#73 混沌のルイカーナ
「はは、あははははっ!」
これが、これが見たかった!
燃える街、逃げ惑う人々。我が軍による一切の鏖殺。ルイカーナは直接悪魔の相に対しどうこうしていたかいないか等という事実は関係ない。
アレハンドロが悪いのだ。
国が悪いのだ。
私が苦しんでいる間に贅沢をしていた事が悪いのだ。
既に街の中央突破は為っている。城の前広場において私は背を振り返り、業火に巻かれる街を眺める。これが私が歩いた軌跡。歩んだ場所には何も残しておくものか。
指揮棒を気分よく振るい、まるで指揮者のごとく鼻歌さえ歌いながら楽しさに溺れる。
やはり復讐こそ私を満たす。
「んっんっ……やっぱりココット様の血をいただいた後ではどうにも見劣りしますわね。ぺっぺっ」
ツォーネが餌として捕まえたらしい、それなりに可愛らしい顔の少女をぽいと投げ捨て口を拭っている。少女は事切れているようで、顔には恐怖を張り付けていた。
すぐに少女の亡骸にはゴブリンやオークが群がった。
「おし、見張りはちゃんとしやがれ! 斥候も出しとけ! 囲まれりゃあそれなりに面倒になるんだからな」
ゾフがゴブリンらに命じるとゴブリンはギャアと鳴いて街中に散っていく。
そんな様子を見て私はふうとため息をつく。さて、ここまでは順調。後は城を落とすだけ。
未だに街中には多く敵兵がいるし、殲滅は現実的ではない。できることなら一切を殺してやりたいが、冷静に戦力差で見て被害を少なくするにはさっさと城を落として霧散させたほうがいい。
私の失態の折、我が軍も大分被害を被っているし、これ以上は次の行軍に差し支える。
ともなればさっさと街中に散る敵兵が再び攻めてくる前に城攻めをしたいものだが、キエルは何をやっているのか。
レコはうまくやっているんだろうな。まさか敵兵と鉢合わせて殺されでもしたのではと、私は少々の焦りを不甲斐なくも見せる。
と、そう見渡した道の先。
魔馬にまたがるキエルとレコの一団が広場へ駆けこんできた。キエルの姿を見て、私は一瞬また安堵を覚えた。
レコはすぐさま私の前に立ち、遅れたことを詫びた。無事であったのが何よりとして、何があったのかの説明もほどほどにすぐさま城攻めの準備にかからせる。
まだ街中に敵戦力が多くいる以上、全員で城に突貫するわけにはいかない。援軍を断つ戦力が必要だ。
故に私は城攻めの部隊としてゾフと、レコ、中隊規模の魔剣士を選抜した。
城の中の戦力を鑑みれば十分すぎるほどだ。聖弓がアレハンドロの護衛についているケースも想定したが、これ以上戦力を裂けば指揮をするものが居なくなる。援軍を断つ防衛戦力の指揮にはツォーネを充て、キエルには城の一階で留守番を命じる。
シアという神出鬼没の暗殺者がいる以上は、キエルは連れていけない。
そう、最終的な問題は勇者と、シアである。
屋内戦であれば弓兵である以上は聖弓の戦力は半減するだろうが、シアと同時に相手取ればどうなるかわからない。トグーヴァという戦力も連れていくからには、油断さえなければたかが人間二人に止められようはずはないだろうが……。
臆するな私。二度も同じ轍は踏まない。
「これより城攻めを行う。狙うはアレハンドロの首だ。とっとと殺すぞ」
私達は、再びあの白い城へと足を踏み入れた。
あの日と違い、堂々と、正面から。
道中何度か警備兵に出くわした。
そのたびにゾフやレコ、トグーヴァがそれらを蹴散らした。別段我々の進行に際して城の警備を強化したというような様子は見られず、私たちはどんどんと歩を進めていった。
