#36 楽しい食事
ココットがエルクーロに呼ばれていた一方その頃。
魔王城内繁華街。
「非番扱いで自由にしておけと言われたからとりあえず街に繰り出してはきたが」
ゾフが不機嫌そうな声色で言う。
「なんでてめェも来てんだよ」
「あら」
ツォーネはすました顔でクォートラとゾフに並んで歩いていた。
詰所での部隊再編の後、街に繰り出したクォートラとゾフ。そこに普通にツォーネもついてきていた。
何食わぬ顔で漆黒のツインテ―ルを揺らしながら付いてきていた事にゾフが突っ込みを入れると、ツォーネは何てことはないかのように答える。
「ココット様の配下の者が普段何をしているか気になりましたの」
「お呼びじゃねえ。帰れ」
「……まあ待てゾフ。ここはひとつ、姫の顔を立てる為にも我ら配下の親睦を深める時かもしれん」
クォートラが仲介し、場を諫める。クォートラはツォーネをいつまでも毛嫌いしたままでは、その身を引き受けたココットの顔に泥を塗ることになるといち早く考え、気持ちを切り替えようとしていたのだ。
元々ゾフと違い、種族柄の確執などはなく悪い評判のみでツォーネを見ていたクォートラであるからというのもあったが、それにしてもアウタナでココットに対する無礼を働いたツォーネに対し警戒心は持っていた。
だがそれを込みでココットが戦力増強という意味でツォーネを引き抜いたのであれば、その意を酌むのが部下の務めであるとして、クォートラは何も言わずにツォーネを認めようと努めていたのだ。
が、ゾフはそう言った意を酌んだうえで煮え切らない思いがあるらしい。頭を掻きながら、すまし顔のツォーネを睨んでいる。
「クォートラ。お前の言い分は分かるが、でもなァ」
「割り切れゾフ。姫は仰っていただろう。格付けは職務の範疇でつけよ、と。私情は挟むべきではない」
「わかってるよ。だが、コイツ次第だぜ」
ゾフが睨みながらツォーネを顎で指す。ツォーネはふふんと笑い、胸を張って腰に手を当てながら答えた。
「あら、わたくしも同意見ですわ。ココット様に嫌われたくありませんし? どうせ実戦になればおのずと格の違いは判りますもの」
余裕綽々と言った様子にクォートラはため息をついた。何度か太い尻尾で地面を叩き、呆れと少々の苛々を発散する。目の前の、自分たちに比べれば大分小さなヴァンパイアの女は、こと尊大という点に関して想像以上に図太いらしい。息を吸うように出てくる挑発的な言葉に、親睦を深める事の意味をこいつは分かっているのだろうかと疑いたくなる。
ゾフはゾフで、「もう嫌われてるだろ」と小さくつぶやきながら、額に青筋を浮かべつつもなんとか踏みとどまったようだ。
「まあとりあえず、ええと、クォートラ。あなたの言い分ももっともですわ」
「ほう?」
ツォーネは訝しむクォートラに向かい、こほんと軽く咳払いをしたのちギザギザの歯をにいっと見せて笑った。
「ここはひとつ、一緒に食事でもしましょう」
♢
クォートラ、ゾフ、ツォーネの三隊長は、大衆酒場めいた飯屋にて一つのテーブルを囲んでいた。
面倒くさそうなクォートラやゾフと対照的に、そわそわと落ち着かない様子で周囲をしきりに眺めるツォーネ。
「おい、なンだってんだ。そう珍しいもんなんかねえぞ」
「いえ、こういうところに来るのは初めてですの。大分騒々しいのですわね」
「当たり前だろ。もっと上等な店ならまだしも下町の飯屋なんぞこんなもんだ」
「ふぅん」
ツォーネがしきりに周囲を見渡すので、食事が運ばれて来るまでの間向かいに座るクォートラとゾフまでも落ち着かない有様となっていた。
「子供ではないのだ、落ち着いて待て」
「あっ、そ、そうですわね」
慌てて椅子にどっかと座って足を組むツォーネ。クォートラはそれを見て下品だと注意しようとするが、呆れが先に来て何も言わずに頬杖をついた。
やがて料理が運ばれてくる。クォートラとゾフはいつものメニュー。草食魔物の肉ソテー定食。ゾフはそれに加えて人肉グラタンだ。ツォーネはと言うと、メニューに特にこだわりはなかったのかクォートラと同じものを頼んでいた。
食事が始まってから、3人は無言のまま黙々と口を動かした。
が、やがてゾフがちゃっかり注文していた酒ジョッキを一気に飲み干し、ふーっと息を吐いたところで口を開いた。
「おいクソヴァンパイア」
「ツォーネですわ。ツォーネ様と呼んでいいですわよ」
「呼ぶか。ツォーネ、てめえそういやなんだってあんなにお嬢になついたんだ?」
「はい?」
ツォーネは酒を追加注文しながら自分を見るゾフと、未だ食事をつづけながらだが意識は向けているらしいクォートラを交互に見やる。
そして、何だそんな事かとでも言わんばかりにふうと一息ついた。
「ココット様には一目惚れですわ」
「はあ?」
「はじめは外見だけですわ。わたくし可愛い子大好きですし? でもそれはわたくしが組み敷き、全てを奪ってこそ。でもココット様は違う。奪えなかった。だからこそより思いは強くなった。もちろん、それだけではありませんわ」
ツォーネがココットに心酔し始めたのにはきっかけがある。元々女性を好むツォーネだが、あの白い髪に赤い目という珍しく端正で美しい、それでいて儚くも不気味な外見に惹かれたのが最初。だが、それは征服欲であって心酔ではない。心酔のきっかけ、それはかのアウタナでフリクテラ騎士の亡骸に囲まれて笑っていた彼女の様子によるものだった。
