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#37 雪中無残

 



 魔族領内北方、小国連合国境付近。


 起伏のある山岳と深く広大な森林が混ざり合う地帯。絶え間なく雪が降るこの一帯は分厚く雪が降り積もり、山は白く染まり、木々もその枝葉に雪の重さを常に受ける不毛地帯。


 そんな一帯に、重々しき金属音を鳴らしながら数多く雪を踏みしめる足音が響いていた。


 500名の小国連合兵士団。重装歩兵と荷車からなる大規模行軍である。


 その姿は重々しい鎧姿ではあるが、国旗は掲げていない。


 彼らの目的は魔族領偵察。小国連合はファルトマーレに水面下で助力をしつつ、今だにどちらに下るか測りかねているのであった。



「しっかしこんな時世で魔王の懐に潜り込むったって、正気を疑いたくもなりますな」



 兵士の一人がぼやく。声の向かう相手は隣を歩く行軍兵団の団長。


 白い息を吐きながら、団長は周囲を見渡した。



「不毛な大地だ。気持ちはわかる。およそ人の踏み込む場所ではない。しかし、ここで魔王の動きを見ておかねば、魔族とファルトマーレとの戦争が本格化したのち、我々連合の行末を想定できんという訳だ」


「つまり、本当に魔王が我々連合を無視してくれているか確かめるという事でしょうが、それでこんな越境など、かえって刺激するだけでは?」


「上の考えは分からんよ。だが、怯えている官僚どもを安心させるために我々が死地に送り込まれているのは間違いない。接触なく帰還できれば幸いだが、そうもいくまいな。見ようによってなどという楽観的な主観抜きにして、侵略行為であることは疑いようがない。元々出迎えを前提にこれだけ兵を集めたわけだ」


「ぞっとしませんな。表向きは未だ交易のある小国連合と魔族領であるというのに、先にこちらが手を出しては先方に我々を叩き潰す理由を与えたようなものではありませんか」


「ファルトマーレの奮戦に期待するよりあるまい。知性持つ異形である魔族より、同じ人間同士手を取り合うべきだという上層部の綺麗言に殉ずるのはごめんだからな」



 違いありますまい。と兵士が相槌を打ったのをしり目に、隊長は行軍の先頭に立ちながら後ろを振り返りつつ歩く。


 500の兵士と物資荷車からなる長蛇の列は4列縦隊で行軍している。


 踏みしめるたびに膝の下まで埋もれる雪道の行軍は、概ね順調ではあった。


 左右を山に挟まれた渓谷を行軍してはいるが、ふもとの森が自分たちの姿を覆い隠すいい隠れ蓑になっている筈。


 仮に補足されても遠距離からは有効な攻撃は見舞えまい。


 隊長はそう想いながらも警戒を厳にしている。既に張り詰めた緊張のなか越境を行い、だいぶ時間が経っている。常に気を張るのは疲労と不安から並の精神力では出来ない。


 と、そんな緊張に耐えられなくなったか、先日から増え始めていた軽口や雑談が後ろから聞こえてくる。



「はああ、いつまでこんなとこ歩くんだ? 早く帰ってあったけえ豆のスープが飲みてえよ」


「俺は豆のスープより女を抱くさ。一晩であったまる」


「遊んでるやつは違うな。俺はこんな光景を見ると故郷で冬を越す時を思い出すよ。薪をわらなきゃってな」



 彼らはそう言って笑い声をあげていた。これに関して敵陣に居るという状況から隊長は咎めるべきであったが、不安の裏返しである軽妙な会話は、咎めるには無理があった。


 皆、恐れているのだ。


 正体もいまだ不明、交易こそしている筈の相手であるにもかかわらず恐ろしい存在とだけ伝わる魔王。その領地に今自分たちは無断侵入をしているのだ。


 不安に思わないわけはない。


 道なき道を歩き、雪に足を取られかけながら。ある時は剣で道をふさぐ枝葉やツタを切り裂きながら進む行軍。


 この行軍に意味はあるのかと疑いたくもなる。誰しもが思っている。だが、それは口には出せなかった。


 代わりに繰り出されるふざけたような会話だ。隊長はため息をつきながらも先を急いだ。



 しかし。



「止まれ。小国連合兵士諸君とお見受けする」



 突然、白き不毛の大地に不似合いすぎる、甲高い女の……それも子供の声が響き渡った。


 隊長含めた兵士たちはすぐさま周辺を警戒する。その一部が、声の主を羽音と共に認めた。



「上だ!」



 いつの間に現れたのか。そこには巨大なドラゴニュートの姿があった。兵士たちはまさかこのドラゴニュートが声を発したわけではあるまいと訝しむと、その巨体の背に誰かがいることに気づいた。



