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#43 パレード

 



 私は目が覚めてすぐ、上体を起こして呆けていた。


 何か、すごく嫌な夢を見た気がするのだ。


 最近は行軍の為の準備や打ち合わせで疲れていたから、悪い夢を見ること自体はさほど不思議ではない。


 だが。


 その悪い夢を見た後に、記憶には残っていないが……何か幸せな夢を見た気がしていたから。


 誰か、温かな手が私の手を引いてくれたような、そんな夢。


 温かな夢だった。


 私は、ベッド横のテーブルに置いていたレイメの聖石を見やった。


 相変わらず温かな赤紫色の煌きを私に見せる石を見た後、視線を自分の手のひらへと戻す。


 私は自分の手のひらを眺めて、握って、開く。



「……レイメ?」








 ♢


















 大詰めだ。


 部隊の編成は概ね済んでいる。一度アウタナを経由してフリクテラに駐留している魔族軍から物資を受け取る算段だ。


 出発を明日に控えた行軍前日。私はいつものように着替えを済ませると、使用人室に向かった。


 キエルのやつを連れ出すためだ。



 既にメイド服のような使用人服に着替えていたキエルを呼ぶ。部屋の掃除をさせるわけではないからと手枷を付けようか迷ったが、今日連れ歩く場所を考えれば不要だろう。



「キエル」



 既に使用人室前で待機していたキエルに声を掛ける。


 返事はない。が、私に顔を向けたキエルの顔は曇っていた。


 はて。昨日までなら真っ先に私を睨みつけてこようものであったが。本格的な行軍を行う前に意気消沈されてもこいつを買った意義を失うのでやめて欲しいが。程よく私を憎んでもらわなくては、私も張り合いがない。


 お前がそんな顔をするのは、私がファルトマーレを脅かすさまをその眼で見てからでいい。



「行くぞ」



 とりあえず返事はなかったが私についてくる意図は見られたので構わず私は踵を返し歩き出す。


 案の定、キエルは私の後をついて歩いてきた。


 その足音は、いつもよりもおとなしく感じた。



















 魔王城内、兵站場。


 行軍を明日に備えた今、あわただしく行軍用の物資準備を行う魔族達で溢れかえっていた。


 私は魔族たちの合間を縫いながら歩く。必死についてくるキエルの足音が遠ざからないよう留意はしてやりながら、私があらかじめ指示しておいた物資を行軍用に準備しているゾフの所へやって来た。



「お嬢、お早いお目覚めで」


「お前ほどじゃないよ。ご苦労」



 ゾフは私に気づくとすぐに跪いて挨拶をした。


 周囲を見ればゾフ率いる地上部隊員が受け取った物資を木箱やらに詰めている最中であった。オークやゴブリンがよく働いている。オドも……まあ、頑張っている方だろう。



「準備のほどはどうか」



 立ち上がったゾフを見上げながら首尾を聞けばおおむね順調との事だった。


 まあ、最も。


 物資の殆どは先んじてフリクテラに運び入れ、そこで改めて行軍準備を行う手筈であるから、魔王城から我々が持ち出す物資はたかが知れているしな。


 と、ゾフがキエルに目を向けた。私も併せて目を向ければ、視線に怯えたように縮こまっていた。


 私はそんなキエルの怯える姿にはほぼ不快感しかなかった。


 人間連中が、あれだけの非道をしておいて今更自分に危機が迫れば弱者を装って慈悲を請う。汚らわしい有様ではないか。だが、そんな感情の中でもやはり、怯えふためく仇敵を眺めるのは留飲の下がる思いがある。


 が、どうもキエルはゾフに絞って怯えを見せているな。


 ああ、そうか。ゼンビアーノの屋敷を襲撃したのはゾフだから、その際に顔合わせはしているはずだものな。



「お嬢、この人間いつまで連れ歩くんで?」



 当のゾフはキエルの事など全く覚えていないらしかった。私は知る由もなかったが、怯えふためく侍女たちの中で唯一気丈に振る舞っていた様を一度はゾフに感心されていたにも拘らず、だ。


 キエル側からすれば直接的に被害を受けた相手。それは恐ろしくもなろうか。


 私はふん、と鼻を一度ならしてゾフに応える。



「ずうっとだ。行軍にも連れていく。分かっていると思うが、勝手に食ったりしたら許さんぞ」


「わかってまさあ。お嬢も人が悪い」



 目の前でやり取りされる私たちの冗談めいた会話にキエルは震えあがっていた。被捕食側からすれば冗談ではないというわけだ。


 わかるだろう、キエル。


 かつて私がアウタナの屋敷の地下に幽閉されていた時、檻の前で面白おかしく談笑していたアウタナ伯爵夫人とゼンビアーノに、私は今のお前よりもよっぽど屈辱と恐怖を味わわされた。多少は私の持つ本当の恨みを理解しろ。



