第五章 イーストン・クルスの覚悟
二〇三四年、十月十三日。ゼロの電源が抜かれた日のこと。
ナタリーは自室で一人、泣いていた。イーストンから、ゼロとお別れしなくてはいけないと伝えられてからずっと、ナタリーは部屋に引きこもったままで。
ナタリーは、二週間前にイーストンに言われたことを思い出す。
「ナタリー。お前の病気を治すためには、これからはジェイソンがどうしても必要なんだ。そのためには、ゼロの電源を抜かなくちゃいけない」
「ゼロと……、一緒にいられなくなっちゃうの……?」
「……、そうだ。辛いことだが、ゼロとお別れをしなくちゃいけない。だから、ナタリー。ゼロにちゃんとお別れをしよう。僕たちみんなで」
「……、やだ……。そんなの……、やだ!!」
ナタリーは反発した。
ナタリーにとって、ゼロは大切な友達だったから。三歳の頃からヘブンズガーデンで暮らしていたナタリーには、ゼロは特別な存在であった。
地球で普通に暮らす女の子が、他の子供と遊ぶように、ナタリーはゼロと遊んだ。普通の女の子が、他の男の子に対し、初恋とも表現しきれぬ微かな恋心を抱くように、ナタリーはゼロにそれと似た想いを抱いたりもした。
一週間近く、ナタリーはイーストンとステラに反対し続けていた。ステラからも説得されたが、ナタリーは中々了承しなかった。
しかしある日、ナタリーはステラとゼロのことを話して、その考えを揺らがせた。
「お母さんはゼロが嫌いだから、ゼロにいなくなって欲しいだけなんでしょ!?」
ナタリーが怒ってステラにそう言った時、ナタリーはステラの目から流れた涙を見て、動揺した。
「ナタリー……。私もね、本当はゼロに感謝しているの。私がこんな風に思っているなんて、ゼロが知ったら、きっとゼロは気味悪がるだろうけど……。ゼロがいなかったら、あなたはもっと寂しい生活を送っていたはず。いいえ、あなただけじゃない。私とイーストンも、きっと……」
ナタリーは、ステラとイーストンも悲しんでいることを知った。
「でも、あなたのためにも、これからはジェイソンが必要なの。私とイーストンは、ゼロがいらないから眠らせる訳じゃない。あなたの病気を治して、今度は地球でゼロとみんなで暮らせるように、一旦お別れするの」
そして、ナタリーは一晩中悩み、ついにゼロの電源を抜くことに了承したのであった。
けれど、ゼロに対する負い目は、深くナタリーの胸を痛ませた。だから、ゼロの電源を抜く当日であるその日も、ナタリーはずっと部屋で泣き続けていた。ゼロに会う勇気がなくて。ゼロに嫌われてしまうことも、ゼロが寂しそうにするのを見るのも、ナタリーは恐くて。
「ごめんね……」
何よりナタリーは、自分のためにゼロを眠らせるのだという、罪悪感を強く持っていた。
「ごめんね、ごめんね……。ゼロ……」
ゼロを選んであげられなかったことを、ナタリーはずっと悔やんで。
辛くて、辛くて、どうしようもなくなったナタリーは、イーストンの作業場へと走った。そして、ゼロの予備電源が切れる前に、ナタリーはゼロに精一杯謝った。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。ゼロ、ゼロ……」
最期にゼロがナタリーへと手を伸ばす様が、ナタリーにはゼロが寂しがっているように見えて。頭からずっと、その姿が離れなくて――――
ナタリーはそれ以降、ゼロを眠らせたことを、ずっと後悔しながら生きていくことになったのであった。
イーストンがゼロを温室の奥の倉庫にしまうのを見届けて以来、ナタリーはゼロの姿を見に行くことはなかった。
ゼロのことを思い出さないようにするかのように、ナタリーはステラの言う通りに勉強をするようになった。そして、何時の日か、ナタリーはヘブンズガーデンで行われている実験について知り、自分の運命を知った末――――
