8◇希望の光
その翌日、ノアと一緒に茶会へ呼ばれた。
招待してくれたのはオリヴィアだ。皇帝の后が主催の茶会にとても普段着では行けない。
朝からどうしようかと悩んでいたら、オリヴィアが服を用意してくれたらしく、ドレスを持参した侍女を寄越してくれた。
「お支度を手伝うようにと仰せつかっております」
オリヴィアの侍女は庶民のブランシュを見下すことなく、主の大事な客人だとして丁寧に扱ってくれた。
ベビーピンクのドレスは可愛らしく、フリルがたくさんついていた。こんな上等のドレスを着せてもらえて心が弾む。
髪も編み込んでもらい、支度ができた頃になってノアが迎えに来てくれた。
「ノア様、わたし似合ってますか?」
クルリとその場でターンして全体を見せてから微笑むと、ノアは微妙なリアクションをくれた。
「ん」
ん、とのことである。
後ろで侍女が笑いを噛み殺していた。
ノアのように武骨な人が歯の浮くようなセリフを言うわけがなかった。
まあいい、それを求めてはいけない。あと、手を取ってエスコートしてくれるのかと思えば、それもなかった。
「行こう」
そう言って、さっさと歩き始める。
「は、はい」
ブランシュは慌ててその後を追った。しかし、少し歩いただけで履き慣れないボリュームのドレスに気を取られるあまり、つんのめった。
「わぁっ!」
変な声を出して倒れかけた時、ノアが振り向きざまに受け止めてくれた。
「大丈夫か?」
「すみません、慣れない恰好なもので」
「もう少しゆっくり歩けばよかったな。すまない」
「いえ……」
そんなやり取りをした後、ノアはブランシュから手を放し、また距離を保って歩き始める。
――ノアは人目のあるところでブランシュを連れているのが照れ臭いのだろうか。
そんな風に思った。できることなら手を引いてほしいというのは贅沢な願いなのかもしれない。
王宮の庭園は、塵ひとつ落ちてはおらず美しかったけれど、それこそ迷路のようだった。垣根は高く、遠くを見通せない。
案内人が先頭を歩いてくれているし、ノアが一緒だけれど、ここで一人になったらもう出られない。ブランシュは絶対にはぐれないようにしようと思った。
視界が開けた先に、真っ白なテーブルと椅子が並べられていて、そこには白磁のティーセットと菓子が用意されていた。そばには侍女が控えており、そんな中で寛いでいる皇帝とオリヴィアはやはり住む世界の違う人だ。
「来たか」
皇帝がフッと笑う。顔だけは綺麗だ。
「そのドレス、とてもよくお似合いね。わたくしの見立てがよかったみたい」
よく似た夫婦だから、きっと気も合うことだろう。
ちなみに今日のオリヴィアは水色のドレスだった。日差しの下にいるせいか昨日よりも柔らかい優しさが備わっている。
「本日はお招き頂き、ありがとう存じます」
「お后様、ドレスまでお貸しくださってありがとうございます」
ノアに続き、ブランシュも挨拶をするが、多分上手くはない。
オリヴィアは首を傾げた。
「あら、貸すなんて誰が言ったのかしら?」
「へっ?」
「あなたに贈ったのよ。わたくしはもう、そんなに可愛らしいドレスは着られないわ」
などと言って笑っている。
そうだろうか。十分似合いそうだが。
「ああ、そ――」
失言しかかった皇帝を目で黙らせたので、やはりこの国で最強なのはオリヴィアだと再認識した。
「よろしいのですか? ありがとうございます。大事にします!」
ブランシュが言うと、オリヴィアは笑ってうなずいてくれた。
「ええ。さあ、座ってお茶にしましょう。戦時中だから控えめなものにしたけれど」
席に着くと、侍女たちが茶を注いで回った。控えめと言うけれど、それでもブランシュには十分立派に思えた。ブランシュの前に置かれたスコーンのいい匂いがする。
うっとりとしていると、皇帝が侍女たちを退かせた。とはいっても、近くには控えているけれど。
四人だけになると、皇帝が切り出す。
「ノアからお前の事情は聞いた。解決するにはまず、その男を捕まえる必要がある。で、どこのどいつだ?」
ブランシュがノアと結婚できない事情を皇帝にも説明したらしい。ここから解決へ向かうことができるだろうか。
ブランシュは覚悟を決めて、二度と口にしたくなかった名を告げる。
「フィンツィ領のセヴラン・シャルデニー男爵です」
その名前を聞いて、皇帝とオリヴィアがピクリと肩を揺らした。一応は貴族なので知っているのだろう。
「あいつか」
皇帝が吐き捨てるように言った。その様子から、好感度の低さが窺える。
「どんな男ですか?」
ノアは知らないらしい。
ただ、穏やかなノアでもこんな表情をするのだなというくらい、嫌悪感を剥き出しにしていた。
「取るに足らない小物だ。領民を大事にすることもなく、遺産を食い潰して生きている」
「罪を暴いて領地没収できそうですわね」
オリヴィアはクスリと笑ったが、目が笑っていなかった。
「えっと、ダルコスっていう弁護士が一緒で、わたしのおじい様の遺言書があって、セヴランにわたしを頼むって書いてあったと言われました。でも、ダルコスは筆跡を似せて書くのが得意だから、偽造できたんだって」
「お前の祖父は亡くなっているのか?」
「会ったこともないから知らないんですけど。メファノ伯とかなんとかで。それもでっち上げかもしれません」
ブランシュがそう説明すると、皇帝とオリヴィエは顔を見合わせた。そして、ノアがじっとブランシュに目を向けて凝視してくる。
貴族の血筋ならもっと上品だろうと疑っていたら、ちょっと怒る。
「先代メファノ伯なら確かに亡くなられたが、ブランシュがメファノ伯の孫……?」
「そう言われただけです。だから、わたしを使ってメファノ家からお金をふんだくるために結婚する必要があるって」
場が静まり返った。優雅な茶会のはずが茶が冷める。
オリヴィアがふぅ、とため息をついた。
「でっち上げではないかもしれませんね。ブランシュはメファノ伯爵夫人に似ている気がします。親子かどうかは別としても、血縁である可能性はあり得ると思いますわ」
「それはまた、面倒な事情が絡んでいるな。まあ、メファノ家のことはひとまず置いて、まずはシャルデニーを捕まえることから始める」
皇帝の言葉にブランシュはドキドキと胸を弾ませた。
こんなに頼りになる人たちがいてくれる。今のブランシュは独りではないのだ。
きっと上手くいく。上手くいけば、ずっとノアといられる。
希望の光が見えて、胸がいっぱいにいなった。
「ノア、お前が自分で捕えたいだろう?」
その問いかけに、ノアは即答した。
「はい。そうさせて頂けますか?」
「許可する。ただし、殺すなよ」
「……はい」
ピリ、とやはり茶会には不釣り合いな緊張感が生まれた。