「キエル、私たちからあまり離れると齧られるぞ?」



 クスクスと笑いながらそう言ってやれば、顔を青くしておずおずと私たちとの距離を縮めた。


 それを認めたのち、私はゾフを伴い歩き出す。




 私は周囲を眺めつつ、進捗を報告するゾフに並んで歩きながらつぶやいた。



「士気が高いな。オークやゴブリンが良く動く」


「そらそうでさ」



 何とはなしにつぶやいた言葉にゾフが喜色を浮かべた声色で答えた。



「囮ってのが気に食わねえが、ようやっとこさ人間どもの鼻をあかしてやれる作戦にあり付けたんだ。お嬢のおかげでさ」


「何だ急に」


「お嬢が来なけりゃ俺たちはこの魔王城で腐るだけだった。感謝してますぜ」



 ゾフの言葉には世辞と本心が混ざり合ったようなものを感じた。だが、それでもいいだろう。


 しかし気が緩みすぎるのは良くない。



「まだ始まっても居ないことに浮かれるなよ、ゾフ。結果を出し、しかる後に盛大に喜び酒でも飲め。やつらの頭蓋骨を盃にしてな」


「お嬢は恐ろしい事をいいなさる」



 そうだろうか。ユーモアのつもりだったんだが。かつて織田信長が浅井長政らを討ち取り、その頭蓋骨を以て髑髏盃を製作し酒を飲んだという逸話にちなんだのだが、引かれてしまうとは。


 というかゾフくらいなら普通にやりかねないだろうに。少しだけ腑に落ちない思いを抱きながらぐるりと兵站場を回り終えると、ゾフに後を任せてキエルを連れて移動した。



 ……さて。



 今日の予定はあとひとつ。


 丁度正午である。



「……まだ仕事が?」



 ふと、キエルが口を開いた。



 まあ今日のように朝からずっと連れまわすことは初めてだったから、私が色々と仕事に奔走している姿に驚いたのだろう。



「あと一つある。正直嫌嫌だがな。断れんものはやるしかない」



 私がため息とともにそう答えてやると、キエルは首を傾げた。


 そう、嫌なのだ。次の仕事は。とてつもなく嫌だ。


 だが、魔王様直々の命令とあらばやらざるを得まい。


 私はキエルを連れたまま、エルクーロ様に呼ばれた通り魔王城の一室へとやってきた。


 正直、全く気が進まない用事だ。


 というか今すぐ踵を返して逃げ出したい。始めは拒否権もあろうかとおもってエルクーロ様に正直に嫌だといったものの、珍しくエルクーロ様に魔王様の命令なので諦めてくれと諭される結果となった。行軍に関しては魔王様にとりなしてみると言っていたくせに! 私からすればこっちを取りなしてほしかった!


 しかし無理なものにいつまでも駄々をこねるわけにもいかない。さっさと終わらせる。これに尽きる。


 その、仕事とは。



「パレード?」


「そういうことらしい。観兵式というやつだ。おそらくは魔族軍全体の士気向上の為のものだ」



 囮行軍に出る我々の軍のお披露目式。


 本当はそんな目立つことは嫌だったのだが、士気向上は勿論私の存在を大々的にアピールするチャンスでもあったから無碍にもできなかった。しかし、危険も孕む。私は勿論エルクーロ様に問うていた。



『大々的に私という存在を持ち上げるのは民の不満が軍部に向く恐れもあるかと』


『確かに、人間である君を担ぎ上げれば人間に深い恨みを持つ者たちは納得すまい。だが、既にアウタナとフリクテラを陥落させた実績を持つ君の姿を大々的に曝すことには少なからず意味がある。なにせ、魔王様が発案したのだからな』


『しかし……私のような幼子の姿の者を戦場に送り出すことによく思わない民衆もいるのでは?』


『……そうか、確かに君を良く知らない者はそう思うやもしれないな。だがまあ、問題あるまい』


『……といいますと?』


『魔族の年齢と容姿は必ずしも一致しない。君のように小さなもので私より歳を重ねたものもいる。それに、気づいていないのか? 君は見た目はともかく子供というには少々、雰囲気が大人びているからな。だからきっとよく似合うはずだ』


『……?』



 と。


 途中理解できない会話こそあれ、そんなやりとりが合った手前私も腹をくくるにはくくっていた、のだが。




「これは聞いていないぞ!」



 私は絶叫していた。


 私の周囲には既に布を抱えて笑顔の魔族の使用人達が取り囲むようにして迫ってきている。


 そう、布。その手に握られた布々。それはまさしく、ドレスのような代物だ。


 パーティに出るわけでもあるまいに! 軍事パレードなら軍服正装で臨んで然るべきものだろうが!