ナタリーは人並の人生を手に入れるために、狂気の研究に参加するようになっていった。
◆◆◆
「ゼロ! 早く!」
ゼロはナタリーに呼ばれて、我に返った。
そこは、花畑。ナタリーの大好きな黄色い花が咲く、天国の庭だった。
ゼロは花畑を見渡した。天井も壁も壊れていない。昔のままの花畑がそこにあった。
「お、ゼロ! 来たか!」
ナタリーに連れられて、花畑の中心に置かれた机にまでやって来たゼロを迎えたのは、イーストンとステラ。二人は椅子に座り、紅茶を飲んでいたようだ。
「ああ、あなたも来たの」
ステラが立ち上がり、ゼロに微笑みかけた。
「ねえ、ゼロ。あの天井の花が見える?」
ステラは天井の方を指差し、ゼロがそちらにカメラを向ける。そこには、天井に張られた何本ものワイヤーにぶら下がる、花を咲かせる植物が見えた。
「あれは、私が考えたの。綺麗でしょう?」
得意気に語るステラの話に、イーストンが納得いかなそうな顔で割り込んだ。
「ちなみに、実際にワイヤーを張ったのは僕だ。地面から生えてる植物を、ああやってわざわざワイヤーに巻き付けたのもな」
「ちょっと、余計なこと言わないで」
「余計じゃないだろ!?」
ゼロはライトを青く光らせ、人間が笑っているのと同じ動きをする。ステラとイーストンはゼロのその姿を見て、自分たちが笑われていると理解した。
笑うゼロが、ナタリーの姿が見えないことに気が付く。すると、背中をこんこんと叩く音が聞こえてきて、ゼロは振り向いた。
そこにはナタリーがいて、ナタリーは満面の笑顔でゼロを見上げていた。ゼロがナタリーを不思議そうに見ていると、ナタリーの両隣りに、ステラとイーストンがやってきて――――
「お誕生日、おめでとう! ゼロ!」
ナタリーとイーストンは大きな声で、ステラはいつも通りの声で、そう言った。
ナタリーが後ろ手に隠していた花束を、ゼロに差し出した。黄色の花を集めた花束を、ゼロは呆然と見つめる。
(これは、夢だ)
ゼロには分かってしまった。これは、ただの思い出。幸せだった頃の、遠い昔の思い出に過ぎない。
「ゼロ? どうしたの?」
綺麗な笑顔で、誕生日プレゼントの花束を掲げるこの少女の未来を、ゼロは既に知っている。笑顔でナタリーとゼロに目を向ける、イーストンとステラが遠い未来、どうなってしまうのかも。
でも。
例え、夢であったとしても。ナタリーたちが、将来どうなってしまうのか分かっていても。
ゼロは、幸せだったから。
ナタリーたちの笑顔が、愛おしかったから。
みんなの気持ちを裏切ることなんて、できる訳なくて、ゼロは――――
花束へと、手を伸ばす――――
◆◆◆
宇宙を漂うゼロは、意識を取り戻した。
ゼロの左手には、花束ではなく、ボイスレコーダーがしっかりと握られていた。そしてゼロは、視界にヘブンズガーデンが映ったことに驚いた。
ゼロの体は宇宙空間を漂い、宇宙の彼方へと消えていったはずなのに。ヘブンズガーデンは、まだそう遠くない場所にあるではないか。
どういう訳かと、ゼロが思えば。
花畑の天井に張られていたワイヤーが三本、ゼロの体に引っかかり、ゼロをヘブンズガーデンに繋ぎ止めていたのであった。
(これ以上、自分に何をしろと言うんだ)
何も分からないゼロは、それでも、ヘブンズガーデンに戻ることを決意した。真実に己の全てを否定され、壊れかけたゼロの心は、異常な不安感に包まれていた。
信じる物を失くして、漠然とした恐怖に、再び狂いだしてしまいそうであったけれど。それでもまだ、ゼロはヘブンズガーデンにやり残したことがある気がして。自分がやるべきことが、まだそこにある気がして。
ゼロはボイスレコーダーの底にしまわれたケーブルを伸ばし、ケーブルの先の接続端子を、頭部にある接続口に差し込んだ。その後、ゼロはボイスレコーダーの再生ボタンを押して、胴部の収納ポケットを突出させ、そこに入れた。
