#74 対面
レコが、殺された……!
一瞬のうちであった。警戒はしていたはずだった。シアの存在は気を配っていた。それでもなお、こいつは仕掛けてきた。
まだ、甘かった。突然の爆発。レコの抱えた貴族に何か仕掛けていたか。まさか、こんなトラップなど……!
そしてこの充満した血の匂い……人間より感覚に優れる魔族の鼻を潰された。レコも、トグーヴァの鼻でさえ、だ。
してやられた……! まんまとこんな罠が仕掛けられた部屋に足を踏み入れてしまった。フリクテラで私自身似たような手口を使っただろう。なぜ足を踏み入れたんだ!
いや、逆だ。警戒したからこそ、あまりの凶行の跡に調べずにはいられなかったのだ。逆手に取られた? いや、これは私の警戒心を理解している手口なのか。
流石に読み切れなかったぞ。貴族が自分の財や趣味を投げうってまで罠を張るなど。くそったれめ……!
ゾフはレコの亡骸を睨みながら、すぐさま私の前に立ち得物を握りしめながらギリリと歯を食いしばっている。
ゆらりと幽鬼のように掴めない様子で立つシアは、あの日と同じようにゆっくりと私たちを見渡した。ミオの歌は聞こえない。であればシアはおそらく侵入者の排除……いや、間違いなく私を標的としてアレハンドロから送り込まれたのだ。変態の考えそうな執着心だな。ぞっとしないぞ……!
「またあえたね、ココット……」
シアは血だらけの顔を私に向けてにわかに笑ってそういった。私の背筋に冷たいものが滴るような感覚を覚える。
私はできれば会いたくなどなかったのだがな。
ゆっくりシアは歩を進め、レコの背中に突き立てたナイフを引き抜くと、ゆらりと構えた。
それを見たゾフが一歩進み出て、私を庇う。
「こいつは俺に任せて下せえ、お嬢」
「ゾフ……!」
「心配いらねえですぜ。二の舞は踊らねえ。それにお嬢、前回どうして不覚を取ったか覚えてまさあね」
あの時は……私が居た。他の魔族もいた。貴族連中もいた。シアの得意とするのは隠密からの奇襲、そしてその身のこなしを利用した障害物を巧みに使う対多数戦闘。だが1対1なら。
今は奴が身を隠す貴族共もいない。
つまるところゾフは私にこう言っている。心配いらない。足手まといさえいなければ負けない、と。
そのメッセージをくみ取った私はゾフに目を向け、頷いた。
「……わかった。そいつは……殺せ。この作戦において……我々の最後の障害だ」
「御意」
「まって、ココット! ぼく……ココットとまた……!」
私の言葉にわずかに悲痛な意思を込めた目と声でシアが何かを言おうとしたが、私は聞かずに背を向ける。
さようならだ、シア。助けて貰いもしたが、お前が居なければもっとうまくいった。なによりお前はアレハンドロに染まりすぎている。ミオとは違う。私の安寧に、お前は不要だったよ。
私はレコをひと眼だけ見てすぐにトグーヴァの背に跨り、部屋を脱する。そしてわき目も降らず魔剣士達とアレハンドロのいる上層への道を駆けた。
それを見てシアが眉根を寄せ、ゾフを無視して後を追おうと動くが、一歩踏み出そうとしたところで停止、すぐに後ろへ飛ぶ。刹那にシアの目の前でゾフの大斧が空を切った。
反射的に飛び下がったシアの目の前には、ゾフがにやりと笑って立っていたのだ。
完全に部屋を出た私の姿が見えなくなったのでシアはまたしても動くが、大斧の柄を床に突き立てたゾフがそれを阻む。
「待てやクソガキ。俺を無視はさせねェぞ」
「じゃま、するなよ」
怪訝な顔、それでいてココットに向けた目とは一転した感情のない瞳でゾフを一瞥すると、機械的な動きでナイフを構えるシア。ゾフを倒さねば進めないと察したらしい。ゾフはそれを見て小さく唸り、同じく大斧を構えた。
「まぞくはころせっていわれ、てる。ココットは、つかまえる」
「ぬかしやがるぜガキが。お嬢はてめェみたいなガキなんざにはもったいねえ女よ」
笑うゾフのその言葉は、シアに確かな苛立ちを覚えさせた。自分と友達になってくれたココットとの仲を阻む障害。シアもゾフをそう認識する。
「すぐ、おまえをころして……ココットとはなす」
「人間風情が……てめェは同胞を何人も殺してくれた。お嬢とは拷問でお話ってかァ? ケッ、お嬢と似た見た目だが容赦はしねェ。此処で殺してやるぜ」
お互いの呼吸が一瞬停止。同時に二者は構えた得物を振りかぶり、衝突した。
♢
駆ける。廊下を駆ける。
魔剣士たちを伴い、トグーヴァの俊足を以て。アレハンドロのいるであろうあの部屋へ。
急がねばならない。増援がツォーネ達とぶつかる前に片を付ける必要がある。彼女らが敵を食い止めている間に、敵の首魁を討たねばならない。
数で劣る我々なのだ。街まで浸透し敵の懐に飛び込めた今、勝たねば負ける。負けとは死だ。
それはならない。死は私にとって最も忌避する事。だが、今はそれだけではない。私を信じてくれたものたちの為にも、勝ってやらねば釣り合いが取れないのだ。
すまなかった、レコ。
罠の警戒はあった。だがあのような卑劣な手段をよもや人間が行ってくるとは思わなかった。所詮未だ平和な日本の常識が頭にあるのか。この世界がどれだけ血生臭いものかは、理解したつもりであったのに。
シアを任せたゾフをふと思い、すぐに雑念として振り払った。
