六(※)
◇◇◇◇◇
それは山道であった、別のお話。彼ら彼女らに遭遇する前のお話。
「おー、雲がすっかり晴れて星がよく見えんな、空気が澄んでて気持ちいいわ」
「澄んでる越して涼しすぎて寒い」
「そりゃ、スズがそんなひらひら半袖一枚だからだろ、おれは暖かいけど」
「それはヒヅキが毛皮だからだもん。全身もこもこでずるい、羨ましい」
「本当にそう思うか」
「やっぱり思わない」
暗い山道をのんびり歩く二つの影。一人は艶やかな栗色したロングヘアの小柄な少女、そしてもう一人、いや一匹と言うべきだろう――ふさふさもこもこのタヌキのような獣である。
「…………」
「…………」
ほーほー。
どちらも言葉も発することなくなった、沈黙だけの中でフクロウの声が木霊する。
「……スズ、やんないからな」
「まだ何もいってないよ」
少女、スズが眠そうな瞳を向けて返す言葉に、ふっと口元を歪めて獣――ヒヅキは笑った。ちょっとかっこつけて笑ったようだが、全然様になっていないのが悲しいところである。
「いーや、俺には分かる。お前、俺を首に巻けないかなーとか、抱っこで湯たんぽ代わりにでもしようかなーと考えてるだろ! この前だって、寝てる間に抱っこされてた俺の気持ちわかるか?! この俺が抱っこだなんてやってられっか!」
先程までかっこよく笑んでいた(つもり)の表情はすぐさま消え、だんだんと悔し気に地団駄踏むヒヅキにスズは微笑んだ。それはもう、満面の笑みだ。
「ヒヅキがあったかくて、気持ちいいから仕方ない」
「俺は気持ちよくない、最悪だったさ! よりにもよって、同い年の女に抱っこだと?! 男が廃るわ!」
「……タヌキだからいいと思うよ」
「タヌキじゃないっていってんだろ!? クレノアケボシネコっていうな、立派な特別な獣だ。タヌキちがーう、クレノー」
「ネコでもタヌキでもどっちでもいいや。うん、やっぱりあったかいし抱っこしたいからするね」
「いぃぃやぁぁぁだぁぁ!」
抵抗しようとも、所詮、少女と一匹の猫である。体格差は歴然、ぐったりとした様子でギリギリ抱っこを免れ右肩に乗る猫――ヒヅキに、スズはニコニコとご満悦である。
「うん、やっぱはじめからこうしてればよかった、ヒヅキはあったかい」
「……俺の、俺の心は闇に閉ざされた」
「うん、寝てていいよ」
「いいわけあるかぁぁ! ちくしょぉぉぉ!」
「ヒヅキは心が狭いよ、男なら懐広く毛皮を広く広げて、女の子をあたためる器量を持たないと」
「毛皮って言ったよな? 毛皮って言ったよな?! 毛皮=俺、首に巻く=俺ってなんだよ、巻くならもっとこう」
ぎゃんぎゃんと横で喚くヒヅキを無視して、スズは夜空を見上げた。
鈍い銀の星々がキラキラと輝く、どこまでも澄んだ濃紺。不思議な夜だ、先ほどで曇っていたというのに、あっという間に雷と雨が降ったかと思うと、十分も経たないうちに、綺麗な夜空となった。
その理由がきっと、どこかにある。ふと、なにか空気が揺れたのを感じ、森の先をじっと見つめる。きらきら、青い光が揺れ動く。
「……凄い、大きくていっぱいの人が巻けそう」
「あぁ!? だから巻け」
「でも、もしヒヅキだけ巻かれたら、死んじゃうね、あれ」
「はっ、あれって何言って……なんだよあれ!」
ふわり。
それは山肌をさらりさらり滑るように、木々の間を流れる様に跳んでいる大蛇だった。
「……バカルカやじじいがいってた雷の正体、山の異変ってあれか?」
「かもしれない、ヒヅキ、ヒヅキ、巻いたらあったかいかな?」
「あったかいどころか息苦しくて死ぬわ!」




