13.土足でも気にせず人の家に踏み入るのはゲームあるある
朝。
頭の中から統合性の無い夢の欠片がぼろぼろとこぼれ落ちていくのを感じながら目を開けた。薄暗い部屋の中、カーテンのスリットから細い朝日が差し込んでいるのが寝起きの視界に映る。手元の携帯で時間を確認するとまだ日が登ったばかりの時間だった。
目の端に動く人影がある。大神未輪が部屋の中を所在なさげにうろうろとしていた。私はゆっくりと起きあがると彼女に声をかける。
「どうしたの?」
「ひっ!!」
転けた。
ここまで怯えられると流石に傷付く。ひってなんだひって。
そのまま反応を待っていると、ビクビクと起き上がりその場で正座した。ひょっとしてこの図は端から見たら私が無理やり病み上がりの同級生を正座させているように見えないだろうか?見下ろすのも首が痛いので私も座ることにした。毛足の長い絨毯は正座をしても苦にならないし土足でもないので絨毯も大して汚くは無い、玄関ホールにスリッパがまとめて放置されていたから履き替えたがそういえばゲームの中では普通に土足であった様な気がする。土足でも気にせず人の家に踏み入るのはゲームあるあるだから大して気にすることでもないだろうか。
そんなどうでもいい事を考えながら彼女をじっくり見る、まだ顔が青い。
「調子の方はどう?」
「あっ!はいっ!だっ大丈夫です…」
「そう?顔色悪いけど」
「だっ大丈夫です!」
大神未輪が顔をゴシゴシとこすり始めた、そんな事で顔色が良くなるわけではないが少なくとも擦られた頬は赤くなった。赤と青で大変面白い顔だ。このまま見ていても良いがこうやって大声を出していてはそのうちクラスメイト達が起きてしまう。昨日散々醜態を晒した彼女だが、男子生徒もいる中で更に晒すのは可哀想だ。
「私身体がベタベタして気持ち悪いからシャワーでも浴びに行こうと思うのだけれど、貴方も行く?乾燥機にかけた貴方の制服もそのままだと思うし」
そういうと私は必要な物を手に持って、ドアの方へ歩きだす。ドアの前で振り返ると大神未輪はソファの神倉と私をしばし見比べた後、此方へ歩いてきた。恐らく神倉を起こすかどうか迷ったのだろうが、熟睡しているのを見て諦めたようだ。
てくてくと二人連れ立って廊下を歩く。外と面していないため窓の無い廊下は人工の明かりに照らされて明るかった。浴場の前まで行くと斜め後ろを付いてきていた大神未輪に振り返る。
「ランドリーは向こうよ、私はシャワーを浴びてくるけどあなたはどうする?」
「あ、じゃぁえっと…」
「髪洗った方が良いんじゃない?昨日は洗ってはいないんでしょう?」
「あ、はい、そうします」
浴場のドアをゆっくりと開いて辺りを見回す。昨日羽黒と見て回った時のままだ。正確にはその後大神未輪と神倉が出入りしたはずだから寸分違わず同じなはずは無いが、それでも目に見えておかしい所は無かった。
ゲームや映画では水場と言えばゾンビというお約束があるが、何故かこの浴場ではそういったものは一切現れなかったはずだ。ゲームプレイ中ここに初めて来た時はきっとお湯やら棚やらからゾンビが出て来るのだろうなぁと思っていたのだが実際あったのは男子とのイベントだけで非常に肩すかしを食らったのを覚えている。
しかし、ゲームで出ないからと言って現実で出ないとは限らない。独りぼっちフラグを回避するために大神未輪を連れてきたが、よく考えてみれば実際ゾンビが現れたとして彼女が役にたつかというと甚だ疑問である。警戒だけはしておいたほうがいいかもしれない。
互いに沈黙を保ったまま―大神未輪は話かけたいのかどうなのかちらちらとこっちを伺っていたが―、身体を洗って出て来ると丁度脱衣所に神倉が入って来るところだった。
「未輪!ああ、良かった此処に居た」
「千穂ちゃん?」
「起きたら居なかったから探したんだ」
「ごっごめんね、声掛けようとしたんだけど良く寝てたから」
「まぁ、すぐに見つかったから良いけどさ。繕林さん、病み上がりの人間を勝手に連れ出さないでもらえるかい?」
「まるで私が彼女を無理やり連れ出したような口振りね。子供じゃないんだからそんな訳ないでしょう。貴方彼女の保護者か何かなの?」
無理やり連れ出したようなものだけど。
「わたしは繕林さんがお風呂に行くっていうから…制服も取りに行きたかったし…。昨日は身体拭いただけだったから頭も洗いたかったし身体ももう何ともないし、あのっ本当にそれだけで、繕林さんはクリームも貸してくれたし…わっわたしが勝手に付いて来ただけだから…」
神倉はわたわたと喋る大神未輪と私を交互に見比べると溜め息を吐いて彼女をなだめにかかった。
「わかったわかった。未輪が勝手について行っただけなんだな?それで体調ももう良くて、え?クリーム?」
「うん、昨日貰った薬が効いたみたい、ええっとクリームっていうか…」
「これのことよ」
私はポーチから小さな容器を取り出して神倉に放り投げた。受け取った神倉はその容器のロゴマークを顔をしかめた。
「学校の社会科実習でなんでこんなの持ってきてるんだ?」
こんなもの、とはつまりハイブランドの美容クリームだ。いくら私達の学校が上流階級の人間が多くても高校生でこのレベルの化粧品を持ち歩いている人間はそう居ないだろうし、私自身もわざわざ自分で買ったわけではなく、お母様が買っちゃ捨て買っちゃ捨てしていた物から学校に持って行くのに丁度良いサイズを拾っただけである。
「部活終わりに顔を洗ったりするから鞄の中に入れっぱなしにしていただけよ」
因みに私は弓道部に所属している。たちっぱで弓を打つだけであまり激しく動く事のない部活と思いきや、基礎連は普通に走り込みしたり筋トレしたりするし、胴着を着込まないといけないので意外と弓道は汗を良くかくのである。
「これを入れっぱなし…」
神倉は今だ険しい顔でクリームを見つめている。
「貴方も身体洗ってきたら?昨日入れてないでしょう?化粧水を持ってないならそれ貸してあげるし」
神倉は更に眉間に皺を寄せている。恐らく私に借りを作る事と汗を流したい欲求がせめぎ合っているようだ。しばらく思案した後-
「そうだね正直体が汗で気持ち悪かったからお言葉に甘えさせて貰うよ」
欲求が勝ったようだ。




