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#42 臆病者

 






「私が戻るまで、この部屋から決して出るな」



 白い髪に赤い瞳。悪魔の相と呼ばれ忌み嫌われる特徴を持つ軍服の幼女ココットは、()()()私にそう言ってドアを閉めました。


 外から鍵のかかる音が聞こえます。内側からも開けられるのは知っている筈ですが、念のため……というよりかは習慣めいた所作でした。


 私、キエルはココット所有の奴隷且つ将軍付きの使用人として仕事をさせられています。仕事場はココットの部屋のみ、ですが。


 私は半ば無理やり与えられた魔族軍内の使用人制服を着ています。あの日、無理やり湯浴みをさせられた後に叩きつけられました。元の服は擦り切れてぼろぼろだったゼンビアーノ様の屋敷の使用人制服でしたから、新調されたようなものでした。




 父を殺した軍を率いた憎いココットに買われてから早一週間。普段は使用人室に押し込められていますが、朝になると私の所に来て、こうしてココットの部屋に押し込まれます。軟禁のような扱いですが、外にいるよりは安全、だと思います。ココットの言葉通りにしているのが最も安全という事実に歯噛みしながらも、私は使用人をせざるを得ません。


 使用人という物自体は慣れ親しんだ仕事でしたが、周りが魔族ばかりでは恐ろしいものでした。


 でも今は少し安堵しています。使用人の魔族はいきなり人に襲い掛かるようなものはいないし、軍属であるから将軍の所有物の私に手出しはしない。せいぜいが陰口やちょっとしたいじめくらいです。


 これくらいなら何も問題ないです。いじめや陰口は、慣れたものでしたから。



 で、ココットは基本は部屋に居ないので顔を合わせるのは朝使用人室から引きずり出されて部屋に押し込まれる時、そして戻ってきたココットに使用人室に戻される時です。特に会話もありません。



 ……あの悪魔の足音が遠ざかっていきました。


 私の手には箒が握られています。


 おとなしく従って仇の部屋を掃除している事をバカバカしいと思うかもしれませんが、閉じ込められているようなものなので、他にする事や出来ることもないのです。それだったら、命ぜられたとおりに掃除をしているほうがまだ、気もまぎれるのです。退屈も、憎悪も。


 ココットは朝早く出ていって夜遅く戻ってきます。あわただしいものだと思います。


 ここのところは毎日会うたびに眠そうにしています。


 ですが、軍人であるココットが忙しそうにしているという事は、また大きな作戦があるのでしょうか。


 そうしたらまたたくさん人間が死ぬ。


 奴らに、殺される。



 ですが、戦争とはそういう物だとココットは言っていました。


 あんなに小さな子供が、まるで何十年も生きたような、そんな雰囲気を纏わせて。


 酷いです。神様。



 あの子に人の言葉なんて与えなければ、私は悪魔としてもっと憎み切れたのに。


 いや、憎まなくてはなりません。あの子は奪いすぎた。フリクテラの人々も、私とともに囚われた者たちも。


 私は一度、ココットに私と同じような奴隷に落とされた人たちを解放してくれと要求しましたが、にべもなく断られました。そんな権限も財力もないそうで。それに、責任もないし、わざわざ檻に入れた醜い人間をわざわざ出してやる程私の憎しみは軽くない、と。


 憎いのは私も同じですと、言いたくなったがぎゅっとこらえました。


 ココットに会ってからすぐは、私も動転していて冷静ではありませんでした。ココットの言葉に納得するようで悔しいですが、確かに私の死は父も望まぬはず。生きて、仇をとる。