 大体、そんなフリフリのドレスなんか着てみろ! 一歩動けば転んでしまいそうだ! そうでなくとも、ネグリジェにだって初め嫌々身に着けていて、最近やっと慣れて来たのだ。フリルの盛大にあしらわれたドレスなどという服装は流石に私の中に残る男性が断固として拒絶する!


 私は顔を真っ青にして抵抗した。



「嫌だ! 私は着ないぞそんなもの!」


「きっとお似合いですよ」


「ささ、お召しを」



 こいつらなんでこんな笑顔なんだ!


 これも魔王様の指示なのか? あり得る……! 私の嫌がる様を眺めて面白がる魂胆な可能性さえある!


 エルクーロ様が言った諦めてくれという言葉には、これも含まれていたのではないかと今ならわかる。そして、似合うはずだというセリフ! 彼は知っていたのだ。だからあの時彼はあんなに遠い目をしていたのだ。似合う訳ないだろ!


 そうしてなんとか抵抗を試みるが結局魔族にかなうはずもなく。私はあっという間に身包みをはがされ、てきぱきとドレスへと着替えさせられたのだった。




















「わあ」



 不本意の極みに至りつつ生まれ変わった私の姿を見たキエルが開口一番そんな声を上げた。


 奇異なものを見る目だ。お前なんぞに思われなくても自分で思っている。


 舌打ちをしながら眉根をぴくりと震わせながら睨んでやる。


 今の私の恰好はとてもではないが軍人のそれではない。社交パーティーに出るやんごとなき身分の女性のものだ。それも、私の背丈のような子供用ではない。完全に淑女向けのデザインと見た。どう考えてもオーダーメイドだ。魔王様は何を考えているのか。


 ご丁寧に化粧までされた挙句、ベールのようなものが広がる髪飾りまでセットと来た。


 これで軍人です将軍ですと言ったところで鼻で笑われるだけだろうに。



 使用人共が「よくお似合いですよ」とおだててくるが全く嬉しくない。不快だ。そして恥ずかしい。これなら全裸の方がましだ。


 私は必死にこれは仕事だと自分に言い聞かせながら心を落ち着けにかかる。


 そう、仕事。さっさと済ませて脱げばいい。歩くときは裾でも持ち上げればいい。淑女の作法など知らないのだ。毅然とした態度で臨めばいい。よし、よし。



 そう深呼吸していると、部屋の扉が開き、タイミング良く数名の魔族が入ってくる。


 そして彼らは、私の姿を見て思い思いの反応を零したのだ。



「お嬢……! こいつぁ……ほぉ、こりゃあなかなか……」


「……驚いた。姫に良く似合っておいでだ」


「あ、ああ、我が麗しの悪魔……愛らしすぎますわ……それでいて美しすぎますわ……」



「お前たち……」



 私はもはや引きつった顔でひたすらにげんなりするばかりだ。


 好き勝手に頷いたり感心したそぶりを見せる我が親愛なる隊長諸氏は、私の心境など知らん顔で私を囲む。


 というかなんでお前たちは普通に軍服なんだ。おかしいだろう。不公平極まる。というかもはやパレードの趣旨はなんなんだ。


 ああ、くそっ。頭が痛い。




「着せ替え人形の私を笑って楽しいか?」



 ギロリと目を光らせて一同を睨み上げるが、連中はそろって首を横に振るものの周りの使用人たち同様にやにやと笑みを絶やさない。私は思わず眉間に指をあてた。


 クォートラとゾフは笑顔で妙に穏やかな目をしているし(ゾフは少し笑いを堪えていたので後で覚えておけ)、ツォーネは両手を頬に当てくねくねと気持ち悪い。


 唯一キエルだけが魔族に囲まれて怯えている。その顔には困惑の色だ。私が一番困惑しているというのに。



 そんな折、やっとエルクーロ様が我々を迎えに来た。


 文句の一つや二つ言っても許されるとは思ったが、エルクーロ様の私を見ての開口一番のセリフである「似合っているぞ」の一言でもう全てを諦めた。







 ♢













 パレードは先ほどの仕立ての折の喧騒とは裏腹に、私の中の常識通りのものだった。


 エルクーロ様の配下の将軍も集い、列をなして魔王城を練り歩く。私はと言えば、前にゾフとクォートラ、後ろにツォーネ、そしてキエル。隣をエルクーロ様が歩いている。


 様にはなったパレードだ。しかしドレスの歩きにくさと単純に歩幅の問題で、練り歩くのは相当に骨は折れた。


 パレードの主題は概ね、アウタナ及びフリクテラ落としを為した将軍たる私が囮行軍という勤めに向かう事と、私を擁する四天王エルクーロ様がついに動くことで戦争の激化を予感した民衆を鼓舞するのが目的だった。


