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亡き皇帝のためのパヴァーヌ  作者: 五十鈴 りく
第1部✤亡き皇帝のためのパヴァーヌ✤

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17◆身の振り方

 ブランシュを暖炉の前に残し、ノアは来訪者を迎え入れに行った。

 郵便物の配達人だろうか。それとも、通達に来た軍の関係者だろうか。

 ノアがこの屋敷を去る時は着実に近づいている。


 ブランシュは自分を取り巻く問題が何ひとつ解決していないことをやっと思い出した。

 ここを出ていかなくてはならない。けれど、悲しいのも不安なのも、それが理由ではない。


 この先、ノアはどうなるのだろう。一体今、相手と何を話しているのだろう。

 ここで別れたら、ブランシュは二度とノアと会うことはないに違いない。


 一緒に過ごした時間は僅かなのに、ノアといると驚くほど不安とは無縁だった。

 セヴランが逃げたブランシュを探すかもしれないということさえ考えなかった。ここはノアに護られている場所だから、安心してぐっすり眠れた。


 ノアと出会って、こんなにも優しい人がいるのだと知って、本当に嬉しかった。

 そのノアが苦しんでいるのに、ブランシュは何もしてあげられない。


 静かな足音がふたつ、話声と共に戻ってきた。

 ノアが連れてきたのは、ブランシュが予測したどちらとも違った。大柄なノアの隣にいると小さく見えるけれど、姿勢のいい老人だった。燕尾服を着た姿は、どう見ても使用人頭だろう。その老人は眼鏡の奥からブランシュをジロリと見た。


「まさか本当にご婦人がいらっしゃるとは」


 ノアが少し気まずそうだった。ブランシュは立ち上がると老人に向けて頭を下げる。


「お、お邪魔しています。わたしはブランディーヌ・ラファランです」


 すると、ノアは意外そうに瞬いた。


「そんな名前だったのか」


 そういえばちゃんと名乗っていなかった。老人は白い眉を跳ね上げる。


「私は家令のバルテスと申します。お見知りおきください」


 丁寧だがどこか冷たい。それも仕方のないことだろう。

 主に取り入ろうと画策しているような、得体の知れない娘にしか見えないのだ。そういうつもりではないと言っても、この状況で信じてもらうのは難しいだろう。


「暇を出したのに戻ってきてくれた。だが、これで安心だ」


 そんなふうに言うくらい、ノアはこの老人を頼りにしているらしい。


「さっそくで悪いが、彼女に合う服を用意してほしい」

「い、いえ、そこは大丈夫ですから」


 そんなことまでしてもらうわけには行かない。

 バルテスは不満そうではあるものの、主人の命令とあれば従うらしい。


「畏まりました。普段着でよろしいのでしょうか? それとも、貴婦人が着用されるドレスでしょうか? 既製品にはなりますが」

「普段着だな。何もないから寝間着も。急ぎでほしい」

「い、いえ、そこまでは……」


 すっかり困惑しているブランシュに、ノアは淡々と告げる。


「恩を着せるつもりはないと言ったはずだ。何も心配しなくていい」


 そんなやり取りをどこか白けた目で見つめたバルテスは、


「では町で手配して参ります」


 とだけ言ってまた去っていった。


 明らかに、ブランシュのようなみすぼらしい娘が主人に近づいたのが気に食わないようだ。それでも、ノアが命じれば従う。


「これで問題のひとつは解決した。とりあえず朝食を食べるか?」


 ノアは本当にほっとしたのかもしれない。表情が柔らかくなった。


「ありがとうございます。食べます」


 何か引っかかりを覚えたけれど、ノアがせっかく作ってくれた朝食を無駄にしてはいけない。まず食べよう。

 よく見ると、ノアもまだ食べていないようだった。起きるのが遅かったのだろうか。


 夢遊病を発症したまま動き回ったのだから、眠ったつもりでいても体は疲れているはずだ。


 二人で朝食を食べていると、これからはもう二人きりではないのだなと思った。バルテスはきっとブランシュを早く追い出そうとするだろう。ノアとはお別れだ。


 寂しくないかと問われるなら、寂しい。


「ノア様、美味しかったです。ありがとうございます」

「焼いただけだがな」


 そんなことを言って苦笑している。

 やはり、昼間のノアは優しい。優しすぎるから、夜になってあんなに性格が変わるほどストレスを溜めてしまうのだろう。


「……あの、ノア様が待っている処分というのはいつ決定するのでしょうか?」


 これまで聞きづらかった核心に触れる。ノアはそれでも答えてくれた。


「陛下と俺が戦場にいない分、戦力は足りていない。だから、戦局に人員を割かねばならないから、軍の関係者の手が空きづらいのも事実だ。そうなると、正確にはわからない。いつ決まってもおかしくないとは思っている」


 皇帝が亡くなっているのに、まだ戦をやめるわけには行かないとは。

 ノアには戦局も気がかりなのかもしれないが、関わらせてはもらえないらしい。


 それで、とノアはテーブルを挟んだ向こう側からブランシュに言う。


「君は見たところ、安心して過ごせる場所がないように思われるが?」

「そ、それは……」

「詮索するつもりはないと言ったが、もしすぐに行けるところがないなら、俺がこの屋敷を人手に渡した時に困るだろう」


 この屋敷を処分するつもりのようだ。

 ノアの持ち物なのだからブランシュが口を挟むことではないが。


「なんとか頑張ります」


 精一杯強がってみると、ノアは軽く目を細めた。


「君が落ち着けるところを探すよう、バルテスに頼んでおく。それでいいな?」


 それはどこか住み込みで働ける場所を世話してくれるということか。

 ありがたいけれど、セヴランに見つかってしまわないだろうかという不安もある。

 しかし、それはブランシュが解決しなくてはならないことで、ノアにこれ以上の迷惑をかけてはいけない。


「何から何までありがとうございます」


 ブランシュがそう答えると、ノアはやっと肩の荷が下りたとばかりにため息をついた。

 けれど、その様子がブランシュはとても気になった。


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