それから、ゼロは左手だけでワイヤーを辿り、少しずつ少しずつ、ヘブンズガーデンへ向けて進み始めた。
「現在、二〇四七年、十一月十六日。この、この音声記録は……、このヘブンズガーデンで起こったことと、我々、イーストン・クルスとステラ・クルスの犯行を自供する物だ……」
ボイスレコーダーの再生が始まった。イーストンの声だ。息切れした様子のその声は、イーストンが走っているのだということを想像させる。
「ステラの研究、“宇宙線被曝量が及ぼす、クルス・プロジェリア症候群への影響”という論文は、全てでっちあげだ。宇宙線が大きかろうと、小さかろうと、ナタリーの老化には何の影響も及ぼさない。ナタリーの寿命は、二十代前半が限度のままだ。四年前から、地球から問題点を指摘する通信も届いている。その後、ナタリーによって、補給船や通信手段等の地球との繋がりを潰されてしまった……」
ゼロはワイヤーを掴む左手で体を引き、手を離して、慣性のままに体を前方に漂わせ、またワイヤーを掴む。ゼロは少しずつ、ヘブンズガーデンへと近づいて行く。
「クルス・プロジェリア症候群の治療研究と、“無重量状態下での動物の正常な発生”という、今後の人類の宇宙進出に向けたプロジェクトを支援する研究を引き受けることで、僕たちはこのヘブンズガーデンを手に入れた。ナタリーの寿命が伸びるという、最もらしい嘘をそこに加えて、誰からも疑問を持たれないようにしたんだ。全て、この監視の目がない宇宙で、僕たちの本当の目的を果たすためだ」
話の合間に、イーストンの悲鳴が混じる。ゼロはボイスレコーダーが拾った周囲の音を聞いて、イーストンは火事が起きている中を走っているのだと気付いた。
「僕たちは、クルス・プロジェリア症候群の治療法が見つかるまでに、ナタリーの寿命が尽きると予想した。今のままでは、ナタリーが二十歳どころか、三十歳になっても治療法は見つからないと、そう思った。だから、僕たちはある計画を立てた。ナタリーを救うためには、それしかないと信じて……」
オリジンは、ゼロが眠ってから十三年が経ったと言っていた。
なら、今は二〇四七年。オリジンは彼女自身が言っていた通り、二十歳になったのだろう。
「その計画は、このヘブンズガーデンでナタリーのクローンを製作し、そのクローンから脳を取り出し、そこにナタリー本人の脳を移植するというものだ。クルス・プロジェリア症候群は、染色体の突然変異を原因とする病気だ。突然変異を起こさなかったクローンの体にナタリーの脳を移すことで、ナタリーは健常な体を手に入れることができる」
ゼロは、ステラの第一研究室で見た書類を思い出した。
“脳移植の成功検体と、その経過”。
そう書かれた書類があったあの研究室で飼われていた動物たちは、やはり脳移植の実験に使われていたのだ。
「だが、この計画には当然、多くの問題がある。人体クローンの製作は世界各地で禁じられているし、脳移植もクローン製作と同じく、命を弄ぶ残酷な行為だ。地球でこの研究を行えば、いずれは見つかり、捕まってしまっただろう。僕たちのしたことは、限りなく罪深いことであると、自覚しているよ。地球に戻ったら、罪を償うつもりだ。僕の命一つで、償いきれるかは分からないが……」
SSSをすり抜け、ヘブンズガーデンの花畑へと戻ったゼロは、イーストンの自供に胸を痛めていた。イーストンとステラがしていたことが、どれだけ罪深いことか、ゼロにも理解できた。
しかし、ゼロはステラが思い悩む姿を、それとは知らずにも見てきたのだ。イーストンも表には出さずとも、ずっと胸に暗い感情を抱えてきたのだろう。
「研究を進めるに連れ、ステラは精神に異常を来たしてしまった。いつしかステラは、夢遊病患者のように歩き回るようになり、自分を蔑むような落書きをし始めた。そして、ステラは三年前に、罪の意識に囚われて自害してしまった。ステラの苦悩は、当然の事だったんだろう。クローンとナタリーの脳を実際に移植する前の段階として、脳を移植した時にナタリーの記憶が正常に保たれるかどうかを調べる必要があった。つまり、ナタリーの記憶を持たせたクローンを複数作り、試しに脳を移植してみるという実験を行ったんだ」
