「三人の勇者達」-11
魔王軍からの夜襲は無く、無事に朝を迎えたアルカディアの訓練場でやる気に満ちるアーサーとやる気の無いアサギの姿があった。
純白の騎士甲冑に聖剣エクスカリバーを携えたアーサーは昨夜のノブナガとの約束を覚えていたのだ。
しかし、そのせいでウィンクルとの約束を果たせず、超不機嫌な顔で睥睨するアサギは初対面の時以上に恐ろしい雰囲気を纏っていた。
アーサーはそんなアサギにやや押され気味だったが、強者との模擬戦に胸を高鳴らす姿は武人のそれであり、殺意の込められていない殺気を受け流すように相対する。
「……やらないのか? さっさと自室に戻りたいんだが」
「それは失礼した。朝早くからアサギ殿の時間を割く事を許して欲しい。私もまた武人の身、勇者として風格は無くとも剣では誇りたいのだ」
「……つまり、俺を倒して、私は剣なら強いんです舐めるなノブナガァッ! と言いたい訳か。成る程成る程……」
一気に剣呑な雰囲気に変わったアサギは、胸当てと修練着というラフな格好で聖剣デウスエクスを抜剣する。アサギの着ていた軽鎧は損傷が酷く、使えた物では無かったためアルカディアの兵士から一式借りた物だ。
逆巻く怒気は禍々しくは無いが、その威圧感は朝訓練を取り止めにして見学に回った騎士が膝を着きかける程の圧力があり、アーサーもまた昔にノブナガと相対した時の感覚を味わっていた。
「翼もいでやろうかテメェ」
底冷えする低い声により、アサギが怒っている事に漸く気が付いたアーサーは一歩後退してしまった。
「さっさと来い。ハニートーストが俺を待ってんだよ」
「か、開始の合図は金貨が落ちた時だ」
ピィンッと弾いた金貨がくるくると宙を踊り、ギャラリーは固唾を飲んで勇者同士の試合を見守る。
金貨が落ちた瞬間、飛び出したのはアーサーだった。アサギは西洋剣特有の長さを把握するため、態と後手を選び迎撃の構えを取る。聖剣デウスエクスは叩き斬る事に特化した剣であり、魔力を込めて握ると重量が変わる加護を持っている。そのため、剣身が長く作られており、軽く振り重く斬る事の出来る戦陣突破の剣だ。
地面を蹴り、水流に逆らわず流れる水のような動きでエクスカリバーを上段から振るう。模擬戦とは言え全力を尽くした速度で放たれた袈裟切りを、アサギは一歩下がり避けて、デウスエクスの切っ先を首に向け刺突し、いきなり跳ね上げる。そのデウスエクスの不可思議な軌跡に驚愕したアーサーは、慌てて体ごと捻って避け、その勢いを殺さず回転して次に繋げた。
しかし、逃がすつもりは無い、と一歩詰めたアサギのショルダータックルが背中を強打し、アーサーは体勢を崩す。ぐっと呻きながらも追撃を許さぬように片手でエクスカリバーを振るい、逃げ時間を作って下がる。
アーサーが美しい騎士の戦い方ならば、我流のアサギは泥臭い傭兵の戦い方だ。
簡単に倒せると思っていたアーサーはギアを一段階上げて、仕切り直す。剣が触れる瞬間にデウスエクスの重さが変わるため、二撃三撃でアーサーの添える左手が痺れてしまう。
しかし、アーサーはそんな素振りを見せずして、速度重視の展開へ変える。流れるような美しい剣技は左手の痺れが無いように見えた。
「……自然治癒力の向上か」
アーサーの聖剣エクスカリバーのリーチを見切り、アサギは聖剣の機能を見出した。手首が砕ける寸前程に細工した小技を前にしても、アーサーの手は痺れる程度に留まっている。何より、小細工に気付き戦闘の型を変えたのが証拠だった。
当たる瞬間に押すハンドノックと名付けられた技法は打ち合いの際に施す小技だが、型を変えてそれが不発になったというのが顕著な点だ。並の剣士ならば躍起になり、それを利用され剣を落とすのが定跡だった。
ーー上級の下、といったところか。
アーサーは数撃の打ち合いのみで聖剣の加護を見抜かれ関心した。変な手応えの打ち合いを変えるために型を変えたのが功をそうしたのだと、本能に近い直感で悟る。
アサギに知られたのならばギアを落としておく事もあるまい、そうアーサーはギアをフルに上げて神速を叩き出す。
「チィッ!」
アサギはリズムが急激に変わった隙を突かれ、聖剣デウスエクスの腹で突きを受け流し、防戦一方に追い込まれる。
当たらぬ軌道は捨て、避けなくてはならない点のみを見切って回避し続けるアサギにアーサーは相手を見誤った事を思い知る。
「ハァッ!」
誇りや見栄で手加減して勝てる相手では無い、と人間である筈のアサギに全力を振るう。アサギは聖剣デウスエクスの加護を使わず、実戦の最前線で研いた技術でそれらを弾き、時折フェイントとカウンターを織り交ぜてアーサーを驚かせる。
ーー人の身で辿り着く境地では無いぞ!
