#38 望む言葉、望まぬ言葉
「いやーお疲れ様」
魔王軍領内、国境付近駐屯所。
起伏のある山岳と深く広大な森林が混ざり合う地帯の中に拓かれたこの駐屯所に、妙に気の抜けた声が響いた。
私は濡れた上着を薪暖炉にて乾かしながら、声の主を見やる。
簡易式に見えるノースリーブの軍服に、ショートスカートという装い。足は完全に鳥のもので、手足や首元にはふわもこの羽毛が覗いている。暖かそうだ。
やる気のなさそうな目と、羽毛と同じ明るい緑色の肩上程で切られた髪が印象的なこのハーピーの少女が国境警備軍の将軍、チックベル。
かつては四天王の軍師ポリニア様に仕えていた将軍らしいが、ポリニア様亡き後は直接戦闘員を辞め、警備隊に就いているとの事だった。また、見た目よりは年を取っているらしい。魔族は長寿だから外見で年齢が判別できないのは知っていたが、見た目はツォーネよりもいくらか幼く見える。
始め会った時は私の容姿と人間であった事に驚いた様子ではあったが、軽妙な性格であったこの将軍は、特段偏見もなく私を招き入れた。話が早くて助かるが、物分かりがいいというよりは私の種族や見た目に興味がないと言った風ではあったが。
最初は適当な性格かと呆れから入ったが、意外と話がわかる。それでいて仕事の話となれば手際もいい。ならば軽妙さは適当なイメージではなく親しみ易さに昇華され、私はすぐに好印象を抱いていた。
そんなチックベルはにへらと笑いながら、捕虜を捕えて駐屯地に帰還した私たちを出迎えていた。
捕囚をチックベルに預け、風邪をひかないようにすぐさま体を温めていると、チックベル配下のハーピーが器用にマグカップを持ってきてくれた。ホットコーヒーのような飲み物だ。受け取る手にじんわりと熱が伝わり何とも言えない幸福感がある。
が、一口飲んですぐに私はしかめっ面をした。
「あはは、ココット将軍は苦いのダメダメだね」
「う゛ぇ......私は甘党でね……悪いが砂糖の類はないかな」
舌を歯の裏にこすりつけ、苦みを緩和しようと悪あがきをしながら砂糖を受け取るとブロックを鷲掴んで無遠慮に投入する。その数に砂糖入れを持って来たハーピーは驚いていた。私にはこれが適量なのだ。
甘ったるいくらいに加糖されたコーヒーをすすり、改めて私は満足し息を吐いた。
「そういうところは子供っぽいんだね」
「これは別に年齢とは関係ないだろう。舌の問題だ」
「あはは、怒った?」
「別に」
揶揄うように笑うチックベルの表情にムッとして見せると、ごめんごめんと謝られる。これでも中身はもう40年も生きた記憶のある精神だ。子ども扱いはあまり好かない。
「苦いのダメなココットちゃんでも、やることは大胆だよねえ。山を崩すなんてさ」
「……私の知識ではああいった地域では雪崩はまず気をつけるべきものだ。恐るべき自然の暴威だからな」
「なるほどねえ。普段空にいるウチらはあんまり意識しないからなあ」
感心したようなチックベルの言葉に、思い付きではあったが、と付け加えて返す。
「なんにせよハーピー部隊の目があったからこそここまで簡単に事が運んだ。協力感謝するよ」
「うんうん。仲間だもんねー。それで、捕囚は?」
「尋問する」
私は両手に持ったマグカップで暖を取りながら答える。
捕えた捕囚は駐屯所の牢屋に放り込んである。一通り暖を取った後向かうつもりだ。今はゾフとツォーネがハーピー達と共に見張っている。
「ま、そうだよねえ。ただ散歩しに来たわけじゃないでしょ。小国連合がいきなり攻めてくる理由も、損得で考えたら意味不明だしねえ」
「大方内部で決断を急いだ連中の勝手か、ファルトマーレとの共謀かだが、なんにせよ聞き出せばいいだけだからな」
一口、甘いコーヒーをすすり十分に体が温まったところで、替えのコートを羽織り直してマグカップをテーブルに置く。
「ではお客様にご利用目的を聞いてくるよ。コーヒーをありがとう」