時折私は耳を澄ませてみたが、ミオの歌も聞こえない。
アレハンドロがミオを連れて逃げた可能性は侵攻のスピードからしてまずない。城のどこかに隠れているか、私たちが侵入したような隠し通路を使って脱出されていれば話は別だが……それもないだろう。
あの自信家のアレハンドロだ。きっと今宵の顛末は想像しなかった筈。
あの悪趣味な私室で震えていることを祈る。
そして、ミオ。お前はきっと連れだしてやる。こんな場所は、寂しすぎるだろう。
ミオと別れてまだ一日もたっていない。だが私があの庭園から身を投げた時に聞こえたミオの悲しげな声が忘れられない。
早く、逢いに行ってやりたい。頭を撫でてやりたい。
私も、お前が好きになってしまっているんだ。
闇の中に居た私をエルクーロ様が救ってくれたように、私もお前を。
必ず……助けてやる。
トグーヴァの背で小さな決意を固めていると、隣を歩いていたレコがおもむろに私に声をかけた。
「ココット将軍」
「なんだ」
「いや、こんな時に済まない。だがどうしても改めて言っておく必要がある」
レコは改まった態度で私を見上げ、目を閉じた。
「俺たちはアンタを誤解していた。アンタは薄汚ェ人間なんかじゃあない。立派な魔族だ」
そう、レコは言ってくれた。
魔族……そう言ってもらえることが、今の私にとってどれだけの誉め言葉か。レコはそれをわかって言っているわけではないのかもしれないが、レコというはじめ私を襲った魔族にさえ迎え入れられ認められたのだと思えば、胸がじんわりと暖かくなるのを感じずにはいられなかった。
同じ存在。私を同族として認めてくれた。人間にすら嫌悪された私が、確かにここに在るという証明の何よりの一助。
エルクーロ様にも、同じことを言ってもらいたいな……。
「……嬉しい事を言ってくれるものだよ」
「……なァ。俺たちはアンタと違ってウラガクナ様の兵だが、この恩は忘れねえ。いつかまた肩を並べて戦いたいものだ」
レコの言葉に、私は短く笑ったのち……警戒を促した。
油断はすなわちシアの思うつぼだ。あれは気配を殺し近づいてくる。今も我々を見張っているかもしれない。
そう警戒しつつ、進んでいたのだが。
急に前方のドアが開き、何者かが現れた。
すぐさま全員が意識を向けて警戒する。だが。
「あ、ぁ……たす、けて……」
それはよろよろと血まみれの体を引きずるように現れると、すぐに地面に突っ伏すように倒れた。
使用人であった。彼女は夥しい血の泉を今も広げながら物言わない。死んだ、のか。
どういうことか。我々が辿り着く前に彼女は致命傷を受けていた。
訝しみながら彼女が出てきたドアを睨む。あそこは確か、貴族共があのパーティをしていた広間、か。
警戒を解かないように命じ、ゆっくりと私たちは全身。扉の前に辿り着くと、一気に中に踊り入った。
そして、驚愕した。
「おいおい、何の冗談だこりゃあ」
会場は、血の海だったのだ。
あの日あんなにバカ騒ぎしていた貴族連中は皆等しく血に伏し、止めどなく溢れる血の流れは今もさめざめと流れているようだった。
「警戒しろ。これは、どういうことだ……!?」
ばしゃばしゃと血の池を踏み歩き、死体のいくつかを調べてみれば全て鋭利な刃物で首筋や心臓などを損傷していた。誰の仕業かは一目瞭然だった。
「シア、なのか……? これをやったのは」
命じたのはアレハンドロか?