ゼロは花畑から、這いずりながらも廊下に出た。このまま脱出艇に乗る訳にはいかない。まだ、ゼロにはやることがある。
「身の毛もよだつ話だが、僕らはそれをやってしまった。そして、僕たちは数々の失敗個体を生み出してしまった。失敗個体はみんな異常な精神状態に陥り、泣きわめいたり、怒り散らしたり、機械のように静かに自害を図ったりした。ナタリーの声で、ナタリーの姿で。そんな光景を目にしても、ステラが死んだ後も、僕はナタリーと共に実験を繰り返してきた。ナタリーが成長するにつれて、ナタリーは僕たちが何の実験をしているのか疑うようになり、遂には真実を知られてしまったんだ。ステラの努力を無駄にしないよう、研究に没頭し始めたナタリーを止められなかった自分が、心底情けないよ……」
ゼロは居住区の地下にある、イーストンの作業場を目指した。キッチンを抜け、スロープを降りて、ジェイソンやダッドに出くわさないことを祈りつつ。
「これから、僕はナタリーに実験を止めるよう説得するつもりだ。ナタリーは極めて猟奇的な実験をしている。自分と同じ姿と記憶を持つ人間を作り、脳を弄っては壊し、失敗個体が出ると髪を抜き、顔を焼いて、遊びかのようにヘブンズガーデンの温室内に放っている。これ以上実験を続ければ、ナタリーは命よりも大切な物を失くしてしまうに違いない。いや……、もう、手遅れかもしれない。現に、僕は見てしまったんだ。ナタリーが新たに作ったクローン。あれは、身も心も七歳の頃のナタリーだった。クローンに移した記憶のデータを調べて、それが分かった。あれを見て、僕はナタリーを止めることを決めたんだ。もはや、ナタリーは生き物を弄ぶ怪物になってしまった。命が助かっても、心が殺人鬼になってしまっては意味がない。地球に戻っても、普通の人生を送ることはできないだろう。父親として、僕は娘を止めなくてはならない」
ゼロの知らぬうちに、あのイーストンがここまで追いつめられていたのだ。ゼロは胸に湧き上がる悲しさを、這いずってでも前に進む力へ変える。
「僕は結局、ナタリーを救えなかった……。ステラの遺志まで無駄にして、僕はこれまでしてきたことを投げ捨てようとしている。狂ったまま生きるのが良いのか、狂ったから殺すのが良いのか。どちらがナタリーのためなのか、僕にも正直、分からないんだ……」
今、ジェイソンは恐らく、逃げたナタリーを追っているのだろう。ゼロは妨害に会うことなく、イーストンの作業場へ辿り着くことができた。
「このヘブンズガーデンには、計画が遂行された後、実験の痕跡を消すための爆弾が仕掛けてある。さっき、ナタリーはその一部を起爆させたようだ。お蔭で、僕は火の中を走るはめになっている訳なんだが……。しかし、正直、そろそろ限界だ……。しかも、ずっとジェイソンが僕を追ってきている」
イーストンの声から、力が失われていくのが分かる。
ゼロは作業場の灯りを点け、かつてここで、ゼロの整備をしてくれたイーストンの姿を思い出していた。
「僕は今、ゼロの下に向かっている。ナタリーを止めるには、彼の力が必要だ。ナタリーも、ゼロが傍にいてくれれば、話を聞いてくれるかもしれない。ゼロとジェイソンは、僕の作った護衛ロボット。そして、手術の技術に乏しい僕やステラの代わりに、脳移植を行うためのロボットだった。ヘブンズガーデンを作る際、手術室に脳移植用の機械を導入しようとしたが、大規模なその機械は、世間に僕らの本来の目的を勘付かれてしまう可能性があった。だから、護衛ロボットを試作運用するという名目で、僕はどんな手術もできるような、器用な手先を持つロボットを作ったんだ」
