17.頭を下げなかった貴方が悪いわ
がんっ!ごっ!と重い打撃音が扉を揺らす。外開きのドアを掴んで音が止むのを待つ。1分、2分、3分、5分、10分…
30分たってもう何の物音しない事にようやく気が付いた。
「もう大丈夫か…?」
「なんの音もしないね…」
「もうあれはどこかにいったんじゃないのか?」
そう言いつつも皆不安そうな顔をしたまま扉を離そうとしない。それはそうだろう。このイベントはこれで終わりだと知っている私でさえ扉から手を離せない。それだけの恐怖と存在感があれにはあった。
「いつまでもこうしているわけにはいかない、さっさとここから逃げよう」
「玄関はどうするんだ?」
「最悪窓からでもでられるだろう、なりふり構っていられない」
その言葉にようやっと、皆そろそろと手を離した。全員の手が離れ誰も支えていない扉はそのまま沈黙を保っている。誰ともなく皆が大きく息を吐いた。
「それじゃさっさと外に出よう」
「窓なら食堂にに大きなのがあったよ」
神倉と一乗の声に皆頷くと駆け足で階下に走り出す。玄関を駆け抜け食堂まで駆け込んだ。大東が周りを見回して全員が部屋に入ったことを確認し壁面に2つ並んだ窓に近寄った。
「この窓も開かないみたいだ」
傍目にはアンティーク調の観音開きの窓だが近寄ってみると確かに格子状に入った木枠はガラス自体とは繋がっておらず外と内で一枚ガラスを挟んだ形に成っている。つまりこの窓ははめごろしになっているらしい。
「割ろう」
「いっいいのかな?」
「緊急事態だ、ガラスはあとで弁償しよう」
「これなら割れるんじゃないか?」
大東の言葉に神倉が頷き小振りの胸像を差し出してきたどうやら壁際の飾り棚に飾られていた物のようだ。大東はそれを逆さに握り軽く降って重さを確かめている。
「それで窓を割ると破片が腕に降りかかるんじゃ無いかしら?」
大東が手にしている胸像は重量はありそうだがリーチが無さそうだ、それで窓を割れば下手をすると窓に腕を突っ込む事になるだろう。
「カーテンをかけてからやった方が良いと思うわ」
高級感のある分厚いカーテンならガラスが飛び散るのを防いでくれるだろう。大東は忠告通りカーテンを引くと大きく腕を振りかぶって窓に打ち付けた!
ボウン!
金属がガラスにぶつかるにしては嫌に鈍い音が響いた。大東は胸像を振り上げたまま体の動きを止めている。
そう、彼はまだ胸像をガラスに打ちつけていない。
ボウン!
また鈍い音。例えるのならば体の大きな動物が全身でガラスにぶつかっているような。
「なんの音…?」
私は思わず胸中で舌打ちすると声を張り上げた。
「皆!窓が破られるわ!早く隣の部屋に!」
大神未輪の洩らした疑問に答えるためカーテンを開けようとしていた大東がびくりと手を引っ込め、私達のそばまで後ずさった。窓を注視したまま全員がドア付近までじりじり下がってゆく。壁伝いに後ずさる私の足にぶつかる物があった。
ビキリと窓が撓む音に混じってガラスに亀裂の入る音がする。
次で破られる!!
「駄目だ!開かないぞ!」
羽黒がドアの前で吠える。
「こっちも開かない!」
一乗が廊下方向のドアの前で悲鳴をあげた。
(強制イベント…?)
バキン!
窓が割れた。分厚いカーテンを巻き込んで何か大きな陰が窓から飛び込んできる。カーテンの隙間から荒々しい獣の呼吸が聞こえて来る。その獣は飛び込むと真っ先に大神未輪を目指して突っ込んで来た。
「っ-!」
大神未輪が声に成らない悲鳴を上げる。彼女にぶつかる直前、大東が体当たりをして獣の軌道を変えた。
「大東君!?」
大神未輪が再び悲鳴をあげる。獣ごと食堂に並んだ丸テーブルに大東が突っ込む。
獣が身を起こす、大東は獣が引っ掛けたカーテンに巻き取られている。彼の体にカーテンが巻き取られて獣の姿が露わになる。
灰茶色の逞しい身体のそれは巨大な猪だった、太い胴回り短い四肢、そして顔面からは無数の突起が生えている。
「大東!頭下げて!!」
「ぐえっ」
私が振りかぶった消火器が猪の突起頭に当たる。鈍い打撃音と共に腕に何か柔らかいものを潰すようなぞわりとする感触が掌を襲った。
荒い息をしたまま猪の頭部に消火器を押し付ける、猪が動かないのを確認するとままそのまま消火器から手を離し、片足で踏んづけていた大東を引っ張りあげる。
「大丈夫?」
「背中と鼻が物凄く痛い、君わざと僕を踏んだだろう」
「あのままだと貴方に当たったかもしれないもの、さっさと頭を下げなかった貴方が悪いわ」
「…はぁ、もう良い」
起き上がりながら大東は何故か疲れたような口調で呟いた。
「ところでそれ…もう襲ってこないのか?」
恐る恐るといった感じに神倉がこちらを伺ってくる。猪は倒れ伏したままピクリとも動かない。触って確認する気にはなれないが絶命しているように見えた。
「少なくともすぐには動き出さないだろう、今のうちに-」
「今のうちにどこに逃げりゃあいいんだ?」
割れた窓のそば、外の景色を睨みつけて羽黒が言った。
「ひっ-」
とことこと同じ様に窓に近付いた大神未輪が小さな悲鳴を上げる。窓の向こうには10メートルほど間を開けて森が広がっている。
その森の中に-幾つもの目が此方を見つめていた。