なぜこんな凶行を……。
レコやゾフも警戒したまま周辺の散策を始めた。シアに警戒して私はトグーヴァを従えているから、私が狙われることはない筈。
シアも魔物の気配察知能力は侮るまい。しかし、トグーヴァは先ほどから鼻をしきりに動かして顔をしかめている。
これは、なにか……既視感がある。なんだ、なにか引っかかる。
直感がが囁く。ここに居てはいけないと。
レコは、折り重なる死体の山を蹴飛ばしながら周辺を調べていた。
そして、ふと。か細い声をその狼の耳で聞いたのだ。
「ん……?」
警戒しつつも声のしたほうを見やれば、そこにも太った貴族が数多く折り重なって倒れていた。
だが。
「たす、けてくれえ……」
「……生きてやがるのか……」
レコは、確かに震える唇で生にしがみつくその小太りな貴族を認めると、ついふらっと近づいたのだ。
そして小太りな男の首根っこを掴みあげる。と、唐突に男が目を見開きレコにしがみついた。まるで救世主を見るような目つきで死に体の男はレコに縋る。
「ああ、救いの手が! わ、私はまだ運に見放されてはいなかった!」
「がっ、てめッ……離れやがれッ……」
レコが驚愕し、反射的に男を振り払おうとした瞬間。その瞬間に、ヂッ……という音が男の背中からしたのだ。レコがその音に目を見開いた瞬間。
爆発。
唐突にレコにしがみついていた貴族の男が、爆ぜた。
私も、ゾフも。その場にいた魔族達全員がレコが居た場所を振り返った。
その場所は白い爆炎に包まれていた。
衝撃でレコは背後に多少吹き飛び尻もちをついていた。何が起こったのかわからないといった顔で眼前で血肉となった男を眺め――――すぐに自分が白い煙に包まれていることに気づくと立ち上がって叫んだ。
「ココット将軍! 罠だッ! すぐに部屋を出――――」
そこまで言ってレコは言葉を止めた。彼が最後に見たのは、白い煙の中を裂いて疾駆してくる……赤い瞳だった。
何が起こっている。爆煙でレコの姿はおろか状況がつかめない。私達は密集し、警戒しながらレコの名を呼ぶ。
返事はない。
煙がゆっくり晴れていく。
私達は目を凝らして煙の中を注視。すると、黒い影が白い煙の中に浮かび、ゆっくり此方へ向かってくると……倒れた。
煙から出てきたレコは、血の海にうつ伏せにばたりと倒れ込んだのだ。
……その背の中央にはナイフが突き立てられており……傷からは夥しい血がごぽりと溢れているところだった。
「レコ……!?」
背から心臓を刺し貫かれピクリとも動かない人狼……そしてその体躯が倒れた代わりに背後から現れた存在に目を見開いた。それは纏う白い服と手に握るナイフに赤き鮮血をべっとりと滲ませて立っていた。
「シア……!!」
悪魔の相持つアレハンドロの忠実な暗殺者……シアが、にこりと笑って私を見ていた。
「おかえり、ココット」
♢
「よっと」
燃える街を背に、既に人気のなくなった街を覆う城壁の上に現れた男が一人。
男は燃える街を振り返ると、大げさな身振りで驚いた風を為し、片手の指をレンズに見立て惨状を眺めた。
「んー、派手に燃えてらぁね。堕落の街の最期としちゃあ、まあ妥当なとこさね」
あーあ、と男は笑い、手に持った書簡と背負う荷物を背負いなおし、街に背を向ける。
「悪ィね、アレハンドロの旦那。こっちは仕事は済んだし、トンズラさせてもらうとするかね」
と、それに声をかけるものがあった。
「よ、ヨーン様……!? 今までどこに!」
それはボロボロの姿で城壁の上の荷物に隠れていた警備兵たちであった。
警備隊長に声をかけられた男……ヨーンは、見つかっちゃったとばかりに舌を出した。
その態度に警備兵長は不安の色を隠せない。
「あなたがいない間に防御陣は突破、街にも魔族の進行を許したんですよ……!?」
「あら、そーなの。大変だねえ」
「そんな他人事のように……!」
警備兵長の今からでもなんとかしてくれという懇願にも、どこ吹く風のヨーンはふらふら警備兵長に歩み寄ると、その肩をポンと叩いた。
「悪いね、おじさんは逃げるよ。おたくらもそうした方がいいんじゃない? ルイカーナはもうおしまいだぜ」
「そ、そんな!」
ヨーンの言葉に警備兵たちはおろおろと狼狽し、兵長はがっくりと膝をついた。
ヨーンは兵長を一瞥するとやれやれと首を振り城壁を下る道へ歩き出す。
そんな彼らの上に、巨大な影が差す。雨を遮り、大きな羽音響かせるそれは口腔に火炎をちらつかせて唸った。
