生きて笑えるのだと、覚悟を決めたのだ。

 砂漠に接する最前線で彼らは己の得物を構えて、即座に走り出せるように準備をしていた。


「……嘘、だろ? 何なんだよあの数は……。ミノタウロスにオーガ。ナイトとロードまで居やがる……ッ! れ、レッサーデーモンまでッ!?」

「終わりだ……っ! 勝てやしねぇよ! B級冒険者でも十人は必要なんだぞっ!!」


 数千を超えて、死を運ぶ魔王軍の殲滅部隊は迫っていた。それを見た冒険者たちは絶望の表情を浮かべた。

 しかしながら、一人の冒険者は砂漠地帯に脚を踏み入れ、十メートル脚を進めてから踵を返した。

 

「聞けッ! 皆の者よッ!! 此処で震えて死を待つのかッ! 我らが出来る事はただ一つだけだッ! 故郷を! 愛する者を! 明日を奪った魔王軍に一矢報いる事しかあるまいッ!! どうせ死ぬならば刺し違えて死ねッ! 勇敢な背を向けて立ち向かえッ!! 墓標に臆病者と刻む気かッ!!」


 凛々しい声は高らかに防衛軍の耳に入って、その顔を上げさせた。彼らはその緑髪の女性騎士の声に、共感を覚え、怒りを灯し、眼前の敵を見据えた。

 

「魔王軍に見せ付けてやれッ! 我らの命は軽くは無い事をッ!!」


 騎士の名はウィンディ・アレイクト。魔法都市アルカンシェルの冒険者の一人であり、この場最後のB級冒険者でもある。

 ウィンディは歴戦の傷跡が残る軽鎧を誇示し、ファランクス型の愛槍を天に見せ付けるように掲げた。この場に居る誰もが彼女に命を救われた者たちだ。ウィンディの言葉は怯えていた恐れを断ち切り、次々と賛同するように剣が、槍が、弓が、杖が上がる。

 迫り来る魔王軍に振り向いたウィンディは、逃げ出したくなる気持ちを抑え込んで西を睨む。地平線の先に居るであろう魔王に向けて睨む。


「……残り半刻、か。勇者様が召喚なされたアルカディアは助かるだろう。……すまない、ウィン。先に逝く事を許してくれ」


 ウィンディは目を瞑り、愛槍に向けて祈るように遺言を呟いた。この戦いは人類の絶滅により終了するかもしれないと考えてしまうが、既に決意は決まっている。遠方の従妹を悲しませる事になろうとも、故郷を背に生まれ育った皆を護りながら死ぬ、と。

 目を開き、怨敵を見据えた。

 ーーどうせ散るのだ。華々しい最期を!

 女性の身に産まれながら、男性に負けぬ槍術を手にした日々が思い返される。そして、我が身には合わないと従妹に押し付けた未練がましい品々を思い出した。

 