礼に対して羽を振って答えるチックベルを後目に、私は駐屯所を出る。
入り口で待機していたクォートラが帽子を手渡してくれ、ぎゅっと被ると凍えるような寒さの外へと出て、牢屋へと向かった。
♢
「……という訳で御座います」
捕囚への尋問を終えた私は、チックベルに後を任せ魔王城へ帰還していた。
すぐさまエルクーロ様へ報告にあがり、また茶会に巻き込まれながら顛末を話す。寒い北方で感じた肌寒さがまだ体の芯に残っているような気がして、温かな紅茶が体の内側に染みていく感覚にほうっと蕩ける。
私が時折話の合間に両手で持った大きめのカップでちびちびと紅茶を飲む様子を眺めながら、エルクーロ様は同じくカップ片手に私の報告を聞いていた。
捕囚が話した内容は、おおむね予想通りであった。ファルトマーレに与すると決めた大多数の連合評議会議員が、反対派を押し切りファルトマーレへ派兵。同時に魔族領越境による強行偵察。奇しくも我々が企んでいた囮行軍に近しい目論見とさえとれる動機で行われた越境は、その効果を発揮せずに防ぐことができた。
しかして、越境行為自体は効果を発揮せずとも、純粋な義援派兵によるファルトマーレの兵力増強は無視できないものとなっている。
現にそれでウラガクナ様は戦線を押し下げざるを得ない程の状況を作り出されている。
一連の報告と分析を交えた談話に一区切りがついたころ合いで、エルクーロ様は紅茶を一口飲んだ。
「よくわかった。改めて越境部隊を迅速に排除した事、ご苦労と言っておく」
「恐縮であります」
「尋問を行った指揮官達は?」
「チックベル将軍管轄の下国境駐屯所に拘留中であります。捕囚としての政治的利用価値に鑑み、場合によっては魔王城への移送もすぐに叶うよう取り計らってあります」
捕えた小国連合の兵士諸氏は、なかなか口を割らなかったらどうしてくれようと考えていたが、どうにも作戦には不満があったようで士気は低く、先の戦闘でだいぶ参ったらしいのもあっていくらか脅しをかけたらぺらぺらと喋ってくれた。引き換えに魔族としては安全を保障しておいたというのもあるが、国家より己の命を選択した彼らに非はあるまい。脳みそが複数ある国家で働く手足は大変だな。
と、同情したようなふりをするが実際はただ単に捕虜開放を小国連合が要求してきた場合に政治的有利な条件と共に付き返せるのではないか、というちょっとした思惑があっただけだし、それが自分の評価にでもあわよくばならないかなと画策したのが本音だ。
ツォーネの阿呆程ではないが、評価されるためにはいろいろと考えることがある。そして、上手くできたと思ったことは素直に評価されたいのは当然である。
で、エルクーロ様にさっそく評価をして頂きたい。
当のエルクーロ様は一度頷くと、しっかりと褒めてくれた。
「捕虜を殺さなかったことは高評価だ。後でこちらに護送するようチックベル将軍に連絡しておこう。小国連合がしらを切って捕虜を見捨てるかもしれんが、そうなればそれでやりようはある」
「ありがとう御座います。小国連合が目を瞑ったとしても指揮官クラスの人間の身柄がこちらにある理由をこじつけられるとは思えませんからね。政治的優位は揺るがないかと。小国連合も迂闊をやってくれたものです」
「私は君がその年で政治を理解して軍事行動を行えることに驚くがね」
これは褒められている、であっているだろうか。
とりあえずありがとう御座いますと答えておく。エルクーロ様はやれやれと言った様子でため息をついたが、深くは考えないでおく。
何故なら次にエルクーロ様が発した言葉は私が待ち望んだものだったのだから。
「さて、ここに来て小国連合が本格的に戦争介入してくるのであれば、こちらも行動を起こさねばな」
「っ! ……では」
「囮行軍は前倒す。ココット将軍、準備をしておけ。帰って来て早々だが、10日後に出立してもらう」
来たっ!!
やっと来た。明確な期日! 出立予定日の宣言! 確かなる出陣の証明!