 左右に列を為し私たちのパレードを眺める魔族たちの目には私たちへの期待がありありと見受けられた。


 しかし、いくらかの視線は間違いなく「小さな悪魔」たる私に向けられている。



「あれが噂の小さな悪魔か。エルクーロ様お抱えの将軍、初めて見たぜ」


「あれがアウタナとフリクテラを立て続けに落とした魔将軍なの? 随分と可愛らしいのね」


「俺は何度か街で見かけたが、随分雰囲気が違うな」


「あれは人間だぞ。それも子供……魔王様やエルクーロ様にも考えあってだろうが……」



 小声で話すわけでもないそういった会話は喧騒の中にあって私の耳にしっかりと届いていた。


 ドレスを着こんだ姿という場のそぐわなさもさることながら、改めてこう大っぴらに人間が魔将軍の地位にあり、パレードの主役であることに、単純な感嘆ではない感情を抱いているのだろう。


 歩きにくさやそういった視線での居心地の悪さから苦い表情をしていると隣のエルクーロ様に注意をされた。



「そんな顔をするな。今日くらいは鉄の面を取り笑って居て欲しい」



 その言葉に私は目を細め、少し恨めしく思いながらむくれて見せた。



「このような衣装を着せておいて何を言っているのですか」


「そう言うな。イメージは大事だ。君には耳が痛いかもしれないが、人間である君が正装で練り歩くよりは良い。人気集めのプロパガンダと思ってくれ」



 魔族の口からプロパガンダなどという言葉が出てくるとは驚いた。


 しかしまあ、そういう物なのだろうか。戦争政治とはいえ士気を上げるために女性兵士がにこやかに笑うポスターなんかを作ることもあるのだったか。


 イメージアップ広告には女性モデルがつきものではあるが、それならツォーネにやらせればよかっただろう、と考えてすぐにあいつの評判の悪さからかえってイメージダウンになりかねないと思いいたる。


 となれば必然的に私しかいないわけか。




「ココット、皆が君を見ている。手でも振ってやるといい」




 エルクーロ様は優雅に手を振りながら私に言う。軍事パレードとはこういう物だっただろうか? という疑問はもはや意味はない。魔族にとってのそれは、きっと私が知るものとは違うのだろう。


 私はあきらめて、声援やらを送ってくる魔族の民衆に引きつった笑顔を向けて軽く手を振った。


 小さな魔族の少女たちや、婦人達が憧れや愛玩物を見るように目を輝かせているのでげんなりする。不信の声もまだちらほら聞こえるが、概ね我々を応援するような声が大多数だ。しかも私にのみ向けられた声援も多い。可愛いだとか言われても微塵にも嬉しくない。まるでアイドルにでもなった気分だ。この私が。役違いにもほどがあるぞ、まったく。そもそも私は……この体が嫌いなのだから。



(しかし、プロパガンダ……か)



 ほとほと文明的だ。だがこう思えばこそ、何ゆえにこれまで魔族は戦争において戦術を軽視してきたのだろうか。


 己の力をこそ何より重んじるプライドの高さは理解できるが、それだけでここまで文明的な文化を持つ魔族が戦争という政治において頭を使わない理由は不明だった。


 エルクーロ様と話していても、短絡的な突貫戦術を部下に命じるようなタイプではないのだから。


 現に明日より出立する囮行軍などは戦術的作戦の最もたるものだ。


 まあ、そのあたりは興味はあるが大事ではない。過去より未来が大事だ。私が率いれば多少なりと戦術的な戦闘が行える。魔族に戦いの搦め手を教えれば、街が落とせることは立証済み。


 まあ、そう考えればこのパレードは私の門出を祝うものとしては素晴らしくも思えるか。


 服装に関しては未だに文句があるが、ここは郷に入っては郷に従え、だな。


 私は恥ずかしくて逃げ出したい気持ちを必死に抑えて作り笑いを浮かべて歩く。


 期待されているのだ、応えるのも仕事。私への不信の声も、成果がより蓄積されることで洗い流せるだろう。


 実力主義の魔族。それをわかっているから、かえって堂々としていよう。


 私はまだ若干引きつり気味の笑みを見せ、同時に考えたくないことを考えるのを辞めた。


 ああ、早く街中ではなく、戦場を行軍したいなあ。


 歓声ではなく、人間どもの悲鳴を聞きながら。


 私の望みはきっと、もうすぐ叶う。













 そんな私を、エルクーロ様は複雑な表情で見ているのだった。





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