「三人の勇者達」-9
ウィンクルが羨ましい、そうフレイルとマリアスは嘆息した。目の前には余興では無く本番の宴によりテンションが上がる人々と一緒に、ジョッキ片手に笑うノブナガとアーサーの姿があった。
ウィンクルは可愛らしいワンピースに身を包み、尚且つアサギと手を繋いで楽しそうに宴に参加しているのを遠目で見つけてしまったので呼べず、加えて勇者二人を止められるアサギまで逃してしまっているのは二人には頭痛の種だ。
ならもう敢えて好き放題させて満足して貰おうと画策した二人はノブナガたちが見える範囲でグラスを手にしていた。
「……勇者様の従者になれたのは嬉しかった筈なんだけどねぇ。まさかこうなるとは……」
「……仕方ない。アサギ様が別格なだけ。彼は勇者として積み重ねてきた重みと誇りがある。あの二人は勇者では無い。王族の方と天使の守護兵。私たちが知る勇者では無い」
そう愚痴めいた淡々とした口調でマリアスはオレンジエールを一気飲みして、喉を潤す。フレイルの葡萄酒よりもオレンジエールの方が度数がかなり低く、アルコール中毒にならないと分かっているからだ。忙しなく働く女性におかわりを頼んでマリアスは机で頬杖をつく。
「……まぁ、そうよね。比べる時点で間違ってるわよ。ノブナガ様は飲兵衛だけど森林の砦の時には詠唱無しで魔法を使っていたわ。あの方は恐らく最上級以上の魔導師だと思うわ」
「……けれど。お昼ではアーサー様の剣技を見切った上であしらっていた。アサギ様も同様にアーサー様が剣を抜いた時には動きを予測してウィンを護ってた」
あの時のアサギの姿は正にお姫様を護る騎士の様だった。ウィンクルが失神では無く、単純にアサギの逞しさにノックアウトされていただなんて幼馴染の二人には容易に気が付く。
あの幼顔で逞しい男が好みというのを、学院に秘密裏に存在するファンクラブが聞いたらマッチョ率が高くなるに違いない。
「ノブナガ様とアサギ様は何方が強いのかしらね?」
「アサギ様の魔法を知らない。故に計算不可。加えてノブナガ様の力も分からないから無理」
「まぁ、何と無くだけどアーサー様とアサギ様が戦ったらアサギ様が勝つ気がするわね」
「……計算不可。あの時のアーサー様はノブナガ様の挑発に乗っていた。決闘の形式で検証が行われたならば五分五分かもしれない」
マリアスが机に置かれたエールの並々入ったジョッキの取っ手を掴もうとして、空振りした。エール何処行った、と辺りを見やれば、いつの間にかノブナガとアーサーが後ろの席に移動していた事に気付いた。
サーッと青褪めるフレイルに対し、マリアスは「私のエールぅ」とノブナガを睨む。既にマリアスは低アルコールで出来上がっていたらしく、ノブナガは「すまぬすまぬ」と笑いながら新しいエールを手渡した。
「あ、あのこれはですね……」
「確かにのぅ。我は兎も角、アーサーはアサギに比べりゃ勇者もどきに過ぎぬわ。なんせ魔王だった頃の我に負けておるからのぅ」
「ぐぬぬ……。……確かにアサギ殿と比べれば私は確かに勇者と呼ぶには相応しく無いだろうな。私は天界を護る守護兵としての勇者でしかないからな」
魔王殺しという度数の強い百年物を注いだジョッキを、アーサーはギラギラした瞳で一気飲みした。ノブナガは勿体無いと眉を顰めたが、既にお酒でハイになっているアーサーは気にしもしない。
「しかし、天使たる私が人間の少年に負ける道理は無い!」
「……え。怒るとこそこなんですか?」
「無論だ! 五百年培った私の技術が十九年しか生きていないアサギ殿に負けてたまるか!」
勇者という役割では負けを認めたが、武人としては負けていないとアーサーは唸る。
絡み酒が発覚したアーサーに巫女二人は顔を顰める。巻き込まれたら酔い潰されると本能的に悟ったのだ。
「ほぅ? ならば、明日にでもお互いの力を確認するために模擬戦をするか。勿論、アサギとお前でのぅ」
酒の肴にする気満々のノブナガはアーサーに横から掻っ攫った葡萄酒の瓶から、ジョッキに注いでやる。
「良いだろう! 私の実力を把握するには十分な男だろうからな。聖剣エクスカリバーが勝利を求めて唸るぞ!」
腰元の聖剣は苦々しく輝いているが、アーサーは御構い無しに高らかに笑う。酔っ払いたちもそれに加勢し、飲み場の空気は熱くなって行く。
アサギ様ごめんなさい、と脳裏に浮かぶアサギへ謝ったフレイルは、目の前の酔っ払いたちを止められぬ自分に嘆息した。
マリアスはそんな幼馴染をぽけーっと無視し、ウィンクルの姿を探した。お喋りがしたいお年頃のようで、幼馴染のウィンクルとも話したかったのだ。
数分かけて視線の先に普段の笑みとは違う笑顔を魅せるウィンクルを見つけたマリアスは、再び呼ぼうとする気が失せてエールを飲む。
「アサギさん、これはですね。アルカディアに伝わる伝統品なんです。何でも昔に勇者様がーー」
心底楽しそうにアサギとお喋りするウィンクルに何処か先を行かれたような気がするマリアスに、その視線の先を追ったフレイルもまた感じる。
護りに護ったひよこが強靭な黒い狼と戯れている姿を見たような気分で二人はジョッキを空にする。
「女の子の顔をしちゃってぇ……」
「羨ましい?」
「まぁ、ね。でも、ウィンは元々勇者様が好きだったからね。憧れかも知れないわ」
「……しかし、アサギ様の肉体は鋼鉄のようだった、とウィンが」
「……二日間寝て居らした時に、でしょうね。というかアサギ様はウィンの好みそのものじゃないの」
「鋼鉄の武人、騎士のような優しさ、勇者のように雄々しい姿」
それはウィンクルに気紛れに尋ねた好みの男性のタイプであり、ウィンクルファンクラブすらも手に入れていないトップシークレットだ。
「バッチリじゃない。もしかしたら、ウィンのファンクラブも解散かもね」
「そうなる確率は八割以上。ドンマイ」
「……意外と辛辣よねマリーは」
「それ程でも無い」
「褒めてないわよ」
年相応の恋人同士という風には見えず、仲の良い近所のお兄さんと幼い少女という図を眺める二人は再び注がれたジョッキに手を出した。
「酔わなきゃやってらんないわ色々と」
「……確かに、ね」
気品あるお嬢さんと寡黙な天才少女はジョッキで軽く小突き合い、冷たい中身で燻る気持ちを消火するように口にした。
そんな幼馴染の心配を知らぬ向日葵は元気そうに伽藍堂な勇者の隣で手を繋いで歩いていた。




