「三人の勇者達」-13
エーテルの招集はノブナガとアーサーにも伝わっていたようで、甘い昼食を終えたアサギとウィンクルが最後のようだった。
円卓の玉座に座るエーテルは、兵士長のアデル・グマウスと財務長ルマンド・フェイを側に従えて気品ある佇まいで、豪華な椅子にドカリと座るノブナガと後ろに控えるフレイル、綺麗な椅子に座るアーサーと後ろに控えるマリアス、質素な椅子に座るアサギは膝にウィンクルを座らせていた。
恥ずかしさがまだ抜けぬウィンクルに熱があるかもしれない、と進言したアサギの気遣いの勘違いにエーテルは気付いていたが、ちょこんと申し訳なさそうに座るウィンクルが微笑ましいため不問とし、むしろ奨励した。
勇者三人の前にはテーブルがあり、そこには大規模な赤に塗り潰された地図があった。
「……大陸の八割取られているとは何事ぞ」
ノブナガが苦言を漏らすのも仕方が無いだろう。大陸の八割を魔王軍に侵略され、約一万の民の半分が南の国に在住し、東と北の国に半分ずつしか居ないという絶滅危惧種に人間がカテゴライズされてしまいそうな悲惨な事実だ。
負けているとは知っていたがこれ程までとは思っていなかったらしい。
「……魔王が現れたという知らせが入ってから三年で我々人類の総数は二割を切りました。それも、魔王に仕える三人の上級魔族によって、です。迅雷のライジング、不死身のサターン、四属のケイローン。彼らはそう名乗り出ました。……そして、魔王の左腕を探している、そう目的を告げました」
その悲痛な報告で一人だけ左腕を摩って反応したアサギにエーテルは「まさか」と、目を見開く。
嘆息してアサギは着ていた黒シャツを脱ぎ、左腕を皆に晒した。二の腕には痛々しい傷痕が残っており、その傷痕は一周していた。まるで、腕を取り替えたように。
「……そうだな。エーテル王女も知っているから名乗ろう。先代魔王を討ち取り、彼の願いを受けて左腕を取り替えたのはこの俺だ。“伽藍堂の勇者”、今に伝わる俺の肩書きだ。“神々の試練を越えし不屈の勇者”の肩書きの所以たる≪伽藍堂の牢獄を越えし者≫と混ざったんだろうよ」
「……つまり、貴殿の左腕を探すために我らはッ!」
立ち上がるアデルの、憤りを込める怒声にアサギは顔を顰めた。アサギの瞳に純粋な怒りが灯り、アデルの睥睨を一蹴する。
不愉快極まりない、とアサギは視線でアデルを座らせた。
「んな事三日前に召喚された俺が知るか。第一、貴様らの祖先が俺を裏切らなければ歴史は変わっていただろうに。勇者の子孫が国を護った筈だ。後付けのように俺を怨まれても困る限りだ。第二、左腕を探すのが俺の知る魔王ならば、奴は十年かけて人類を追い込む。故に、復活では無く出現だ。先代魔王の左腕なんざ意味は成さない」
すっとアサギはウィンクルを後ろから目と耳を塞ぐ様にして、「第三」と言葉を続けた。突然の事にウィンクルは驚くが、近くにウィンクルが居るためギリギリまで抑え込んだ殺気が滲み出てしまい、アサギの尋常では無い気配で内容を察してしまう。
「再び俺を裏切るならば人類なぞ知らん。勝手に絶望して死ね。ウィンクルだけを護るため人類側に剣を取るだけだ。契約はしたが、勘違いしてくれるな」
底冷えする憤怒と憎悪が混じる声に、ノブナガと聞こえないが心を痛めるウィンクル以外の全員が戦慄する。氷の剣で心臓を貫かれ、脊髄に熱した剣を突き刺されたような怖気がした。
唯一の常識人だと認識していたアサギの変貌に、巫女二人は驚愕した。理性ある故に己の狂気を抑え込んでいるだけに過ぎない人物という事を知ってしまったからだ。
言いたい事は言った、とウィンクルから腕を外したアサギは再び怒り狂う憎悪の炎を鎮める。ふっと蝋燭の火が消えたような静けさが生まれ、ウィンクルは身を焼くような痛みを分かつためアサギの右手を握る。
清涼な風のように心清らかなウィンクルは、傷付き壊れかけた剣であるアサギが壊れぬように優しく手を取る事しかできない、と唯一アサギの心内を知る理解者として心を痛めた表情をしていた。
お伽話から卒業した幼馴染の成長する姿に、フレイルとマリアスはキュッと拳を作った。巫女として風の勇者に献身的に努める姿に心を打たれたのだ。
勇者とて人の子である、とお伽話を卒業したのは誰だったか。それを二人は思い出し、己に生まれた恐怖を打ち払った。
自分たちもまたウィンクルのように成らねばならない、と。
真なる巫女としての素質のある三人にノブナガは美しいと感じた。それは皮肉にも先代魔王の言葉の意味を捉えていた。
ーーその勇敢な一歩程、美しいものは無い!!