 焦る必要なんかない、あんな悪魔みたいな、小さな子の言う言葉に耳を貸す必要なんかない。


 悪魔の相を持った忌子は魔の使い。それはファルトマーレの国教たるユナイル教で定められた教え。そしてそれは、正しかったのですから。




 朝は使用人室で食事をとりました。質素なものでした。


 部屋の掃除をしながら時間を潰します。ココットの部屋は物が少なく、簡素なものです。


 何かしら弱みを握れないかと物色しましたが、大したものはありません。概ね、持ち運べるものだけに重要な事を記すようです。警戒心の高い事です。



 お昼になると、食事はココットが持ってきます。


 まともなものでした。






 その日の夜、ココットはいつもより早く帰ってきました。


 いつも通り眠たげな眼をこすりながら部屋に戻って来たココットをじろりと睨みながら、また使用人室に連れていかれるのだろうと思いつつ、共に外に出ました。


 しかし、ココットが向かったのは使用人室ではありませんでした。まず、やり残したことがあったと言って詰所へ。相変わらず魔族たちが私を見てきます。



 ココットは手早く部下を集めました。集まったのは3名の魔族。一人は、ええと、確か。ツォーネという魔族です。体の隅々まで洗われた屈辱は忘れていません。


 そして、ゼンビアーノ様を殺し私たちを捕えたハイオーガ。名前は、ゾフというらしいです。私の事は、気にもしていない様子でした。悔しいです。



 そしてもう一人。無骨な大男の魔族です。ココットを姫と呼んでいるらしいクォートラというこの魔族は、一番ココットに忠実そうに見えました。


 いや、クォートラだけじゃなく。改めて思うのは、こんな小さな人間の幼女に、恐ろしく、そして屈強な魔族達がそろって傅いていること。


 改めてそんな光景を見せつけられて。私は、怖くなってしまったのです。


 未だ人間社会に居る、悪魔の相を持つ者たち。その中に、ココットと同じように魔族と通じているものがいるかもしれない。いわば、国の中に何人ものスパイを抱えているようなもの。


 それだけならまだいい。魔族に使われているだけなら。


 でも、ココットのように魔族を使う側の人間が複数いたとしたら。


 知能と知略で勝って来た人類は、魔族にあっという間に飲み込まれてしまう。


 そんな未来さえ幻視させる光景が、目の前にはあったのです。





 その後、震えながら固まっていた私は手を強引に引かれて我に返りました。


 思わずその手を振り払うと、ココットが舌打ちをしたのが聞こえました。どうやらココットに引っ張られていたらしいです。触れられた手をさすりながらキッと睨むと、ココットは「行くぞ」とだけ言いました。


 ムッとしましたが、詰所に残されるわけにもいかないので足早にその後をついていきます。


 どうせ使用人室に戻されるだけの筈です。




 ……しかし、ココットに連れられてきた場所は魔王城内の繁華街でした。



 街を歩きながら、私は怯えと同時に驚きをもっていました。余裕のない奴隷の時とは見え方が違ったのです。


 魔族たちは、にぎやかに笑いながら通りを歩き、店に入り、食事をとり、買い物をしていました。


 その姿は違えど生活はまるで、人間と同じ。そう、わずかに思ってしまったのです。


 その後無言のままのココットに連れられて外食をしました。私は注文せず、ココットが注文したものを訝しみながらも頂きました。人間を調理したものではないから安心しろなどと、馬鹿にするように笑うココットに、文句の一つも言い返したかったのですが言えませんでした。


 意図が、読めません。


 ココットが私に優しくしている、などという事はまずありえないのは雰囲気で伝わります。ココットが私を見る目は相変わらず憎しみが込められていて。そんな目に私も憎悪を込めて返していましたから。


 しかしあまりの意味不明さに、私は恨み言ではなく質問を、投げかけてしまったのです。


 何故、こんなことをするのかと。


 そうしたらココットはひどく面倒くさそうに一言。


 自分で考えろ、と。



 まるで意味が分かりませんでした。


 いきなり連れ出された魔族の街は、私たち街で暮らす人々の想像とはだいぶ違いましたが……それはそれとしてココットの行動は分かりません。


 分かったのは……魔族は思ったよりも普通の暮らしをしていること。


 そして、そんな魔族の中で、ココットは確固たる地位を築いているということでした。




 結局帰りもお互い無言のままでした。








 その次の日、深夜。



 私はひそかに進めていた計画を実行に移すことに決めました。


 決意の理由は、ココットたちの軍がもうすぐ出立するという話を聞いたからです。


 出立させてしまってはもっと多く犠牲が出る。なら、ここで止めなければ、と。




 だから、私がやらなくてはいけないのです。……ココットの、暗殺を。



 私は夜使用人室を抜け出し、静かにココットの私室まで来ました。


 勿論ココットは鍵をかけているでしょう。しかし、私はここ数日使用人室の予備鍵を調べて、どれがココットの部屋の鍵か見つけていました。それをこっそり拝借してここに来ました。


