「三人の勇者達」-10
アルカディアの宴は飲めや食えやという騒がしいものであり、それに託けて商人たちは利潤と金貨の巡りを良くするために店を出したりと快く宴に参加し、盛り上げて行く。
皆で作る宴にアサギは楽しそうに語るウィンクルの姿を視界に入れながら楽しんでいた。
本当ならばノブナガたちの所へ行くべきだろうが、酒飲み場として騒いでいる中へアサギは行きたくなかった。騒がしいのが嫌いという訳では無いが、そんな疑問をウィンクルは尋ねた。
「アサギさんはお酒が飲めないんですか?」
「意外か? 俺の元々居た世界じゃ飲酒は二十歳を越えてからじゃないと体の成長に悪いからと禁止されているんだ。だから俺は酒は飲まない事にしている。元々そんな暇は最初にしか無かったしな」
「……え? お酒って体の成長に悪いんですか!?」
「まぁな。酒に含まれているアルコールってのが未成熟な体には負担がかかるからあんまりよろしくないんだ。……でもまぁ、こっちの世界なら大丈夫何じゃないかな。体にコンプレックスがあるとか以外ならあんまり困らないだろうし」
足し算引き算さえキチンとできれば算術として成り立つ世界常識ならば、それほど支障は出ないだろうとアサギは考える。暗に馬鹿でも生きて行ける世界だから、という理由ではあるが口には出さない。
ウィンクルは自分の体を見て「だから身長が……ッ!?」と戦慄していた。そんな微笑ましいウィンクルの心配にアサギは笑みを溢す。
「別に良いと思うよ俺は」
「ひゃい!? そ、そうですか? わたしちっちゃな頃から小さいままですし……」
「身長か。俺としちゃそのままで良いと思うんだが」
「へ?」
ポンっときょとんとした顔のウィンクルの頭に手を置いて撫でた。ウィンクルは心地良い暖かい手に惚けたが、アサギはそんな可愛らしいウィンクルにくつくつと笑う。
「俺の身長だとウィンクルの背は撫でやすいんだ。それに、女性よりも背が低い男性は背が高いと困っちまうんだ。男の誇りってのがゴリゴリ削れるらしいからな。今のまんまでも良いんだぞ?」
「あ、アサギさんはどう思いますか?」
上目遣いで栗鼠のように可愛らしく尋ねるウィンクルに、アサギは不意打ちに萌えてしまった。
「……何方と言えば好みだな」
「そうでしたか! なら良かったです!」
つい本音を漏らしたアサギは何処か違うウィンクルの反応に疑問を抱いたが、従者としての捉え方か、と察した。ニコニコ顔のウィンクルは乙女の顔というよりも、嫌われなくて良かったというお子様な顔だったため勘違いする事も無かったのだ。
女性二人男性二人のパーティで旅してきたアサギは未だに恋愛経験値の方は零なので、自意識過剰はみっともないという考え方で過ごしてきた弊害ですんなりと察する事が出来た。
パーティの一人は長旅の間熱い視線を向けていたというのに関わらず、モテナイ側に居ると高を括っているアサギはある意味鈍感だった。
「ん。ウィンクル、アレは何だ?」
アサギの視線の先は小瓶に入った琥珀色の液体であり、頭を抱えた人や千鳥足な人たちが挙って買って行く露天があった。視線の先の露天にウィンクルも見やる。
「アレですか? 二日酔いに効くポーションですね。何度か煮詰めた薬草を粉末状にして、滋養強壮草の汁と合わせた回復薬です。自然回復力が上がる品物ですので、手作業が大変な農民の方やこうした宴の時に二日酔い対策に飲むそうですよ」
「へぇ……、俺の時には薬草を直に噛んでたからなぁ」
「苦いですよね。それが嫌だった昔の商人の人が開発したそうです。大のお酒好きな人だったそうで、滋養強壮草の汁と合わせて、甘くしながらも効果的なポーションを作ったみたいです」
滋養強壮草は葉の部分は滋養強壮に、汁は甘い蜜になる野草の一種で、比較的数の多い事と台所の味方としても有名な草だ。酒に漬け込んで滋養強壮酒にするのも良いし、日々の夜の営みに備えて食事に混ぜるのも良い。勿論、文字通り道草食うのにも最適だ。アルカディア周辺の森には群生地もあって慣れ親しまれる健康食材でもある。
ウィンクルはこの滋養強壮草の蜜瓶詰めがお気に入りで、よく朝食のパンに塗るらしい。
そんな微笑ましいウィンクルの補足にアサギは、熊の子のように蜜瓶から食べるウィンクルを想像して柔らかな笑みを浮かべる。
「そっか。ウィンクルは甘い物が好きなんだな」
「はい! ハニートーストが大の好物です。明日の朝にお出ししましょうか」
「くはは、ウィンクルが食べたいんだろ? うん、そうだな。俺も気になるから朝食はそうしようか」