ゼロが作られた本当の目的は、護衛を行うためではなかったのだ。
イーストンとステラは、正確な手術を代わりに行ってくれるロボットとして、ゼロとジェイソンを作ったのであった。
イーストンがゼロに、“どうしてもジェイソンが必要だ”と言った理由が分かった気がした。感情のあるゼロに、クローンであるとはいえど、ナタリーを殺すような真似ができるとは、ゼロ自身、到底思えなかった。
「ジェイソンや監視カメラが記録した映像をいくつか、それと研究資料をいくつか持ち出してきた。ジェイソンが追ってきていたから時間がなくて、極一部しか持ってこられなかったが、どれも僕たちのしてきたことの証拠だ。映像の方はメモリーカードにコピーした時、自動で暗号化されてしまったままだが、ゼロならこの暗号も解けるはずだ」
その時、ゼロは察してしまった。
ナタリーと倉庫から出たばかりの頃に見つけた、あの焼死体の正体を。
「ゼロ……。今では、お前のことが懐かしいよ……。お前を眠らせたのは、お前なら絶対に、僕たちの計画に反対すると分かっていたからでもあるんだ。ゼロ……。誰も遊び相手のいないナタリーのために作った、僕の夢のロボット。感情の薄いジェイソンと違って、お前は想像以上に、ナタリーや僕たちに幸せな時間をくれた。ナタリーにとって、ゼロ、お前は何よりも大切な存在なんだ。僕たち両親よりも、ずっと――――」
イーストンの話が途切れ、激しい雑音が混じる。イーストンの背後に迫る音が聞こえてきた。
「ゼロ……。どうか、どうか、ナタリーを止めてやってくれ……。ナタリーはずっと後悔してるんだ。あの時、お前を選ばなかったことを。僕は信じてる。お前は、あの時ナタリーを恨んでなんかいなかったんだろう? それを、どうか、ナタリーに伝えてやってくれ。ナタリーに、思い出させてやってくれ……」
重たい鋼鉄の足音が、イーストンに追い付いて。
ジェイソンがイーストンに追い付いて、イーストンの最期が訪れる。
「お前と一緒にいたあの頃を。楽しかった、あの頃を――――」
そして、ボイスレコーダーはノイズを放ち。
イーストンの声が聞こえてくることは、もうなかった。
イーストンの作業場を這いずるゼロは、とある物を探していた。
それは、スペアの各部パーツである。両足と右腕を失った今、この作業場にゼロのパーツが残っていることを願うしかない。
作業場を這いずり、微かな希望を探すゼロは、修理に必要な道具を集めながら、作業場の奥にある倉庫へと入った。もはや僅かな望みすら失いかけたゼロは、そこで最後の希望を見つけることとなる。
倉庫には、ゼロのスペアパーツが一式、壁に取り付けられた台に吊るされていた。両手両足に、胴部まで、綺麗に整備されたパーツが残されていた。
(イーストンだ)
ゼロは、作業場でゼロの予備パーツを整備しているイーストンの様を幻視した。
左腕を伸ばして、なんとか右腕のスペアを手に取ったゼロは、さらにその隣の棚にしまわれた物を見つけた。
電源装置である。電源装置は個別に箱にしまわれているようで、そのうちの二つが開けられていて、片方には電源装置が投げやりに詰め込まれていた。一つは、ナタリーがオリジンから逃げ、ゼロを起こしに来るときに開けた物だろう。そして、もう一つは、イーストンが。ジェイソンに殺された時、イーストンが持ってきた電源装置はジェイソンに回収され、ここに再び入れられたのだ。
綺麗に磨かれたスペアパーツを見て、ゼロはイーストンに感謝した。イーストンがゼロの電源を抜く時に言っていたことは、本当のことだったのだ。
イーストンは、またゼロと会える日を、ずっと待っていた。
早速、壊れた右腕と両足を接続部から外し、ゼロはスペアパーツの取り付けにかかった。スペアパーツにも武装は取りつけられていなかったが、ゼロは作業場で見つけた電動鋸の刃と装置を見つけ、持ってきていた。無理矢理にでも取り付けるつもりだ。