人間でありながら魔族を従え、魔族たる自分をも完全に道具扱い。出し抜いたことをさも当然のように振る舞い、無情にも自分への制裁を止めなかったその冷酷さ。そして、その時のあの冷たい目。ぞくりとするような感覚にツォーネは身もだえる。
あれだけ自分に凄まれても顔色を変えない幼女。始めは屈服させたいと思った。しかしあの冷酷な視線に射貫かれて魔王様の制裁を受け、暗く冷たい牢獄で渇く日々の先、再び目の前に現れたココットのなんと麗しく見えた事か。
「あの小さな胸の内に秘めた残酷は、お人形のような愛くるしさとは相反するもの。その歪な在り様にわたくし心底惚れこんでしまいましたの!」
うっとりとナイフとフォークを指揮棒のように振りながら語るツォーネ。
「ココット様は、きっと戦いも心底楽しんでいますわ。あれは人間の幼女なんかじゃない。もっと恐ろしくて素敵な何かですもの」
その様子にクォートラが呟くように言う。
「……姫の残酷さや冷酷さは、全て憎悪によるものだ。楽しんでなど、きっと居られはしない」
「どうでしょう? あの時、戦いの後の死体の野原で踊っていた彼女は、それはそれはおぞましかったですわよ」
その光景はクォートラも見ていた。故に、否定はしきれない。ココットは復讐を楽しんでいる、とは言い切れないが少なくとも人間を殺めた後の彼女は満たされている。だがクォートラの目には、無理やり満たされようとしているように見えてならないのだ。
だからこそ、ツォーネの語るココット像には同意しかねた。共に在ってまだ3か月も経たないが、あの娘はとてもではないが幼女と表現するには違う存在。だがそれでも、実際問題として彼女は幼い。もし復讐の身に駆られて潰れかけてしまうのなら、そうなる前に自分が支えねばならない。
そこまで思って、先日ゾフに言われたことを思い出した。人間に絆され過ぎだ、と。
(俺とて、復讐心のみを燃やし続けて来た筈なのだがな。姫を守るうちに、絆されたと見られてもおかしくはないか。無理やり満たされようとしているのは俺も同じか……)
これではまた何か言われてしまうかもしれんな、と心の中で苦笑しつつ、クォートラは食事を進める。
「兎も角だ。お前ももはや姫の配下。かつてのような振る舞いは抑え、配下らしくしろ。それから、もう少し上品に食え」
その言葉にツォーネは口の端にソースをつけたままギロリとクォートラを睨む。
「小うるさいドラゴニュート。フリクテラでわたくしをその尻尾でブッ飛ばしたの、忘れてませんわよ」
ツォーネの恨めしそうな顔に、ゾフが噴き出した。その拍子にむせたのだろう、胸板を拳で叩いている。ツォーネはゾフを一瞥し舌打ちをした。
「ごほ、ごふっ……はは、やるじゃねェかクォートラ!」
「ハイオーガてめェおい笑い過ぎだぞコラ。めちゃクソに痛かったんだからな」
「おおう悪い悪い。いい酒のつまみ話を感謝するぜ」
「コノヤロウ!」
ツォーネが立ち上がりテーブルの上にダンと片足を乗せた。店内の客の視線が集まったのを感じクォートラがやれやれと言った様子で、ナプキンで口を拭きながらツォーネを睨んだ。
「テーブルに足を乗せるな。俺は将軍閣下をお守りしたに過ぎん。また無礼を働くようであれば、次は尻尾ではすまんぞ」
「ちぃ……わかってますわよ! 無礼なんかしませんわ。あの時とは違い、今やココット様はわたくしの献身相手! 運命の女性なのですわ!」
「ならさっさと座れ。我々の振る舞いはそのまま姫の評価にもなるのだぞ。直接何かをするだけが無礼ではない。嫌われたくないのだろう」
クォートラの言葉にツォーネはうっとたじろぐ。
「それにだツォーネ。我々と違い、貴様は姫の恩情あっての今の立場だという事を忘れるな。何かあれば俺達では貴様の身の安全を保障しかねる」
「う……わ、わかっておりますわ」
ツォーネは一転してしゅんとした様子となり、小さく座りなおすとナプキンで口の端を拭いた後細々とフォークを弄り始める。
「へっ、最初っからそうやっておとなしくしてりゃいいんだよ」
「ぬぐ……」
追い打ちをかけるかのようなゾフの言葉に、ツォーネは悔しそうにしながらも、それ以上は噛みつかずフォークに刺した肉を口に頬張った。
多少の悶着はあれども食事を終えた3人は店の外でそろって伸びをする。道行く魔族達を眺めながら、満腹感に息をつく。
と、そこへかかる幼い声。
「お前たち、ここにいたのか」
見れば、のしのしと歩み寄ってくるオーク……オドの肩に乗っているココットが一向に声を掛けたのだとわかった。
「急用ができてな、探していた。オドの鼻もこういう時は使えるものだ」
「へへ、褒められただ」
オドの腕を足場にして地面に降り立ちながら、ココットは言う。そんな誉め言葉にオドは気を良くしたのかココットを支える腕とは逆の腕で顔を覆った。
そんなオドの表情とは裏腹にココットの表情は冷たく固いものであったから、クォートラは事の次第を予想しすぐさま礼をした。
「姫、急用とは」
クォートラがココットに向かい合い、ゾフとツォーネも左右に並び立ちココットの言葉を待つ。オドも慌ててゾフの隣に立ち、そんな4人を眺めながらココットは口を開く。
「食事は済んだな……喜べ諸君。退屈な非番は中止して楽しいお仕事だ。すぐに支度をしろ。お出迎えに行くぞ」




