本当の、まっさらな、ガチの、マジな、最大の、一番の理由
「さむっ……!」
ファミレスを出た優希は、冬の風に体を震わせた。
「今日は一段と冷えるわね……でも」
駅からはいつもより多くの人が出てきていた。その大半は男女のカップルだった。
「みんな、物好きよね」
そんな彼・彼女たちを見ながら、優希はそう思う。
「……まあ、仕方ないか」
優希にとってはもう「豪華な料理が食べられる」という認識しかない日だが、世間一般の、それこそカップルたちには特別な日なのだろう。
「あいつ、ちゃんとやったかしら」
はあっと両手に息を吹きかけながら、優希は幼なじみと親友のことを思い浮かべる。
「本当、アホな男よね」
駅待合室に到着する。優希は電車が車での間、暖房の近くの席に座り、携帯を開く。
そこには透子と同じく、一将→夏彦と送られきた「俺が彼女に告る理由」の文章画面があった。
「告るならさっさと告れってーの」
優希はぼそりとつぶやく。一応、最後まで読んだが、優希は読んでいる間、終始イライラした。
「まるで言い訳ね」
自信の無さからくる、ムダに長い文章に優希はそう思った。
「……本当、馬鹿よね」
優希は削除ボタンに手を伸ばし、一将の「言い訳」を失くしてやろうとした。
「優希」
画面に影ができる。荒い息遣い、疲れきった声……一将が、目の前にいた。
「……おめでとう、変態おっぱいガン見野郎」
祝福の言葉と皮肉を混ざり合わせ、優希は一将に拍手を送った。
「は? な……なにが……だ?」
今にも膝から崩れ落ちそうなほどだった。とりあえず優希は一将の手を取り、冷たくなった手を温めた。
「…………」
一将の目に生気が戻る。というより、何かに気づいたかのように、じいっと掴まれた手を見た。
「ほら、隣に座りなさいよ」
「あ、ああ……」
そう言われ、一将は優希の隣に座る。
「はい」
カバンの中に入れていた水筒を、優希は渡す。一将はフタを取り、豪快に飲み始める。
「……落ち着いた?」
「ああ。おかげさまでな……」
一将は空になった水筒を優希に返す。優希はそれを受け取り、訊いた。
「そんなに嬉しかったの?」
「ん? ……ああ、まあ、ようやく『分かった』って意味じゃ、嬉しいな」
その割には、一将は淡々と、変な言い方で答えた。
「それはよかったわね。でも、なんでそこまで必死になるのよ? 電話やメールで伝えてくれたらいいのに」
「伝わるわけねえだろ」
呼吸が整った一将は、ハリのある声を出した。
「……」
何か、おかしい。優希は一将の顔を見ていく内に、そう感じ始めた。優希はおそるおそると確認を取った。
「ねえ、透子っちと……上手くいったの?」
「振った」
たった一言、一将はそう答えた。
「……は、はあああああああ!?」
衝撃的すぎる発言に、優希は怒りの声を上げた。
「あんたいったい、何考えてんのよ! 馬鹿? クズ? アホ? 外道? 童貞? ゲロ? カス?」
マシンガンのように、優希はあらゆる暴言を一将に浴びせる。何事かと、他の駅利用者がざわつき始めた。
「あっち着いたら、ちゃんと話す」
人差し指を唇に当て、一将は優希に約束する。
「……覚悟しときなさい」
優希はじろりと一将をにらみつけ、いったん怒りを収めてくれた。
それから二人は同じ電車の、別の車両に乗り込み同じ駅に向かった。
互いに乗車券を駅員に回収してもらい、二人はまた自然と同じ歩幅で歩き出す。
「で、どういうこと?」
近所の公園に到着する。優希はひんやりと冷たいベンチにふんぞり返るように座り、立ったままの一将を見る。もう、寒いという感覚は二人にはなかった。
「どうして振ったの?」
「……好きじゃないから、だ」
飛び上がり、一将をぶん殴ってやりたかった。優希はその衝動をなんとか押さえ込み、一将の言葉の続きを待った。
「夏彦に指摘されて、ようやく気づいたんだけどよ」
一将は文章の中に「好き」といった類の文字を書かなかったことを説明した。
「そんなの、たまたまでしょ。『告る理由』っていうのは、五つもあるんでしょ? つまり『好き』ってことじゃない」
「俺もそう思った。でも、やっぱ違うみたいなんだよ」
「違わない、言い訳でもない」
優希は必死に一将を説得しようとする。それ以上は予想したくなかった。
「文章の中でさ、お前のことを決して名前で書かなかっただろ」
「やめて」
「お前のことを『幼なじみ』って書けば、安心できるって思ったんだ……」
「……やめて」
優希にはもう、怒りはなかった。優希は一将を止めようと立ち上がる。
「でも、できなかった……逆だった」
優希は拳を握りしめ、一将に殴りかかろうとする。
「お前が……『好き』だ」
だが、遅かった。一将はパンパンに膨れ上がった「想い」を、一気に放った。
「……おかしい、でしょ」
弱々しい声を出し、優希はうつむく。
「そんな素振り、見せなかったじゃん……伏線も、何もないじゃない……」
これが漫画や映画なら金を返せレベルなひどいどんでん返し。だがこれは現実だった。
「俺も驚いている。本当、馬鹿だったと思う……でも、最低だけど、愚かだったけど……俺はそれで気づくことができたんだ」
映画を観に行った時、夏休みの図書館、夏祭り、文化祭……一将は優希のちょっとした「優しさ」に触れていく内に、無意識の内にその気持ちが大きくなっていた。
「そんなの……別に深い意味はないわよ。あたしは『幼なじみ』を助けたいって思っただけで……そんな……」
「ありがとう、そういうところも好きだ」
さりげない、二度目の告白。落ち着いた表情の一将と対比して、優希はカーっと顔を赤らめた。
「…………」
優希はしばらく何も言わなかった。いきなりやって来て、いきなり告白されて、すぐに答えられるはずがない。優希の頭はごちゃごちゃになった。
「あたしは……」
声がまともに出ない。忘れていた寒さが今になって肌身に感じる。
「…………」
様々な葛藤が生まれては消え、生まれては消えを繰り返す。優希はその先を答えられなかった。
「……返事はすぐにじゃなくていい」
ずっと黙っていた一将はそう言った。
「いきなりこんな予想外なこと言われたら、俺だって困惑する。ただ、俺の気持ちを知っていてほしかったんだ」
「あ、うん……それは充分に伝わったわ」
すぐに返事をしないでいいと言われ、優希はほっとしてようやく口から声が出せた。
「あ、じゃあ返事はまた……近いうちに」
とりあえずこの場にずっと居続けたらまずい。優希は逃げるように立ち去ろうとした。
「あ、待ってくれ」
それを一将は呼び止める。優希はビクッとしながら、振り向いた。
「な、なに?」
「最後に一つ訊かせてくれ」
一将は前髪を上げ、おでこにできた傷を見せる。入学式のあの日、事故を起こした時にできた傷跡だ。
「『あれ』はお前だったのか?」
「…………そうよ」
観念したように優希は言って、今度こそ立ち去った。
「……なるほどな」
一将は先ほど掴まれた二人の女子の手の感触を思い出す。どちらも同じくらい、温かい、優しい手……だが、やはり違うところがあった。
これが、皆見一将にとって、本当の、まっさらな、ガチの、マジな、最大の、一番の理由となった。
もう少し、続きます