「……ベッドで散る事無く、戦場で散るとはな。親不孝極まりないな……」


 背の方向に居るだろう両親の顔を浮かばせて、ウィンディは涙を一粒零れさせた。それを拭い去るために左手の甲を目に当て、轟音を聞いた。

 何かが着地し舞い上がった砂埃を唯一守れたウィンディは、魔族の進行が直前に来ていたのか、とファランクスを構え、砂埃が止むのを待った。

 ゆらりと現れたシルエットは人の姿をしているのに関わらず、やけに縦長だった。


「ーーもうっ! 近道に跳躍なんてするからです!」


 その声に一番驚愕したのはウィンディだ。なんせ、聞こえる筈の無い人物の声が聞こえたのだから。砂埃から現れたのは肩車する少年と幼い少女だった。


「いやー、すまんすまん。まさか、砂漠があるとは思わなかった。てっきり広場かと」

「アルカンシェルは渓谷が海側に崩れてできた土地ですから、熱風の吹き抜け道の先にあるんですよ」

「へぇ……、成る程なぁ。じゃあ海で遊ぶには良い環境なんだな」

「そうですね。着地でじゃりじゃりですから早く洗いたいですねー」


 何とも場違いな会話に唖然とする中、一番近いウィンディが漸く正気に戻り、砂漠でオアシスを見つけたような気分で駆け寄る。


「ウィン! ウィンなのか!?」


 魔王軍に蹂躙され死に行く前に数年振りに再開した愛しい従妹の名を。名を呼ばれたウィンクルは「はい?」と可愛らしく首を捻り、ウィンディの姿を確認した。


「ウィンディお姉ちゃん! ご無事で何よりです! ……あ。アサギさん下ろしてください」

「はいよー」


 アサギはしゃがみ込み、ウィンクルの細くてツルツルな脚から手を離した。数秒かけて下りたウィンクルは仕切り直してウィンディに飛び付いた。成長している筈なのに、ウィンディの軽鎧とファランクスの合計よりも軽いウィンクルを抱き締めた。


「ウィンディお姉ちゃん!」

「あ、えと……ウ、ウィン!」


 まさかリテイクするとは思っていなかったウィンディはやや呆れながらも、愛しい従妹を抱き締めた。アサギは頷きながら砂漠の方へ見やり、此方の様子を伺う魔族たちを視認した。

 ウィンクルの頭を優しく撫でたアサギは、肩をぐるんぐるん回して解してから砂漠の方へ歩き出した。


「お、おい! そこの兄(あん)ちゃん何をする気だ!?」


 防衛軍の一人がそう叫ぶが、アサギは「はぁ?」と振り向いて言葉を返した。


「彼処に敵が居んだろ? ウィンクルに手が出る前に潰すに決まってるだろう。……ああ、別にあんたら来なくて良いぞ。足手まといというか一緒に巻き込むかもしんねぇし」


 アサギはかったるそうに言い放ち、論より証拠と聖剣デウスエクスを引き抜き、上段から適当な方向に斬撃を放つ。誰もが追えぬ速度で降り抜かれた聖剣が雷鳴の如く空気を斬り裂き轟音を響かせ、一筋に抉れた深い溝が出現した。

 その絶対的な姿を見て人々は漸く悟った。

 目の前の少年こそが東のアルカディアからの救援部隊であり、人類を救う勇者の一人であると。

 アサギはウィンクルに笑みを浮かべ、聖剣デウスエクスの切っ先を天へ向けた。


「我が名は“伽藍堂の勇者”アサギ・イオリ! 風の巫女ウィンクル・アレイクトの願いにより貴殿らの救援に来たッ!! 取り敢えずありったけの手押し車を持って来いッ! それと湯浴みの準備も頼むぞ!」


 先程のウィンディの声よりも遥かにでかい声で叫び、アサギはニィと自信満々に笑みを見せた。それに呼応するように聖剣デウスエクスが白銀に剣身を輝かせた。

 絶望の暗き闇を白銀の輝きが斬り裂き、人々に希望と喜びを与えた。アサギはチラリとウィンクルを見やると、ウィンクルも嬉しそうに笑顔で頷いた。

 

「では、行ってくる。宴の準備だけしといてくれ。ウィンクルは先に風呂入って砂を落として良いからなー」


 ウィンクルを心底溺愛する笑みを見せた後、アサギは砂漠を滑るように駆け、十分離れたと目測して跳躍した。アルカディアからアルカンシェルまでを三日で走り抜けた強靭なる脚力が、踏み込み先の砂を石にしてしまう程に地面を強く蹴ったアサギは一筋の白銀の星と成り、虚空を斬り裂く刃となった。

 その出撃に人々は皆見惚れた。

 その勇者と呼ばれた化物の強さに惹かれたのだ。

 ーーアサギさんが無事に帰りますように。

 ウィンクルはアサギの心配をして祈る。それだけしかできないと分かっているからこそ、アサギの帰りを信じる。

 唯それだけでアサギが救われると知っているから。


「ーー殲滅開始だ」


 無情なる殲滅者と非情なる殲滅者たちとの戦いが始まった。アサギの着地により足を止めていた魔王軍は、一体、二体と斬り裂かれる同胞に激昂したミノタウロスとオーガが殺到する。