アーサーは未だに本気で迎え打ちに来ないアサギにやきもきし、遂に神技を解放する事を決意する。しかし、雰囲気が変わるアーサーにアサギは漸くギアを一段階上げて防戦から迎撃へと移り変わる。
「ぐぅっ!?」
急激に重さを増したアサギの剣戟にアーサーは呻く。先程の比では無い威力が強靭な膂力から生まれる発条を倍増させ、聖剣デウスエクスの加護によりそれが助長される。
レイピアの如く初速度から放たれる鎚のような重さの一撃に、天使の身であれど女性の身であるアーサーの腕は聖剣エクスカリバーの加護を超過する威力に耐えられない。
「絶技ーー」
ゾクリと背筋が凍るアーサーの目には、スローモーションでアサギから放たれる四方向からの軌跡が見えた。首を刈る袈裟切り、聖剣エクスカリバーを持つ右腕を落とす逆袈裟切り、腹部を切り裂き臓物を抉る左方からの刺突切り、右足を絶つ右方からの切り払い。
それらが同じ瞬間に向かう軌跡を見てアーサーは絶句する。逃げ場は後ろしか無い、と。
下がろうとする左脚が残した右脚の甲が踏まれる事で、完全に逃げ場を失い死に体になる。
「ーー燕、キャンセル」
パッと直前まで迫っていた軌跡が消え去り、甲に乗った足裏が離れた事で後ろへ逃げる勢いが復活し、アーサーは尻餅を着いてしまう。コツンと聖剣デウスエクスの腹で頭を小突かれたアーサーは、自分よりも高みに居るアサギに敗北した。
「模擬戦で死人出したら笑えないしな。アーサーさん。あんたは強いが、俺より弱い。純白の鎧が泥塗れになるくらいじゃなきゃ俺には届かない。泥臭い戦いを幾度無く繰り返した俺があんたの出鼻を折らせて貰う。あんたに勇者は合わない。騎士として剣の道を行くべきだ」
勇者と騎士の差は計り知れない。ただ、それは上下では無く横の遠さである。魔王を倒すためならば何でもやらねばならない暗殺者めいた勇者よりも、剣に誇りや信念を乗せて弱き者を護る騎士とはそもそも比べるだけで可笑しいのだ。
「勇者なんて人間側の暗殺者でしか無い。お伽噺の勇者なんて脚色した冒険譚に過ぎない。だから、綺麗なアーサーさんの手には勇者なんて合わないさ。勇者なんてしないで騎士として皆を率いてくれ。……血で手を汚すのは俺だけで十分だ」
そうアサギは納剣し、未だ血に塗れた幻覚が見える右手を一瞥して踵を返す。負けた悔しさよりも、遥かに精神的に劣っていた自分の恥ずかしさにアーサーは悔しさを覚えた。種族の壁を越えるなんて勇者として生きたアサギには容易い事だったのだから。
ギャラリーはいきなりアーサーが後ろに倒れたようにしか見えず、アサギの剣を目で追えた者はノブナガとアーサーしか居ない。アーサーは行き場の無い悔しさを地面に拳を叩き込む事で発散させた。
「綺麗な手を土で汚してどうすんだか。良かったなぁアーサー。完全敗北できたじゃないか。恐らくアサギは我でも手こずる相手ぞ。味方で良かったのぅ」
「……ノブナガ、私は驕っていたのだな」
アーサーは多少発散した悔しさを抑え込み、鎧の土を払って立ち上がった。ノブナガとの戦いでは完全なる敗北では無く、トドメを刺さずに捨て置かれたのだと理解したからだ。
負けた日から技術を研いたつもりだったが、肝心な心を砥ぐ事を忘れていたのだとアーサーは痛感した。
非力な人間だと見下していた自分が馬鹿馬鹿しく感じた。強過ぎるノブナガに敗北しただけでは、アーサーの足りない頭では物足りなかったのだろう。
完全に勝てると思っていたアサギに手心を加えられて完全敗北したのだから、アーサーの中のプライドはズタボロだ。
「……やれやれ、翼をもがれた気分だ」
「呵々、その割には清々しい顔をしておるぞ」
「ふははっ! 違いない。今の私ならノブナガを倒せる気分だ」
「そう簡単には負けてやれぬな」
「……アサギ殿に勝てるようになったら貴様に挑戦し直す事にしよう」
「その頃にはアサギは寿命で死んでおるわい」
いっそ死んだアサギの魂をヴァルハラに招くのも良いかもしれない、とアーサーは冗談を口にした。そのアーサーはノブナガでは無く、アサギの去った方向へ向いていた。
女性としてでは無く、武人としてアサギに惹かれたアーサーはいつか再戦を挑もうと決意する。
その顔に以前のような慢心は無く、爽やかな笑みだけが残っていた。