ゾフなら心配ない。心配は信用に泥を塗る。ゾフは必ず、必ずシアを倒す。レコの無念は、晴らしてくれる。
私はここに来る前に城の一室に立ち寄り入手したあるものをポケットの中で握りしめて歯を食いしばった。
思えば自分の監督する中で上級魔族に犠牲が出たのは初めてだ。我が軍のものではないとしても、己の不甲斐なさが歯がゆい。
なればこそ、無駄にしない為にも。仮に奴の警護に勇者が居たとしても。
アレハンドロは必ず殺す。苦しみを与えて殺す。
そして。
「アレハンドロ……ッ」
アレハンドロの私室のドアを魔剣士が蹴り破り、中になだれ込むと私は唸るようにしてその名を呼んだ。
奴は、あの時と変わらず白い服を着てそこに居た。
「……来たかい、ココット」
アレハンドロはテーブルに肘をつき、前髪をかき上げるように頭を抱えて座っていた。
そしてゆっくりと目を動かし、入り口のドアの前で魔剣士を伴い立つ私を見て、盛大な溜息をついた。
「君がそんな様子でここに来たという事は、シアは失敗したのかな。はあ、どいつもこいつも……」
その気だるげな態度と虚ろな瞳。憔悴しているらしい。
「愚かな選択をしたな、アレハンドロ……自ら人間を虐殺するなどと。我々の手伝いとなるだけだ」
そう言葉では言うが、私は確かに歯を食いしばっていた。アレハンドロの凶行。それによる決死の罠は、確かに私たちに傷を与えた。レコという犠牲。ゾフの足止め。だが、それでも私はここに来た。お前の前に立った。
あの罠がアレハンドロの決死の策だというならば。
こいつが何を考えていようと、結果として私の優位である。
部屋を見渡してみてもこの場にはアレハンドロ以外にはいない。聖弓が居ないのは予想外だが、好都合だ。
「シアは死んだのかい?」
「我が部下に任せてきた。他人の事より自分の心配をしたほうがいいと思うがね」
「元々僕は僕の事しか考えるつもりはない」
アレハンドロはふう、と息を吐いて立ち上がった。
「そんな僕にも一つ。たった一つだけ己以外に関心を向けたものがあった。それがミオの歌だった。それに比べればこの街も、欲望にただれた人間を眺めるのもただの趣味さ。だがね」
そしてぐるりと私に目を向け、端正な顔立ちを歪め鬼の形相で睨んできたのだ。
「僕の歌姫は歌ってくれなくなってしまった。ココット……君のせいだ」
「私の? 意味不明なことを」
「いいや、君のせいだ。君がミオの心を奪ってしまった」
何を言っている……?
ミオの心だと?
「気づいていなかったのかい? 僕が君を拷問しているとき、ミオは必ず歌を歌った。君を守るためだろうさ! まったく、気まぐれな歌姫には困ったものだと思ったがね、懐かせてより歌を歌わせようとした目論見は成功だが、こうなってしまえばこれほど懐かれても困るという物だ」
ミオが、私を守ろうと……?
あのぽわぽわとした心壊れた無垢な少女が、私を……。
私はアレハンドロから視線を外し、庭園の見えるガラス張りの壁を見やった。植物であのミオと過ごした花畑は見えないが、きっとまだあそこにミオはいる。この雨の中、一人で……。
「君を逃がしたのは失策だったよ。ミオは君が居なくなってからずっと落ち込んでいてね。僕が思っていたより君は僕にとって特別だったようだ。だから僕は持ちうるものすべてを犠牲にしてでも君を捕えようとしたのに……シアもヨーンも愚図の愚図め!」
腕を振って怒りを表現するアレハンドロ。ミオの事も気がかりだったが、アレハンドロの尋常ではない様子に意識がいった。事がうまく運んでいないが故の怒りに見えたが、ヨーンとは聖弓の名のはず。奴の姿は私は街で目にしていない。この場にもいない。という事は、どこにもいないことになる。
チックベルからの報告と同じ。
身を隠しているでもいうのだろうか。しかし、チックベルからの定期報告はあれ以来届いていない。まだ街中に居る恐れもある。交戦中やもしれない。
だとするなら、という想定を以て早くアレハンドロを仕留めねば。
「機嫌が悪いようだが、そんなことを考える余裕がない事を自覚したまえよ。アレハンドロ……私はお前を殺すぞ」
「僕を殺す、か。できると思うかい? 僕はいつだって勝利してきたからね……それは今も変わらない」
「往生際の悪い事だ……お前たち、奴を殺せ!」
魔剣士2体。私の命令に頷き、剣を構えてアレハンドロに襲い掛かる。
これでチェックメイトだ。
しかし。
乾いた音とともに、魔剣士たちが膝をついた。
にやりと笑うアレハンドロ。私は驚いた顔でアレハンドロを睨んだ。
アレハンドロが懐から取り出したのは拳銃のような代物。二本の銃身を持つ小型の銃。
……つたない知識で表現するなら垂直2連式のソードオフ・ショットガンめいたものだった。
魔剣士は計二射の弾丸をそれぞれ胴に受け、苦悶を示すように歯をがちがちと鳴らして動きを止める。
「言っただろう、僕は簡単には殺せない」
鋭い眼光で私を見ながら、アレハンドロは歯を見せて笑い、銃の中を折ってなにかカートリッジめいたものを銃身に詰めた。
なるほど隠し玉。火縄銃に比べ装填時間も大幅に短縮されているという訳か。あそこまで銃の小型化を為しているとは想定外。奴の本当の隠し玉なのだろう。
――――だが。
「そう考えるのは早いぞアレハンドロ……私も言った筈だ。お前は殺す」
そして、私の目的と……ミオを……。