 まるで津波のように群れを成す下級魔族にアサギは口元を歪ませ、その絶大な筋力に発条を込めて跳躍し、接敵したオーガの腑を逆袈裟斬りによる切り上げでぶちまけさせる。その血を浴びる前に身を翻し、巨体との差を活かして懐に入り込み、一撃にて必殺に至る薙ぎ払いで複数のミノタウロスの胴を切断。噴き出す血の噴水に身を隠して、次なる標的(エネミー)に近付く。斬り裂かれた同胞ごと叩き切る様に振るわれたオーガの斧を払い、返しの一手で手首を切り落とし、落ちる斧に渾身の回し蹴りを叩き込み、即席の砲弾として未だ朽ちる事の無い軍団へぶちかます。

 絶叫と雄叫びに見向きもせずにアサギは淡々と殺して行く。その一方的な姿に防衛軍の人々はアサギを見て恐怖した。それはウィンディすらも例外では無く、一方的な虐殺者である勇者に恐れの念を抱いた。

 次々と接敵しては急所を的確に狙い、見えぬ速度で放たれる一振り、その全てに斬撃が生じており、全力を見せずとも暑さに強い下級魔族共々中級魔族も砂漠に赤いシミを残して息絶えて行く。

 数を成しただけではアサギには勝てないと悟る魔族も居たが、戦場から逃げ出す事は出来なかった。

 勇者という肩書きは今や、騙る事の出来ない最上級職(ジョブ)であり、それは語る事の出来ない最上級職(ジョブ)でしかない御伽話の職業の一つだった。そう誰もが思っていたそれは、白銀の輝きと赤い返り血を浴びる少年の姿により証明された。

 “伽藍堂の勇者”。

 魔を殺し尽くし国を滅ぼした勇者の名を誰が好き好んで騙ろうか。ウィンクルはその肩書きを名乗る意味を理解していた。

 ーー恐れるならば恐れよ。

 誰も信用しないという明確な拒否。裏切られた心の傷は確かに塞いだが、治っている訳では無い。ウィンクルとて、アサギの視線に自分への期待を込めているのを気付いている。

 ウィンクルだけで良いから心配をして欲しいと暗に願うアサギにウィンクルは応える。


「……なぁ、ウィン。勇者様というのは凄いな」


 ウィンディは二十三年間の人生の中で一番の光景を見ている。自分よりも二、三歳は若そうな少年が瞳に輝きを見せる事無く、一振りの聖剣と己の身一つで軍を壊滅させている。

 小さな蟻がゾウをひっくり返すような出来事を見て、ウィンディは胸が締め付けられる。

 ーーどうすればあの高みへと行けるのだ!

 B級冒険者という肩書きを笑う訳では無いが、物足りないと感じた。確かにあの強さには恐れを抱いた。しかしながら、ウィンディは恐れを越えてこそ、あの戦場に君臨できるのだろうと確信する。


「あのような人を私は見た事が無い。だからだろうか……」


 いつの間にか膝の笑いが止んでいて、ファランクスの柄を硬く握り締めて、ウィンディは頬を赤くし恍惚に酔っていた。武人としてB級冒険者まで這い上がったウィンディには、戦場を蹂躙し尽くすアサギの姿に欲情していた。

 ーー敗北しても良いから全力で戦いたい。

 好戦者(バトルジャンキー)の血が騒ぎ始めたウィンディの横顔にウィンクルは苦笑する。ウィンクルが勇者様にハマったのは、幼い頃のウィンディとの触れ合いがきっかけである。平民故に騎士に成れないと知ったウィンディは夢をウィンクルに託すため、夢の名残りである絵本を手渡したのだ。騎士や勇者等の物語の絵本は未だに大切にされている。絵本を朗読しながら、優しいウィンならいつか会えるかもしれないな、と今に至るフラグを立てたのが若かりし日のウィンディだったりする。


「……お姉ちゃん。わたしね、勇者様に出会ったよ。アサギさんは絵本の物語のように強い人だけど、心はわたしたちと変わらない。痛かったら泣けるし、辛かったら悲しめる人。……アサギさんは一度裏切られて心を痛めてる。わたしはそんなアサギさんを支えてあげたいの」


 真っ直ぐな瞳にウィンディは数年で成長したウィンクルの頭を撫でて、その華奢な体を後ろから抱き締めた。その抱擁は柔らかく、胸当てでウィンクルの背中を痛めぬように気遣うものだ。