「見つけたぞ、聖弓」
ばさりと羽ばたきながら城壁の上に滞空するそれは先日も相対した巨大なドラゴニュート。名をクォートラ。ココット軍きっての航空戦力たるドラゴニュート部隊を率いる傑物である。
彼の他にも城壁の上を何体ものドラゴニュートが旋回していた。その姿に警備兵たちは絶叫し、ヨーンはあーあと顎を掻いた。
「お見送りが多いこって」
おどけた調子を崩さないヨーンだが、クォートラは轟音を立て城壁の上に降り立ち、勇者と呼ばれた男を睨んだ。
「街を捨て逃げるか。勇者と呼ぶにはあまりに低俗な行為だ」
「だからー、自分では勇者なんて大層なもんじゃないとしか思ってないしさあ。周りが勝手に呼んでるだけよ、それ」
ふす、と鼻を鳴らすヨーンをクォートラは睨んだ。その様子にヨーンもしぶしぶ書簡を仕舞うと背に持つ弓に手を伸ばした。
そして、弓を手に取る前に、ヨーンはクォートラに言葉を投げかける。
「なあ、やめない? 戦うの。おじさんもう逃げようと思ってたし、おたくらの邪魔もしないからさ」
ヨーンはそう言うが、口角を上げてはいても笑ってはいなかった。
「ふ~ん。ポリニア様を殺した勇者……随分腑抜けたもんだねえ~」
そんなヨーンの背後。クォートラと挟み込むようにして飛来したハーピーの少女がそう言った。
元・将軍にして魔王軍国境警備部隊長チックベル。
ふわふわとした態度は崩さずに、しかして彼女らしくない、笑みの消えた顔でヨーンを睨みながら彼女はゆっくり城壁の上へと立つ。
それを見てヨーンはとうとうため息をついた。
「あーあ。逃げられないじゃないの……ポリニアって確かに俺らが昔殺った四天王の嬢ちゃんだろ? ああ、わかっちゃあいたが……恨まれるのは嫌だねえ。面倒で」
ヨーンは弓をゆっくり掴むと、酷くのんびりした佇まいで……しかし隙の無い所作。
クォートラとチックベルは構えを解かぬままヨーンを挟んで睨む。
「俺たち勇者って呼ばれる奴らは女神サマとやらから何かしら異能ってやつを授けられている」
震える警備兵。構えたままのクォートラとチックベル。止まぬ土砂降り。ヨーンはその渦中で、空を仰ぎ見ながら言う。
「俺も例には漏れなくてね。ああ、聖弓だなんだと言われちゃいるからよく勘違いされるんだが……俺の異能は別にこの白矢を自在に操る力ってわけじゃあない」
手に一本白い矢を持ち、おどけたように振って見せる。
「俺の力は風読みさ。特殊な形状にして極軽量のこの矢は風の流れに乗せやすい。ちょっとの風圧でも軌道が鋭敏に変わる。そして軌道が変わると同時に加速するっていう特別製だ」
「それで~? 自慢話なんか始めてどうしようっていうのさぁ」
「まあ聞いてくれや。この矢と能力の組み合わせはまあ便利なんだが、乱戦程度であれば俺の風読みで何とかなるにしてもこの土砂降りじゃあさすがに役に立たんのよ。風以前に雨粒に当たっただけで矢の軌道がぶれちまう。それに旦那の兵もあの銃を過信して練度が低い。負け戦ってわけ」
「それが戦場に顔を出さなかった理由か?」
「そりゃそうでしょうよ」
ヨーンはそこで再びおどけて見せた。警備兵長があんまりだといった顔でヨーンを見る。
「だからさっさと取るもの取って逃げようとしたってのにさ。やる気満々の魔族相手じゃそれもできんかね」
「それこそ当然。逃がすと思うてか」
「はは、おいおい。これはお互いの為なんだぁぜ? 確かに俺の弓と異能はこの雨の中じゃアちと弱い。フォルトナとかに比べたらただの芸さ」
ヨーンはじり、と足を肩幅まで開くと、矢をゆっくりと弓につがえる。
その姿は紛れもなく勇者であり、確かな強者の裂帛を醸しクォートラとチックベルに緊張を与えた。
そして、ヨーンは弓を構えると、眼光を鋭くさせ、静かな声色で言う。
「だがこんな距離ならそんな弱点も関係ないんだぜ、魔族ども」
その言葉と同時に戦いのプレッシャーがあたりに充満した。
合図とばかりにクォートラが吠える。
「やってみるがいい、勇者」
チックベルも羽腕の先とその鳥めいた足先に鋭利な爪を以て構えた。
「敵討ちってガラじゃあないけど、あの子を殺されたのはうちも頭にくる。殺せるなら殺させてもらうかんね」
ヨーンは一歩飛び、城壁の縁に立つと二体の魔族を視界に捉えた。そしてふう、と息を吐くと短く戦いの開始の合図となる言葉を言った。
「んじゃ、行くかね……魔族ども」




