「三人の勇者達」-8
ベッドにぐったりと己の痴態を晒した件について自己嫌悪に陥っているアサギにウィンクルは慰めの言葉は掛けれなかった。
ウィンクルは魔法学院でも風の三本ラインという優秀な生徒であり、加えて子供の頃から勇者の物語が好きな女の子だった。
ドキドキの冒険に胸を高鳴らせ、ハラハラな戦闘では僧侶のように勇者を労わり、悪い龍を倒した勇者に万歳して喜ぶ感情豊かなウィンクルはその明るく純粋無垢な性格から周りに可愛がられ、仔猫のような人気者だった。
真摯で真っ直ぐな瞳に苛めっ子も躊躇うレヴェルで、手を出したら泣いてしまいそうなウィンクルに可愛がる意味でちょっかいを出す者は居たが、暴力的にちょっかいを出せる者は誰も居なかった。
幼馴染である成績優秀美顔巨乳なフレイルと天才気質無口無乳のマリアスの鉄壁の守りに保護されていたという理由もあるが、誰にでも愛されるウィンクルが幼そうに見えるというのが一番の理由である。
見た目幼女なウィンクルにグーパンできる苛めっ子は居なかったのだ。
マリアスを差し置いて胸が成長した頃には、皆些細な苛めをするような年齢で無くなり、向日葵のような明るい笑顔を害せる者は完全に居なくなった。
そんなウィンクルが実際に出会った本物の勇者の巫女として従者になれたのは、大変喜ばしい事だった。
ーーアサギさん、泣いてたな。
アサギの部屋に付属する個室は巫女用の控え室であり、勇者様のお役に立つんだ、と手入れや武器防具の磨き方等の知識を詰め込み、巫女に渡される費用から砥石や綺麗な布や上質な油等を取り揃えたプチ武器屋なウィンクルの部屋になっている。
「……今まで考えた事も無かったなぁ」
本では伝わらぬ恐れや悲しみを垣間見たウィンクルは、アサギが虚ろで絶望した瞳と過去を知って、自分の描いていた強靭で無敵の最強な姿は砕け散った。
そして、今まで考えた事も無かった物語の続きを知ったウィンクルはぼんやりと昔から読み続けた“勇者の冒険”という絵本を棚から取り出して頁を捲る。
何度も読んで内容を知っている絵本だからこそ、読み直すべきだとウィンクルは思った。
「……勇者様の活躍により、村に平和が訪れました。ぼくは困っている人たちを救うために勇者になったんだ。そう勇者様は村人たちに告げて、新たな冒険に向かうのでした」
ーー終わりは書かれていなかった。
この絵本は、小説と続く王道な勇者のシリーズの絵本の最終話だ。小説には手を出す金銭的な余裕が無かった分、ウィンクルはこの絵本のシリーズを何度も読み直してはドキドキハラハラと物語を楽しんだ。小説のシリーズは図書室でフレイルとマリアスの隣で読み終えていて、ウィンクルの感性は絵本の方が好みらしい。
ーー勇者様の幸せは何処にあるのかな?
小説のシリーズの最終巻では魔王を倒して王国に凱旋して「勇者様は世界をお救いになられた。勇者様は人類に栄光の平和を齎してくださったのです」と唐突な切り方で物語は終わる。
ーー勇者様は幸せに暮らしたのかな?
何処にも冒険が終わった後の勇者の生活が書かれておらず、続編は勇者の冒険のスピンオフ作品で勇者は出て来ない。
「……哀しい、な」
哀しみと怒りを込めた慟哭の咆哮をウィンクルは聞いている。アサギが小説のように平和を齎した後に皆に裏切られて激昂し、国を滅ぼした後に召喚されてきたという話を知っている。
勇者という存在が本で如何に雄々しく飾られていても、それが嘘のような終わりをした事を省かれた物語という事に気付いてしまい、ウィンクルは哀しみが胸に込み上げた。
そっとフレイルとマリアスの中間程の胸に手を置けば、悔しさと哀しみにより流されたアサギの涙の冷たさがあった。
どれほど辛かったのだろう。
どれほど憎かったのだろう。
人を殺すなんて悪行は虫すらも殺せないウィンクルには到底及ばぬ領域だ。
しかし、アサギが語った村人たちへの暴虐を知ってしまったら、そんな酷い人たちを殺すのは本当に悪い事なのか、と純粋無垢なウィンクルは考えてしまう。
アサギはそれを怒れて、ウィンクルには怒れなかった。
たったそれだけの違いで人が死んだのだ。
いや、王国の追手は盗賊のような悪行を行っているではないか。そして、それを見咎めたアサギは悪い龍を倒したように追手を倒しただけだ。
間違ってはいなかったのだ。
絵本を読む子供のために詳細を省いただけで、実際には悪い龍は勇者によって殺されているのだから。
「……でも、嬉しかった、のかな」
アサギを抱き締めた時の事は無我夢中で、その時の思考を思い出す事は出来ないが、ただ胸に残る暖かさだけは覚えている。勇者に対して、いや、アサギに対して何か出来た事が嬉しかった。
癒せていた事を知った時、心が暖かくなった。
恋愛感情では無く、親愛的な無償の感情によりアサギを支えてあげたいとウィンクルは思う。あの傷だらけの剣を自分の手で癒してあげたいと、自分がやりたい事にウィンクルは気付いた。
笑顔にしてあげたい、そうウィンクルは巫女として従者としてこれから成す事を決めた。