体を修復するゼロは、メモリーカードの四つ目と五つ目の動画ファイルの暗号化が解除し終えているのに気が付き、それを再生しながら修復作業を行うことにした。
◆◆◆
四つ目の動画ファイル。
ジェイソンの映像記録らしいそれは、オリジンとイーストンの会話の様子を映したものだった。日付は、二〇四四年、十月二十七日。
場所は居住区のキッチンらしく、その頃には既にダッドの処刑が行われていたらしい。オリジンの隣には、虚ろな目をしたナタリーのクローンが膝をついていた。
当時、十七歳であろうオリジンの外見は、すでに全身に皺が見え、十代の体とは思えぬ老いが見て取れた。
「私は、この研究を完成させる。絶対に」
「ナタリー……。だが、この研究はもう、止めるべきだ……」
恐々としたイーストンの様子が、その頃のオリジンが既に狂気に染まりつつあったことを、ゼロに想像させた。
「なら、なら! 私はどうすればいいの!? このままこの何もない宇宙で、ただ死ぬのを待てって言うの!?」
改造されていると思しきコンロは、本来なら在り得ない火力で、高く火を上げている。ジェイソンがその火の中に入っていた鉄仮面を、火箸で取り出した。
「私はまだ死にたくない!! 他の女の子みたいに、もっといろんなことをして遊びたいのに!! ロサンゼルスや日本にだって行ってみたい! いろんな物を食べて! 他の子みたいに、恋愛だってしたい! 私だけ、こんな所で、こんなに早く死ぬなんて嫌!!」
オリジンがジェイソンから火箸を引っ手繰り、ナタリーのクローンの顔に、乱暴に鉄仮面を押し付けた。
「止めろ! 止めろ、ナタリー!!」
空気を引き裂くような悲鳴が上がる。クローンの顔が焼け爛れていく音が、ゼロの心に気持ち悪さを呼び起こした。
「ゼロを捨てて、ステラも死んだ!! 私はもう、昔のようにはいられない! だったら、最後までやるしかないでしょう!?」
「ナタリー……、お前……」
苦しみの余り、床でのたうつクローンを踏みつけるオリジンの顔には、笑みが浮かんでいた。
「失敗作は処分しなきゃ……。私と同じ姿をしていられると、気持ち悪いの。こうして放し飼いにしてあげれば、楽しいでしょう? 他に楽しみなんて、何もないんだから……」
そう言った後、オリジンがジェイソンに何かを命じた。すると、ジェイソンはクローンの頭を掴み、クローンの髪の毛を力任せに全て引き抜いた。
「ナタリー……。もう、もう……、止めてくれ……」
「駄目。イーストン。元はと言えば、あなたとステラが悪いの。だから、あなたに逆らう権利はない。それに……、私には、ジェイソンがいる。この、優秀な護衛が」
オリジンがイーストンに手渡したのは、目の部分に穴が開いたずだ袋。イーストンはそれを受け取り、諦めたように、クローンにずだ袋を被せ、ずだ袋の口を首元に紐で縛った。
「後戻りはできない。私がゼロではなく、ジェイソンを選んだあの時から……」
最後に、ダッドと化したクローンの血走った目が、ずだ袋の穴から覗くのを映して、四つ目の動画は終わった。
◆◆◆
残されたのは、最後の動画。日付は、二〇四七年、十一月十六日。あのボイスレコーダーに録音された、イーストンの音声記録と同じ日付。
ゼロは最後まで真実を知るため、その動画を再生した。
◆◆◆
オリジンとイーストンの会話を映す、監視カメラの映像記録であるようだ。
そこは、ゼロの知らない場所だった。薄暗い部屋に、いくつも培養装置が並ぶ景色は、どうやら研究室らしい。第一研究室とも違う。そこは、居住区の隣にある、ステラの第二研究室らしかった。
床にはダッドが一人うずくまっており、その横に立つオリジンの手には、金槌が握られている。
「ナタリー……。本当に、もう、これで終わりにしよう」
イーストンとオリジン、そしてジェイソンの向こうに映っているのは、培養装置の中に浮かぶ、七歳のナタリーの姿。