「子供だと……!?」



 隊長が思わず声を上げる。


 その姿は黒く厚手のコートめいた衣装に身を包み、深く帽子を被ってはいるが隠し切れない周囲の雪と同じ真っ白な髪。そして目深にかぶられた帽子の影から除くは深紅の瞳。小ぶりだが美しく整った顔立ちは妖精めいて。そんな幼女が気温と同じくらいの冷たい視線を兵士一行に落としていたのだ。


 あれはなんだ。魔族か。ドラゴニュートの背に跨る子供。どう考えても不似合いな取り合わせ。


 兵士たちも困惑と警戒半々に武器を構えようとする。それを隊長は手で制した。


 隊長は一歩進み出るとドラゴニュートの背に跨る子供と目を合わせる。子供の周囲には巨大なドラゴニュートの他に目測30はいるドラゴニュートが飛翔していた。


 偵察部隊? いや、あの子供が纏う装束はそんな低級の者ではない。


 そして、よくよく見てみれば、瞳こそ魔族と同じ紅いものだが、他に魔族の身体的特徴が見受けられない。話に聞いていた、あれは悪魔の相を持つという人間だ。


 であればなおさら。どういうことだと隊長は困惑をした。




 ♢




「改めて問う。小国連合兵士諸君とお見受けするが、返答は?」



 私は第一声で返答がなかったため、再度の問いかけを行う。


 寒くて声を出すために冷たい空気を吸うのが辛いんだ。早めに用件は済ませたい。


 ぶるぶると震える体を軽く抱きしめながらも、私は眼下で狼狽えている兵士たちの言葉を待つ。


 ……だめだな。


 であれば一方的に用件を伝えてやるとしよう。



「我らが魔族領に無断で侵入した理由について問いたい。なお、手短に弁明は聞く構えではあるが、黙秘する場合は侵略行為と判断する!」



 私の言葉に兵士たちがどよめいた。


 ざわざわと話声がいくつも上がる。発見されるのは想定外な訳でもあるまいに。こんなずさんな行軍、まして500にも及ぶ兵力だ。


 この世界に通信機器やレーダーと言ったものがないにせよ、まさか本当に観光気分と楽観しているわけでもなかろうよ。


 こちらの目はハーピー族だ。雪に覆われた森に隠れても発見は容易かったらしい。魔族について無知でもなければ警戒はしようものだが。


 そこまで考えて私は小国連合の戦争に対する甘い考えを読み取った。


 大方、ファルトマーレに与しようとする一派の独断専行といったところか。そうでなくては国単位として見た時にあまりにもメリットがないからな。


 さて、そんな阿呆の目論見の当て馬となった彼らはどう動くかな。



「隊長、如何しますか」



 隊長らしき男の隣の兵士が腰の剣に手を当てながら問うている。それを隊長は手で制した。



「待て。発見された時点で作戦は移行している。あれはおそらく将軍だ。服装でわかる」


「あれは人間ですよ! どうなってるんだ……まさか魔王は人間と手を組んだ……? ファルトマーレに裏切られたのか?」



 狼狽しよくわからないことを口走る部下を置いて一歩踏み出した隊長は、私を見上げて声を上げる。



「魔族軍将軍とお見受けする」


「如何にも。我が名はココット。魔王様にお仕えする将軍である」



 返礼をしてやると隊長らしき男は難しい顔をした。私が将軍であると予想はできていてもいざ口にされると驚くといった風だ。


 隊長は言葉を続けた。



「我ら小国連合兵士総勢500である。行軍演習中に道を誤り迷い込んでしまった。これは故意の侵略行為ではない」



 成程。あくまで侵略ではないと言い張るつもりか。数を強調したのは威嚇のつもりだろうか。戦ったらただではすまんぞとでもいう意思表示だろう。しかし演習とは。荷車まで用意して随分な事だ。隠しきれると思っているのだろうか。