「……あ。そろそろ、かな」
外から聞こえる作業の音が減り始めたのに気付いたウィンクルは、どうせなら、とおめかしする事にして箪笥を開いた。箪笥の中にはウィンクルと同年代の少女には着れそうもない可愛い服と下着が畳まれており、見た人が元気になれるように、とウィンクルはオレンジ色のワンピースを選んだ。
ローブをベッドに脱ぎ置いて、シャツのボタンを外す際にふくよかな胸がウィンクルの小さな手でむにゅむにゅ潰される。傍目から見たら赤面物の光景を終えて、スカートの紐を解き、ストンと白い下着姿になったウィンクルはワンピースへ手を伸ばす。
その時にドアがノックされ、ウィンクルはいつもの癖で「開いてますよー」と了承めいた返事をしてしまった。
ここは学院の女子寮では無く、勇者アサギの控え室だという事を忘れていたウィンクルはドアの方へ向いてしまい、
「ウィンクル。宴がそろそろ始ま……」
「……あ」
現れたアサギとばっちり目があった。
低身長の小柄な体躯に対し、アンバランス過ぎない白の清楚な下着に包まれた果実やきめ細かい至る所までツルツルな肌の美しさは、十四歳の愛され向日葵少女ウィンクルという存在を可憐に映し出す。
「す、すまない!」
即座に顔を背けたアサギに己のするべき反応に気付いたウィンクルは「はわわ!?」と慌ててワンピースを着て、サファイアグリーンのローブを羽織った。
「お、お見苦しい姿を見せました。すみません……」
「い、いや……、ウィンクルは可愛いから誇って良いぞ……?」
「そ、そうですか? あ、ありがとうございまひゅっ!」
初々しい反応の二人はかなり気まずくも恥ずかしい気分で、今の今まで落ち込んでいたアサギですら「意外とでかかったな……」と異性の反応に忙しく暗い雰囲気は見えやしない。
「ぅあ……、も、もう大丈夫です」
「そ、そうか」
頬の赤みを魔力で消し去ってからアサギは振り返り、もじもじしながら身長差故に上目遣いで頬を赤らめ見つめるウィンクルに性的な意味でドキッとした。
サファイアグリーンのローブで小柄な体躯を包んでいるが、先程見てしまった中振りの胸がオレンジワンピースを少し押し上げており、長めの裾が膝下まで綺麗な脚を隠しており、動く度にチラリと見える細い足が可愛らしい。
やや気弱に愛らしく「アサギさん?」とウィンクルが小首を傾げた声で、凝視していたアサギは正気に戻りぎこちなく「あ、ああ」と返事した。
「……口下手で上手くは言えないが、似合ってるよウィンクル。元気な感じで可愛いな」
「あ、ありがとうございます。アサギさんも格好良いですよ。スラッとしていて似合ってます」
ジーパンめいたズボンと黒いシャツに戦闘ブーツと聖剣デウスエクスというラフな軽装備のアサギは、ウィンクルの個室に入る前にボサボサだった髪を水で無理矢理梳かし、黒髪をややオールバック風に整えてワイルドめいた格好だった。
魔王領という事で食事は魔物がメイン、激化していく戦闘の旅だったため、無駄な脂肪は削がれるように減り、強靭にして逞しい筋肉を培った勇者の体は女でさえも見惚れる機能美を備えていた。
父や近所の子供に級友くらいでしか男というものを知らぬウィンクルが、頬を赤らめながらも丁寧に体を拭きながら見惚れてしまう程の雄々しさだった。
「そ、そうか。この手のラフな格好は三年振りくらいだからちょっと気恥ずかしいな」
「三年振りですか?」
アサギは先程泣いた一件で心の傷が少し楽になったようで、少しだけ哀しみが込もる返事をした。
「……ああ。勇者として三年くらい旅をしたんだ。いつも鎧ばっかりでよくサタンタとライルに笑われたもんだ。暑くないの、ってさ」
「その、サタンタさんとライルさんというのが……」
「それにケリアを足したら俺の……仲間たちだった三人だ。四人で色んな国を経由して、沢山の人たちの希望になって、魔王も倒したんだけどな……。悪かったのは多分、俺のせいだ。あいつらには帰る居場所があった。俺には無かったから、裏切られたのも仕方がないのかもしれないな」
ーーもう会う事は無いだろうけどな。
そう胸の奥に口に出さない言葉を放り投げて、アサギはふっと感傷を感じた風に微笑んだ。その仲間の話題でも柔らかくなった笑みに、ウィンクルは少し得意気に笑みを返した。
こんな風に笑えるきっかけになれたのなら嬉しい事だ、と喜んで。
「……ま。しんみりとするのもアレだしさ」
すっとアサギはウィンクルに右手を差し出し、子供みたいな無邪気さで笑って言った。
「宴にでも洒落込もうぜ」
「はい!」
満面の笑みでその頼れる手に小さな手を乗せたウィンクルに、アサギは誤魔化せたかな、と今にでも決壊してしまいそうな心を抑え付けてその手を握った。
「俺には分からん事ばかりだ。よろしく頼むよウィンクル」
「足手まといにならないよう頑張ります」
「居てくれるだけで十分だ」
空っぽの勇者とちっぽけな巫女は、兄妹のように仲良く手を握りながら宴へと向かうのだった。