「…………ふふっ、見ない間に成長したようだな。確かに、あのような姿を見れば離れたいと思ってしまう者も居るだろう。だが、私はウィンの優しい心を知っている。ウィンが認める相手だ。きっと良い人なのだろう」

「じゃあ……」

「たが、これとそれは別だ。ウィンクルが彼を惚れているように、私もあの力に惚れてしまった。……まぁ、私には心を開かないかもしれんが模擬戦くらいは出来る筈だ」


 的外れな言葉にウィンクルはキョトンと可愛らしい顔をして、身長差的に真上を見上げるウィンクルにウィンディは笑みを見せる。

 ウィンクル的には素のアサギを知って欲しいという意味を含んでいたが、ウィンディ的には惚れた異性だからアサギを取って欲しくないと取り違えた。その結果、もしかしてわたしはアサギさんが好きなのかな、とウィンクルは頬を赤らめてしまった。

 恥ずかしがる初々しい表情と捉えたウィンディは女として階段を登り始めたウィンクルに数度頷く。


「え、えええとっ! あ、アサギさんはその……」

「分かってる分かってる。私がサポートしてやろう。なぁに、勇者様がパーティの可愛い女の子と恋仲になるのは創作の王道だ。それに、アサギ殿もウィンに気があるようだからな。問題はあるまい」


 そうニンマリと笑みを見せるウィンディにウィンクルはそれどころじゃなかった。自覚していない感情に揺れ動く初々しい乙女な顔で主に染めていた。アサギに対し嫌悪感や恐れは無いし、良い匂いやちょっとした気遣いに加え、色々と見てしまった逞しい体が頭から離れないのも事実だ。

 それらの異性への関心が全てに渡りアサギに至ると気付いたウィンクルは、考え過ぎて知恵熱を出しウィンディの鍛えられた腕にへんにゃりと引っかかる。


「……ありゃ、ちょいとばかしウィンには早かったか。いやまぁ、しかし……」


 ウィンディはふにゃっとしウィンクルの小さな頭に顎を軽く乗せて、戦場を見やる。数百越えて、数千の魔族を狩り続けるアサギの戦姿に惚けてしまう頬を奥歯を噛み締める事で自重する。

 白銀の刃は未だに輝き続けているのだから。

 

「有象無象がワラワラと屯ってんじゃねぇぞゴルァッ!!」


 戦闘の興奮に当てられ抑制していた口調が解禁され、非情にして極悪な笑みを浮かべたアサギは縦横無尽に聖剣を振るい、至る所に返り血を浴びて、正に血で血を洗うかのような一方的な虐殺に身を踊らせる。踊る相手は一呼吸で首や胴を泣き別れさせて崩れ落ち、延々と続く死のダンスに巻き込まれて行く。

 半数以上の魔王軍の戦死を前にして、部下に止められ指揮を取り続けるレッサーデーモンは頗る不機嫌だった。魔族は強敵を討ち倒して喰らう事を最上の美徳としているため、レッサーデーモンもまたその戦いに加わりたくて仕方が無かったのだ。

 しかし、既に後方の中級魔族部隊と共に軍事用語では無く文字通りの全滅を避けるべく、撤退している最中である。山羊の風貌に四つの赤い体毛の腕を持つレッサーデーモンは逃げる事を悔しがりながら、アサギを睨み続けていた。

 勇者らしき乱入者が現れたために、その身なりと特徴を記憶しているのである。敗戦において最大の失策は敵の情報を上に送れずに死ぬ事だ。遠ざかるアルカンシェルと戦場に後ろ髪を引かれるレッサーデーモンは舌打ちして前を向き、そのまま絶命した。

 微かな意識が残りながらずり落ちる山羊の頭は、地面に落ちて死屍累々に朽ちた部下たちの死体を目にした。そして、遠い距離で血払いするアサギの姿を捉えた。

 ーー敵を勇者は逃がさない。

 魔王とは立ちはだかる者であり、対する勇者とは追い求める者だ。魔王の前から絶対に逃げ出せないように、勇者からは絶対に逃げれない。

 斬撃を飛ばされたと気付く前にレッサーデーモンは熱された砂漠に血を吸われて干からびて行く。

 この瞬間、南方殲滅魔王軍の殲滅が終わった。

 魔王軍全滅という驚異的な事実を遺して。


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