「終わりにする……? 何を? 終わらせることなんてない。やらなくてはいけないことがあるだけ」
オリジンは苛立たしげに、イーストンを睨んだ。
イーストンは気丈に、老いた顔をオリジンに向けていた。
「ナタリー。お前には、本当に申し訳ないと思っているよ……。僕たちが不甲斐ないばかりに、こんなことになってしまった……」
「止めて!! もうたくさん!! あなたたちの身勝手な言い訳なんて、聞きたくない!!」
オリジンに反応し、ジェイソンがイーストンへと前進する。ジェイソンを前にしても尚、イーストンの眼差しはオリジンから決して逸らされず、決意に満ちていた。
「聞いてくれ、ナタリー。僕とステラは、お前のためならどんな残酷なことでもやり遂げられると、そう思っていた。例え、罪に問われて裁かれようと、お前が無事ならそれで構わないと、そう決めてこのヘブンズガーデンを作ったんだ」
「なら、最後まで黙っていて! あなたも今更になって、ステラみたいに考えを変えたの!?」
「……、そうだ。僕は、これ以上研究を続けてはいけないと分かったんだ。成功例がでたとはいえ、まだ脳移植が確実に成功する保証はない。まだまだ時間がかかるんだ。これから更に、たくさんの犠牲を出さなくちゃいけない」
「イーストン……! あなたは……!!」
「お前も、初めはゼロやステラの気持ちを無駄にしたくないと思っていたんだろう? ゼロを眠らせたことにも、ステラが死んだことにも、お前は深く後悔していた。けど、今はもう違う」
イーストンはポケットから小型のタブレットコンピューターを取り出し、画面に手を当てた。
「今のお前は、人体実験と虐待を楽しんでいるだけの殺人鬼だ。お前は長い実験の繰り返しの中で、変わってしまった。ステラのように罪悪感に押し潰される訳でもなく、“実験のため”という名目で、人を痛めつけて自分を保つようになってしまった」
「クローンは私自身! 私が私をどう使おうと、私の勝手! 分かったような口を聞かないで! 誰のせいで、こんな……!」
「全て、僕の責任だ。お前がそんな風に育ってしまったのは、親である僕の責任だ。だから、罪を償うのも僕だけでいい。地球へ戻ろう、ナタリー。地球へ戻って、お前の残りの人生を過ごすんだ。お前の人生を見届けたら、僕は世間に罪を告白する。そうして、僕が罰を全て引き受けよう」
「そんなこと……、出来る訳ないでしょう……!? 私のこの姿を見て、みんなおかしく思うに決まっている……! 私は四十代まで生きられると、あなたたちは嘘を吐いているのに……。騒がれないはずがないでしょう……!?」
「隠れて暮らすんだ。誰にも知られずに、ゆっくりと遊んで暮らそう。映画を観たり、美味しい物を食べたり、綺麗な景色を見に行こう。お前の行きたがってた日本にだって行こう。ナタリー。今までできなかった分、お前は好きなだけ遊んでいいんだぞ」
イーストンの声も表情も、全てが慈愛に満ちていた。かつてのはつらつとした見た目は失われ、老いと疲れが刻まれてしまったイーストン。ゼロはイーストンの決断と、その行く末に胸を痛めた。
目を閉じたオリジンは、しばらくの間、押し黙っていた。
地球に戻り、穏やかに余生を過ごすのか。
ヘブンズガーデンに残り、彼女が望む人生を手に入れるために、狂った研究を続けるのか。
しかし。結果は、現在の惨状が示す通り。
「……、嫌」
オリジンは――――
「そんなの嫌! このまま死ぬなんて、絶対に嫌!! 私はこんな体じゃない、普通の女の子の体が欲しい!! 恋だってしたことないのに、こんな皺だらけの姿で、誰が私を好きになってくれるの!? 私は他の人と同じように生きたい! もっといろんなことをしてみたい! 年寄りみたいに余生を過ごすなんて、私は嫌なの!!」
オリジンは喚いた。子供のように、怒りのままに喚き散らした。
そして、オリジンはジェイソンに命じる。