残酷な世界の具現者として、たった一度の美しい輝きに身を焦がした魔王の願いそのものだ。
手負いの獣が恐ろしいように、絶望の淵から這い上がる者の輝きを魔王は一目見るためだけに人類を滅ぼす魔軍を率いたのだから。
未だ燻りを隠すアサギがどれだけ妥協してくれているかを察した三人は、頭を深々と下げた。
その姿に少し溜飲を下げたアサギは、静かに目を閉じた。そのアサギの行動によりアデルは失言を許されたのだと安堵した。
「……して、アサギ。我らはどう出るべきぞ?」
ノブナガは頃合いだろうと話題を変え、アサギを立てるように発言した。その他人を気遣う姿にアーサーは目を疑ったが、アサギの心境を知る者としてノブナガの意図を察した。
やれやれ、とアサギはノブナガに苦笑し、舞台に立たせた気遣いに応える。
「……そうだな。大国の奪還の目処を立てるべきだろう。今回の場合、拮抗していない状態のため魔王を潰すだけでは意味は無い。戦陣突破の我武者羅は無駄死にを出すだけだ。そして、態と分断された状況で救援を出しに行くのは愚の骨頂だ」
「……南と北を見捨てるのですか?」
「行きたいなら勝手に救援に行くと良い。少なくとも俺は行かん。大国を取り返した場合、他の二つに回した一部を此方を徹底的に潰すために魔王軍は回収するだろう。仮に動かない場合でも、更に大国を奪還する事で魔王軍はここを叩かずには居られなくなる。三年かけて追い詰めた成果を一年で取り戻されるのは士気が下がるだろう」
「短期決戦を狙うのか」
アサギの軍略にアーサーが関心するように頷いた。国単位で救援に向かうならまだしも、数少ない人数を救援に向かわせるのは鴨が葱を背負ってくるようなものだ。救援しに行った国が滅びていたら救援部隊の生存確率はグッと下がる。
「彼方が勇者召喚の情報を握っているならば、尚更ここを潰しに来るだろうな」
「なんせ、先代魔王は勇者により討たれておるのだからな。助けに行くのが救援ならば、敵の数を減らす事もまた救援の一つぞ。小人数で大人数を討つのは我が本領。此方に無い奇策で計略攻めよ」
「上級魔族以下に単騎で負けるメンバーじゃないしな」
ノブナガの不敵な笑みと天魔王の座についた手腕からの自信と、先代魔王を討った本人からの戦力把握はアルカディア側の全員に希望の光を魅せた。
天界と魔界を統べる天魔王。
ーー兵器開発の鬼畜外道な豪鬼。
天界を護りし守護天使。
ーー天使軍を率いた守護者たる勇者。
魔を滅ぼす勇者。
ーー絶技を極めし聖剣の英傑。
この過剰防衛な顔触れに誰が負けると思うだろうか。召喚時に迫り来る魔王軍を一人で殲滅したアサギが言うのだ。言葉の重みに誰もが勝利を期待する。
地味に自分も評価されているアーサーは謹んで無言で微笑んでいた。剣を認めたアサギからの評価が嬉しくて堪らないらしい。
そんな中、ウィンクルが少々戸惑いながらアサギに振り向いて囁いた。
「南にわたしの従姉が居るんです。如何にかなりませんか?」
「…………と、言う事で俺は南をサクッと救援しに行ってくるから此処は二人に任せた」
「「おい」」
隣故に聞こえていたノブナガとアーサーが、アサギの全力な掌返しにツッコミを入れる。ウィンクルを護るためと言っていたため、今のアサギはロリなウィンクルに溺愛するシスコン又はロリコンにしか見えない。
ウィンクルは従姉妹が助かるかもしれないと、嬉し涙を流しながら笑みを浮かべる。そんな顔でお願いされたらアサギはもう止まれない。
「正直俺だけでも十分だしな」
そうウィンクルを安心させるためにアサギは良い笑顔で言い、先程見捨てるように吐き捨てた姿が嘘のように見えた。
アサギが救援部隊の一人ならば、生存率はほぼ三桁と言っても過言ではない。その事をよく知っている二人は口を閉ざす。呆れてものが言えなかったのだ。
その突然な掌返しについていけなかった五人は固まってしまう。
ウィンクルがアサギのために何かしたいように、アサギもまたウィンクルに笑顔で居て欲しい。そのため、甘える妹を全力で甘やかす兄な状態であるアサギはウィンクルの願いならば、世界征服すらも視野に入れる所存である。