口に出したからには撤回はあり得ない。あとは実行するのみ。
私は思わずにやぁと笑ってしまいかけるが、エルクーロ様の咳払いではっとして表情を正す。
いかんな、最近感情が表に出過ぎる。対談の場では常に平静を、だ。
しかし高揚は抑えきれない。やっと芽が出た。実を結んだ。
とうとう直接的にファルトマーレ内部に浸透できる作戦が動き出すのだ。
「ついてはココット将軍、君に囮行軍の指揮を任せる。……これは魔王様よりの勅命だ」
少し怪訝な顔でそう言うエルクーロ様の表情に何か引っかかるが、頭を下げて承る。
ダメだ。やはり下げた頭に隠れた表情はニヤつきを抑えられない。これは小国連合に感謝しなくてはならない。浅はかな介入で囮行軍が前倒された。戦況としては芳しくないしファルトマーレに圧されているのはまったくもって不快極まりないが、だからこそそれを直接どうにか出来得る作戦にようやくGOサインが出たのだ。
そしてここで私への辞令。魔王様直々とは恐れ入るが、そこまで買って頂けていたとは幸いだ。
頭を上げるとすぐに目が合ったエルクーロ様が、打ち合わせをこのまま行いたいと言ったので了承する。
もとより準備はされていた囮行軍の兵力。それなりに膨れた我が兵力で十分こなせるはず。物資支援やらはエルクーロ様が手配してくれていたという事で話はすんなりまとまりそうだった。
兵力確認、必要物資、行軍ルート。
それらを長い時間にわたってエルクーロ様とすり合わせていく。
あとで3隊長らに展開するものとしてメモをとりながら、エルクーロ様の語る作戦の概要に耳を傾け、また意見は具申していく。
(ああ、慣れ親しんだ打ち合わせ……いざプロジェクトの稼働を夢想しながら練り上げる算段のなんと有意義な事か!)
少し楽しさすら覚えながら決して表情には出すまいと真顔を貫き、打ち合わせは進んでいった。
そして、何杯目かの紅茶が冷めきってしまった頃、ようやく一区切りがついた。軍の作戦の打ち合わせとは中々に難しいものであったが、体験としては有意義だ。
私はひょいと椅子から降りると、礼をした。本日業務は終了だ。3隊長もそれぞれ宿舎に帰しているし下級魔族も同様だ。
私も部屋に戻って休むとしよう。そう考えたのだが。
「ココット将軍、この後予定は?」
はて。エルクーロ様が私を呼び止めた。
きりっとした姿勢で改めてエルクーロ様に向き直る。
「いえ、特には。部下を休ませておりますので、私も部屋に戻ろうかと……御用がございましたか?」
「ふむ、いや、なに」
エルクーロ様は少し言い淀んだ様子だったので、何かと思い首をややかしげる。
「エルクーロ様?」
「ああ、すまない。実は、君を食事に誘おうと思っていた」
「はい?」
私は思わず聞き返し、そしてすぐに体を強張らせた。
『今晩、食事でもどうかな?』
『少し飲みに付き合わないか』
前世で何度か聞いた上司からのこういった誘い。
食事や飲みに労いの意味を求めるものだが、実際は違う。こういった場合、職場では中々話せない腹を割った話の場になるのが常だった。
食事の味など分からず、黙々と腹に詰めながら上司の込み入った話を聞かされた時。
酒の勢いで聞いてはいけないような業務上の話まで聞いてしまい、のちにそのプロジェクトに一枚かむことになってしまった時。
私はそれらに一切いい思い出がない。
それがまさか、ここで。
エルクーロ様から切り出されようとは……!!
「今日は私も元々夜に余暇を頂いていた。君を拾ってから満足に会話をする機会もなかったと思ってな」
エルクーロ様はそう語る。
単純に言葉を交わすという意味なら職務上何度か茶会にて行っているので、そうではないものと考える。とすれば私的な会話であろうが……確かにそういった会話の機会はなかったが、それは必要がなかったからだと思っている。大体魔族の四天王とどう私的な会話をしろと。そんな暇も手間も必要とあれば一考するが優先はできればしたくない。
その理由の一つである「踏み込み過ぎ」を懸念する。評価されるうちに、食事などをダシにして流れで面倒ごとまで押し付けられるところまで来てしまったのかという前世の経験から来る嫌な記憶を想起して私は慄いた。
だが、上司からの誘いは断れないのだ。遺伝子に刻まれた縦社会の記憶が拒否権を奪う。
だから私を真っ直ぐなまなざしで見るエルクーロ様に私が引きつった半笑いで言った言葉は、こうなった。
「いえ、食事の予定はありませんでしたので、是非ご相伴にあずからせて頂きたく思います」