「ジェイソン! イーストンを殺しなさい!!」
ジェイソンが動きだす直前、イーストンはタブレットに当てていた指を滑らせた。直後、強烈な振動がヘブンズガーデンを揺らし、壁に掴まったイーストン以外の、その場にいた全員が体勢を崩した。
激しく揺れる監視カメラの映像の中、イーストンは研究室から逃げ出していく。ジェイソンはイーストンを追って外に出て、床にうずくまっていたダッドは恐怖で暴れ出していた。
警告音が響く中、オリジンは机から落ちたパソコンを拾い、ヘブンズガーデンの状況を調べた。
「花畑の天井が崩れている……。イーストン……。爆弾を持ち出したの……? そう……。そちらがその気なら、私も爆弾を使ってあげる……」
オリジンがパソコンを操作し、ヘブンズガーデンに仕掛けられた爆弾のいくつかを起動させたのだろう。間隔を空けて、更に激しい揺れが起こり、監視カメラの映像にノイズが走り始めた。
暴れるダッドを、オリジンが痛めつけているのが見えた。そして、更にノイズが激しくなっていく映像は――――
最後に、振動で倒れた培養装置の中から、ナタリーが這い出てくるのを映して。
遂に、最後の動画ファイルも終わりを迎えたのであった。
◆◆◆
両腕と両足の修理を終えたゼロは、立ち上がり、各部の状態を確かめた。
右腕には電動鋸が、ネジと板金で強引に取りつけられている。電動鋸はジェイソン用に形を変えられており、ゼロの腕にはそのままでは取りつけられなかったからだ。電動鋸の配線を、腕の配線と繋ぎ合わせることで、無理矢理ゼロの意志で動かせるように改造したのである。
両足の裏には、本来ゼロにも取りつけられていた、ローラーエンジンが備わっている。それは、普段は足の内部に収納されているローラーを外に出し、そのローラーをエンジンで回転させることで、ローラースケートのようにして、急速な移動をすることができる装置だ。
パーツを取り換えるだけでいい手足と違い、全体を取り換える必要がある胴部の修理は、配線を繋ぎなおすだけの簡単な処置しか行えなかった。
体が動かせるようになったゼロは、様々な人に想いを巡らせた。
クローンのナタリーのこと。オリジンのこと。そして、死んでしまったイーストンとステラのことを。
宇宙空間からヘブンズガーデンへ戻っていく間も、体を修理しながら映像を見ている間も、ゼロは誰を助ければ良いのか、ずっと考えていた。
ナタリー・クルスを守ること。それが、ゼロの存在意義。ゼロの精神の根幹。
サーバントやダッド、そしてオリジンがナタリーであったことを知った時、ゼロの精神は揺らぎ、壊れる寸前にまで追いつめられた。
しかし、ゼロは立ち直った。未だ、時折、精神が異常な絶望感に襲われることはあれど、ゼロはこうして思考できている。
何故なら、ゼロの心には、一つの希望が残っていたのである。
“お願い……”
ナタリーがオリジンに掴まった時、ナタリーがゼロに向けて言った一言が。
“助けて……、ゼロ……”
ゼロの心の中で、何度も何度も、彼を支えてくれていたのだ。
そして、ステラとイーストンの無念を知った今、ゼロはこれから何をするべきか、理解した。
“みんなと同じように産んであげられなくて、ごめんね……。ナタリー”
“ナタリーに、思い出させてやってくれ……。お前と一緒にいたあの頃を。楽しかった、あの頃を――――”
それは、ゼロがゼロとして、生きる意味。ゼロは、己で見つけた答えを、己に命じた。
(――――“ナタリー・クルス”を、救え)
ゼロは電動鋸を高く掲げ、その刃を駆動させた。
ゼロの心は、次第に落ち着いて行く。崩壊しかけたゼロの精神は、強き意志と共に、信じる道を踏み出した。
“後戻りはできない。私がゼロではなく、ジェイソンを選んだあの時から……”
ジェイソンを打ち倒し、己の意志を果たすことを、ゼロはヘブンズガーデンの思い出に誓った。