「ふふっ、アルカディアのパンは柔らかくてモチモチですから美味しいですよー」
「それは楽しみだな」
蜜のように甘い空間を作り出した二人は楽しそうに笑顔で語り合う。話題はアサギが気になった露天の品物についてから、ちょいちょいウィンクルの趣味に走るため堅物めいた説明よりも好ましいとアサギは喜んで聞き手に回る。
何件かの露天を見た後に、アサギはファンタジーな異世界らしからぬ露天品を見つけた。
色鮮やかな糸と布により作られた神社で売られるような御守りだった。
「アサギさん、これはですね。アルカディアに伝わる伝統品なんです。何でも昔に勇者様が大層大事にしていたという御守りを真似た物です。家内安全、恋愛祈願、旅先極楽、というおまじないのある祈祷御守りが主な種類ですね。……アサギさん?」
その説明にアサギが随分と驚いている様子で固まっていたので、ウィンクルは「そんなに珍しいのかな」と憶測を立てた。アサギは回収された鎧の中に肌身離さず仕舞い込んでいたそれをポケットから取り出す。
アサギが初めて召喚された頃の前に買った家内安全の御守りを取り出し、ウィンクルに手渡した。日本語の漢字で書かれた文字に小首を傾げたウィンクルだが、それが御守りだというのは分かった。
「……ウィンクル。その前の勇者はもしかして剣士と僧侶と魔法使いを仲間にしていなかったか?」
「え? ごめんなさい。分かりません。太古の勇者様は黄昏の碑文から分かった事しか知りませんので……。あ、でも確か、黒髪黒目の……お方……だと……」
思い当たる特徴は目の前のアサギに当て嵌まる。
黄昏の碑文を遺した太古の国は、勇者を敵に回してはならないという言葉を遺して“滅んでいる”。
アサギが国に仲間に裏切られた際に何を行ったか。
ーー王を殺して国を滅ぼした。
そして、小さな掌に乗っかる昔の勇者様が大事にしていたという御守りと酷似するそれを見て、ウィンクルはアサギの言いたい事を察した。
「……そうか。俺はあれから随分先に召喚されたんだな。この世界の名はアルカナであっているか?」
「……はい。この世界はアルカナと呼ばれています。この地、アルカディアは東の大陸ジバングに存在します」
「そっか。道理で俺はここに、いや、あの場所で召喚された訳だ。恐らく彼処に俺が最初に召喚された魔法陣があるぞ。地下があるかもな」
再び同じ世界に勇者として召喚された皮肉をアサギは嘲笑うかのように、シュンとしたウィンクルの頭を撫でながら笑う。
アルカディアの地下には古代の国の遺跡が存在する。その名はエルケンディッヒ。高校生朝霧庵が勇者アサギ・イオリとなった因縁の場所である。
とうの昔に自分を裏切った者たちが死に絶えていた事にアサギは、何とも言えない気分でウィンクルの頭を撫で回す。何かをしないとやってられなかったというのもあるが、一番の理由はウィンクルに気負いして欲しくないからだ。
「なぁウィンクル。俺は再び召喚されて良かったと思ってるんだ。あのまま聖剣デウスエクスを魔剣に貶めたまま狂った勇者になるよりも、こうしてウィンクルと世界を再び救う勇者である方が遥かに良い。それに、前の時には本当の勇者として俺は至っていなかったという事にも気付く事ができた。だから、ウィンクル。俺を召喚してくれてありがとう。感謝はすれども恨む事は無いよ」
未だに裏切られて刻まれた心の傷は癒えていないが、それでもアサギは勇者としては立ち直れた。
ーー誰かの笑顔を護る剣と成る。
そう誓い直せたのはウィンクルの優しさのおかげだ。過去の事を嘆くのも涙と共に終えたのだから、次は新たな一歩を進み出すだけだ。
「ありがとう、ウィンクル。俺は君に救われた。次は、俺が君を救いたい。魔王を倒す勇者の剣として君を護ろう。だから、笑っていてくれ。君の泣き顔は案外にも俺の心を揺さぶるんだ」
そうアサギは屈託の無い心底から込み上げる本音を言葉に込めて、ウィンクルに今まで見せた事の無い穏やかな笑みを見せた。手から伝わる暖かい思いがウィンクルの戸惑いと罪悪感を打ち払って行く。
ウィンクルは掌の御守りを丁寧に握り締めて、涙混じりの最高の笑みを返した。
「……湿っぽくなっちゃったな。なぁ、ウィンクル。甘い物でも買いに行こうか」
「は、はい! それならあっちにありますよ!」
ギュッと握り合った手の温もりは、穏やかな陽気の暖かい気持ちを共有し合ってお互いを離さぬように繋ぎ止める。そんな少し雰囲気の変わった二人を見て人々は微笑ましい笑みを浮かべる。
お互いの気持ちが少し前進した事を知らぬ勇者と巫女は、宴に参加し直して甘い物を片手に楽しむのだった。