 まあ、重要なのはそこではないのだろう。彼らはあくまで白を切る。本当にただ道を誤っただけという事にしたいらしい。


 荷車の中でも改めてやればぼろが出そうだが、それは危険も孕んでいるからしない。


 元々私は連中を無事に返すつもりなどない。おもてなしをしろと、命ぜられているからな。



「魔将軍ココット殿、無礼を承知でお願いしたい。よければ国境へいたる道筋を示してもらえないだろうか」


「隊長!」


「止むを得まい。信じてはもらえんだろうが……」



 部下の叫びを制したらしい隊長が何か話していたが、まあどうでもいい。この問答にもはや意味はない。



「成程了解した。であればご案内しよう……」


「……! ありがたい!」


「と、言いたいところだが」



 してやったりと言った顔の隊長の顔が強張る。



「500人も引き連れて国境間際で行軍演習とは穏やかではない」



 冷たい目を落としたままゆっくりと私は口角を持ち上げていく。



「まるで、()()()()()()()ではないかな?」



 私の言葉に兵士たちは全員が身構える。そして。



「ちっ」



 隊長が、舌打ちをした。


 やっと状況を理解したらしい。こちらは交渉団ではなく、侵入者を排斥に来たのだと。


 隊長が剣を抜き号令をかけた。曰く、迎撃をせよ、と。


 連中の動きはすぐに変わる。森の木々を盾にするようにして散会。隊長の号令では、木々を盾にすれば遮蔽となってドラゴニュートは自分たちに有利な攻撃は行えない。


 確かにそうだ。


 数も向こうが上。まともにやり合っても土地柄故負けることは無いだろうが、こちらも犠牲は出したくない。


 と、私目掛けて何本もの矢が放たれてきた。すかさずクォートラが叩き落すが、切り替えの速さには舌を巻く。



「やれやれ! こちらはまだ手を出していないというのに随分乱暴だな! 宣言のない攻撃は蛮族行為のそれだぞ!」



 だが、正当防衛の理由としては十二分すぎる。


 完全に我らの正当性を証明するに足る蛮行だ。であれば正義はこちらにある。



「クォートラ、合図」



 私の短い命令で、クォートラが大きく吠えた。


 眼下の兵士たちが耳をふさぐほどに。もちろん私は至近距離であるから、耳を思いっきり抑えていたがそれでもいくらか耳がキーンとした。しかめっ面の私を気遣うクォートラの様子に、背中をぽんと叩いて大事無いと伝える。


 さあ、これからだ。おもしろくなるぞ。



 クォートラが吠えて数秒。方向の余韻が消えるころ沈黙が雪に埋もれた森にこだました。


 そして瞬間、どこからか爆音が響いた。兵士たちのどよめきが手に取るようにわかる。だが、まだまだ驚くのは早い。



「なんだ……?」



 異常に気付いた隊長が身構える。しかし構えてもしょうがない。これから諸君を襲う暴威は人の身では絶対に防げない。


 この世界だけではない。科学技術や文明レベルがより進歩したあの世界でさえ防げないものだ。



「雪崩という物は、どの世界でも恐ろしいよなあ」



 瞬間。兵士たちが隠れる森を挟む山の上部から、大地が削れて滑り落ちてくるような錯覚。超規模の雪崩だ。


 白い濁流はあっという間に悲鳴を上げる兵士たちの隠れる森へ到着し飲み込んでいく。縦に伸びていた隊列のちょうど真ん中に雪崩は着弾した。


 左右よりの圧倒的圧力の前には木々など大した防波堤にもならず押し倒され飲み込まれていく。


 雪煙の上がる様を私は上機嫌に眺めていた。


 合図と同時に山の上部に運んだロックボムを刺激し発破。人為的に雪崩を引き起こす作戦。ちゃんと崩れてくれるかは専門家ではないのでわからなかったが、上手くいったようで何より。