 鍵を開け、中へ入ります。



 部屋の中は、物音ひとつしません。


 今日もココットは眠そうでしたから、ぐっすり眠っているのでしょうか。


 ベッドの脇までくれば、不気味な白い髪の悪魔が眠っていました。



 ですがそれを見て私は、狼狽えたものです。



 起きている時あんなにも恐ろし気な視線で魔族を従える悪魔めいたココットが、天使のように穏やかな寝顔で寝息を立てていたのですから。シーツ一枚を乱雑に胸にかけ、仰向けに眠る彼女は、悪魔の相を持っていたとしても……どこか儚く、寂しげで、それでいて年相応のかわいらしさを持つ、確かに人の子に見えてしまったのです。


 私の心の中では激しい憎悪と困惑がごちゃごちゃにかき混ぜられていました。


 人の皮を被った悪魔の筈なのに。あれだけ殺しておいて、どうしてこんな普通の表情で眠れるのか。


 どうしてこんな……年相応の姿を見せるのか。


 私は手に持っていたフォークを持つ指が震えているのを感じました。



 殺さないと、大勢死んでしまう。


 しかし、私にできるのでしょうか。


 父の仇。人類に仇名す魔族軍の将軍。悪魔。人間の裏切り者。


 頭の中で必死にココットへの憎悪を羅列します。殺すための大義名分を、羅列します。


 こいつは悪魔です。悪魔然としていてもらわなくちゃ困るんです。そうでなければ、この震えが止まらないじゃないですか。


 と、ココットが急にううんと唸って寝返りを打ちました。


 私は冷や汗をかきました。しかし、すぐに起きたわけではないとわかり安心して、すぐにまた焦りました。




 ココットが、急に苦しみだしたのです。


 小さな手で胸のシーツを握り締め、苦悶の表情でうなされています。



 母さん、母さんと。うわごとを零しながら……私はその閉じられた目の端に一筋の涙を見てしまいました。



 うなされて、泣いている。


 なんで。


 なんで、悪魔が泣いたりするんですか。


 やめてください。そんな姿、見せないでください。


 貴女はいつものように、憎たらしい姿だけ見せていればよかったのに。







 私は――――なんででしょうね。


 自分でもわかりませんが、その時、気づくと思わずココットの小さな手をそっと握ってしまっていました。


 そうしたら、ココットの手が私の手を握り返す淡い感覚が伝わってきて。


 あんなに苦しそうに泣いていたココットの表情が緩やかにやわらぎ、穏やかな寝息を立てて。



 すう、すうと。



 私の手を握ったまま、眠る彼女の細く白い首筋に。その頼りない胸に。このフォークを突き立てるだけで大勢救われるはずなのに。


 こいつを殺すチャンスなのに。父の仇を討つチャンスなのに。


 この小さな悪魔は、ただの母親が恋しい幼女にしか見えなくて。


 母を奪ったのは、私たちだと叫んだあの時の姿もまた、彼女の本当なのだとも気づいて。


 結局私は、何もできずにただ、亡き父に標を求めて俯くしかできなかったのです。お父様、キエルはどうすればいいのですか。貴方の仇が討ちたいのに。この手が震えてしまうのです。




 ココットの事は憎いです。とても、とても憎いです。


 ですが、人間を……こんな姿の幼女を殺めることは……今すぐには、出来そうにありません。


 今日は、まだ。まだタイミングがよくない。将軍殺しがばれたら私は殺されてしまうから。準備不足だと。そう、自分に言い訳をして。悠長にしていたら作戦が始まってしまうというのもわかっていたのに。そんな自分の言い訳に自分で屈して。


 暗い部屋の中、ココットの小さく柔らかな手に握られる感触と暖かさを感じながら頭を抱えました。


 ふと視線を上げれば淡く赤紫色に煌く綺麗な石が、ベッド脇のテーブルに置かれていて。あの日浴場でココットが母だといったあの石。意味は、分からずじまいだったけど。


 その石の煌きを少しの間だけ眺めた後、私の手を握る小さな掌に引かれる感覚を振り払うように手を離すと立ち上がりました。



 私は結局。殺したいほど憎い筈の相手の無防備な姿を前にして尚、何もできずに使用人室へと戻ったのです。








「……私の、臆病者」








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[気になる点] 恐ろしい気な視線って...ココットさん目付き悪いんですか...?
[良い点] 母性本能を刺激されてかつい手を握っちゃうキエルが可愛い
[一言] よき
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