「そ、そうですか。で、では準備を整えたら速めに向かった方がよろしいでしょう。万が一があってもアサギ様ならきっと救い出せましょう」
「ああ、そうしよう。南の国はどの辺りだ?」
地図を手元に寄せたアサギはエーテルから視線を当たり前のように外し、ウィンクルに尋ねる。ウィンクル以外を全く持って信用していない雰囲気が丸分かりである。
しかしながら、さも当たり前にやるものだからエーテルたちはあまり嫌な印象を受けなかった。露骨にやられたなら多少なりとも傷付くが、アサギがウィンクルに見せる素の顔と先程の形相の差から変わり過ぎてやや混乱しているのだ。
「えっとですね。……アルカディアがここで、南のアルカンシェルは……ここですね」
大雑把な簡易的な地図だがアサギにとっては知らない大陸でも無いのであっさりと理解した。現在地である魔法都市アルカディアは先端のように出っ張る部分にあるので、そこから左側の沿岸を沿った場所に南の魔法都市アルカンシェルはあった。
馬を使い三十日かかる距離というのがアルカディアの一般常識なので、ウィンクルはやや心配そうにアサギを見る。長旅に分類される距離だから断るんじゃないか、という浅い不安だ。
「……何だ近いじゃないか。走って三日くらいだぞ」
「……え? 馬で三十日の距離ですよ?」
「勇者が馬より遅いとでも?」
さも当然のように返されてしまったウィンクルは、驚きよりも先にアサギの凄さに感激した。三日ならば救援に行けば必ず助かるだろう、と感激の余りウィンクルはアサギに抱き付いた。
「アサギさん凄いです! 絵本の勇者様より凄いです!」
「まぁな。ウィンクルは勇者の加護やらあるし、俺の速度でも大丈夫だろ。森林突っ切るからスカートじゃなくてズボンにしてくれ」
「はい! 分かりました!」
二人がニコニコと顔を向き合わせて笑う姿は兄妹にしか見えず、微笑ましい。ただ、内容の壮絶さを除けばの話だ。
「わ、私は馬よりは遅いんだが、勇者だよな!?」
「……ああ、お前は勇者だぞ。安心しとけ」
「そ、そうか! ノブナガが言うならば安心だ、うん」
「…………少し見ない間に変わったのぅ。あの頃の面影がありゃせんわ……」
凛々しい目付きは混乱の余りふにゃふにゃしているし、自信あり気にノブナガへ向かってきた性格はオロオロする少女のようだった。
ノブナガが魔法と知略の豪傑ならば、アサギは剣と武力の英傑だろう。真っ正面から戦いたくは無いな、とノブナガはアサギのスペックが気になるばかりだ。
そんな気苦労知らずに義兄妹は二人だけの世界に入っていて会議どころでは無い。
「……とまぁ、南はアサギに任せるとしてだな。我が兵器開発してる間にアーサーは兵士を使えるくらいにしろ」
「ああ、了解した。私は頭を使うよりも剣を振った方が良いだろうからな。女神様の太鼓判付きだ」
「褒められていないからな、それは……。まぁ、良い。アサギ、南の民はどうするつもりだ?」
「ん? あー……、そうだな。俺が殿してアルカディアに越させるか。俺が前線でそれなりに暴れれば食い付くだろう」
「食い付く前に逃げ出すやもしれんがのぅ」
「魔王からは逃げられない、勇者は逃がさない。そういう事だ」
「呵々ッ! 成る程、単純明快だのぅ。ならば、アサギたちが帰る頃にはーー」
ノブナガは自信満々な笑みを浮かべ、腰の鉄扇を開いて言葉を続ける。そのやけに積極的な雰囲気に、エーテルは冷や汗を頬に浮かべた。
「ーー魔法要塞アルカディアになっておるだろうよ」
その言葉に一同唖然したが、アーサーとアサギはさも普通のように感心していた。天魔王不在であれども、不敵に聳える天魔城は未だかつて破られた事の無い難攻不落を誇る。
実際に知っているアーサーとノブナガの中身を見て評価しているアサギは、ノブナガを正当に評価していたからこそ頷けたが、アルカディア側の一同には何とも複雑な思いを抱かせた。
「魔法要塞ですか、強そうですね!」
お子様感性で瞳を輝かせたウィンクルを除いて、だが。