 このためにわざわざハーピーの偵察で小国連合兵士たちの進路を割り出し、この渓谷に侵入したところで接触したのだ。



 眼下から混乱の声が響いてくる。



「被害報告! くそっ、何だ今のは! 雪が押し寄せて来た……!」


「隊長! 第3から第6隊まで飲み込まれたようです! 目視確認です! もっと多く犠牲が出ているかと!」


「ちぃい!」


「なっ……隊長! 木々の合間から……敵襲! 魔族です!」



 そうとも。まだこれでは終わらない。


 雪崩による敵軍の摩耗と混乱と同時に、満を持して地上部隊を投入する。混乱した兵などに後れは取るまい。



「敵襲! 敵襲! 魔剣士とオーク多数! ゴブリンもだ! 左右から来る!」



 兵士が叫び剣を向ける先。木々の合間から、強靭な躯体を活かし雪など関係ないように進んでいく魔族達。


 そして、あの二人も。



「やっと出番だ。半分は殺っていいってお嬢は言ってたからな。楽しませてもらうぜ」


「ああっ、この一方的な蹂躙感堪らないですわぁ~! さすがはココット様!」



 ゾフは大斧を担ぎ雪を蹴散らす様に、ツォーネは突撃槍を携え木々を蹴り跳ねるようにして兵士たちに突っ込んでいく。


 その後に起きたことは、ただの殺戮であった。


 白い雪の絨毯が見る間に赤く点々と染まっていく。


 氷菓子にイチゴのシロップを垂らしたようだと私は思う。



 既に小国連合兵士は戦意を喪失気味だ。なんとかまだ指揮官クラスの兵士たちが陣形を組みなおそうと声を張り上げていくが、魔族たちの蹂躙になすすべはない。



「なんだこれは、聞いていないぞ!」


「話が違うぜ! もう帰らせてくれよお!」


「はは、はははは! 向かってこねえのかよ人間ども!」



 兵士たちの泣き叫ぶ中に交じり大斧を振るうゾフは楽しそうだ。全滅でもさせる気なのかという勢いで兵士たちを薙いでいる。


 ツォーネはツォーネで久しぶりの戦場に高揚でもしているのだろうか。実に楽しそうに突撃槍を振るっている。3人ほど串刺しにしたままの突撃槍を私に振って褒めてくれと言わんばかりに見せてくるのは無視しておいた。


 さて、大詰めだ。指揮官クラスは生き残っているな。


 兵士たちはもう完全に逃げの雰囲気だ。なんとか隊長らの指揮で撤退の動きを見せている。



「よし、偉そうな指揮官数人とっ捕まえろ。頃合いだ、残りは逃がせ」



 ゾフが魔族たちに命令を下す。いいタイミングだ。後で誉めてやろう。



「えぇ~、足りませんわ~。ね、下品なハイオーガ? もう少し殺しても……」


「ダメだ馬鹿ヴァンパイア。お嬢に怒られたいなら止めねえがな」


「そ、それは嫌ですわ」



 ゾフと違い、ツォーネには説教だな。


 ツォーネをも窘め、ゾフは周囲を見渡す。魔族たちは次々と指揮官を捕縛している。オークに首根っこを掴まれたり、ゴブリン数匹に押し倒されのしかかられたり、散々だ。行軍兵の隊長も、物足りないと言った顔のツォーネに喉笛に未だ血の滴る突撃槍を付きつけられ、観念したようだ。




 逃げ遂せた兵士たちを見送りながら、私は地上のゾフやツォーネと合流する。着地したクォートラの背から飛び降りた際、しりもちをついたため雪に体の半分を埋めてしまった。


 尻に染み込む雪の冷たさに「ひゃ」と悲鳴を上げ、慌てて服を咥えてくれたクォートラに助け起こされる。


 私の身長ではここの雪は深すぎる。立っても腰下まで埋まる。私は地上に降り立った事を後悔しながら、ツォーネやゾフが捕えた兵士たちの前に立つ。



「さて、諸君。無礼な観光客には相応のもてなしがある。ぜひ君たちには捕虜として望み通り魔族領内を観光してもらおう。もっとも、コースやプランはこちらの取り決めだがな」



 悪戯っぽい顔でそう言ってやると、隊長が私を恐ろしいものを見る目で見てくる。



「貴女は……人間で相違あるまいな……?」



 疑わしいか、私が人間だと。それはうれしい質問だ。ならば私はこう答えよう。



「私は、悪魔と呼ばれていたよ」




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