11.親の話を聞き流す用の自動対応モード
意外な事に調理場の巨大な冷蔵庫には結構な量の食材が入っていた。確かにゲームの中のミニゲームでは多様な食材を合わせて色々な料理を作っていたがこうも現実として目の前に出されると、驚きよりも不気味さの方が沸き立ってくる。なにせこの館の住人はゲーム内でもセイレ一人なのである。
しかし、人間三大欲求には勝てないもので、冷蔵庫の中を見た私の脳は急激に食欲を満たす事を要求するのだった。しょうがないのだ、私達は昼にお寺で精進料理を食べてからこの館にたどり着くまで互いが持ち寄ったお菓子しか食べて無いのだから。
つまり盛大にお腹が鳴った。いや、大丈夫だ。今のは私のでは無い。私の右隣にいた羽黒だ。
「あ、ソーセージある」
「良いわね。持って行きましょう」
左から冷蔵庫を覗き込んでいた一乗も言う。
「お粥と言えば…ネギとか卵なのかな?」
「卵も持って行きましょう」
「委員長って肉食系?」
「肉の嫌いな高校生なんていないでしょう」
「おおー」
羽黒の顔を見返してそう言うと、感じいったように羽黒が声を上げた。
私と羽黒が阿呆な会話をしていると一乗が隣の冷蔵庫を開けながら声をかけてきた。
「こっちは野菜室みたいです。あの…ネギもありましたけどどうします?」
そう言って一乗は立派な長葱を冷蔵庫から取り出して見せた。
というよりも、何故この子は今、敬語だったのだろう。先程まで普通に喋っていたのに。
「そっちはどんなのが入ってんのー?」
「野菜が色々入ってるよ、キュウリとか、ズッキーニとか冬瓜とか」
「瓜に偏りすぎてない?」
ほらやっぱり敬語じゃない!
「えっとどうします?繕林さん、ネギも持って行きますか?」
敬語になった!
もうさすがに分かる、一乗は私にだけ敬語なのだ。大東に対しても普通に喋っていたので委員長だからとかそんな理由ではない。いくら私の学校が上流階級が多く通う学校だとしても同級生に敬語で喋る奴はいない、いや私の周りにいる女生徒は結構お互いに丁寧な口調で喋ってはいるが、あれは良家の子女としての教育の一環のようなものなのでこれとはまた違う。大体、そもそも男子が先輩や先生以外で敬語を使うところを見た事がない。私は、私とクラスメイトとの溝の深さをまざまざと見せつけられて愕然とした。
しかし、ずっと愕然ともしていられない。
愕然としながらも私の顔面は無表情を作り続け、私の口は勝手に一乗と羽黒の会話に相づちをうっている。親の話を聞き流す用の自動対応モードが仕事をしてくれている様だが、この状態だと相手が喋っている事を何一つ覚えていないのでいい加減戻ってこよう。
同級生に敬語を使われているという事実は一時棚置きだ。
二人は今度は調味料を探し始めたらしい。棚を開けて、中に入っていた白い粉が何かと言い合っている。
私も空けたままだった冷蔵庫に視線を戻し、庫内を観察した。どんな物を入れれば良いか。
今世の私はろくに料理をしたことがないが前世の私はどうなのだろう。いや、こんな時こそ前世チートが発揮される場面ではないか?
来い前世知識!前世の私が自活力のある人間でありますように!
―だいたい麺汁を入れればなんとかなるのよ―
私は冷蔵庫の中身に視線を走らせた。麺汁は無い!
私の前世チートは終わった。
今のところまったく前世の記憶が役に立っていない事実に悲しみを覚えながら頭を落ち着かせていく。
さてお粥とはどんな味だっただろうか、食べたことあるはずだがここ近年は風邪等引いた事も無いのでとんと味が思い出せない。別に私が特別丈夫な訳ではない。年の離れた姉が病弱だったのでそれに合わせた生活を送っていたら風邪を引く余地がなかっただけだ。
その証拠に姉と一緒に暮らす前はよく風邪を引いていた気がする。そういえばその頃よく風邪を引けば出されていた物があった気がする。何が入っていただろうか?
確か…豆腐、ワカメ、油揚げ
(あれ、味噌汁じゃない?これ)
ひょっとして私が子供の頃にお粥だと思って食べていたのはネコマンマだったのだろうか…?
これ以上考えるのは止めよう。私はゆっくりと冷蔵庫のドアを閉めた。
「あ、委員長!…なんか一気に疲れた顔してるけど、どしたー?」
「なんでも無いわ」
「あ、あの…それも入れるんですか?」
私は手に持っていた豆腐と味噌をネギと卵の隣に置いた。
「…入れましょう」
「塩も見つからないし、丁度良いんでないー?」
「豆腐とネギと味噌…なんだか」
「味噌汁じゃないわ」
「え?」
「味噌汁じゃないわ」
「あ、はい。そう…ですね」
何故だろう、さらに一乗が脅えだしたような気がする。




