五
『おぉ、あれはなんだね? 主殿。何やらあちらを猛突進している獣がいるが』
「え? あ、あれは何でしょう、凄い勢いで走ってますね! 猪とかかな?」
それは、おかしなくらい和やかに、一人の少女と一匹の大蛇が和気藹々と会話を繰り広げていた。
『ふむ、イノシシ? というのか。では、あれはなんだね? 空をキラキラ綺麗に彩る』
「星ですね! さっきまで曇ってたのに、すっかり晴れて綺麗によく見えますね。こちらの空は星座とかあるのかな? あ、星座というのはですね、星と星をつないで見えるソラの絵というかそれには神話もあって……そうだキョウリさん、こちらにも星座ありますか?」
『主殿は物知りなのだな。あぁ、こんなにも可愛いお嬢さんだというだけでも出てきたかいがあったというものなのに、優しいだけでなく色々親身に教えてくれるのだから最高の主だ! ありがとう、主殿』
「そんなこと! 私が本当に主といえるかわかりませんが、こちらこそ助けていただいて有難うございます、セラさん! あ、あの、主は堅苦しいので名前で、小夜でよいですよ」
『そうだろうか? では、小夜殿。と、その青年は』
「キョウリさんです、セラさんが入っていた短剣を持っていた方なんですよ」
『そうなのか、しかし我は小夜殿に呼ばれたからな。主は小夜殿だ』
「そ、それは呼んだというのも」
『おぉ、小夜殿! 今、何か木々の合間を光る何かが飛んで行ったぞ』
「えっ、なんでしょう?! ね、キョウリさん!」
「……」
先程からぽんぽんと弾む会話に、キョウリは眉間にしわを寄せる。
自分たちを乗せて山肌を流れる様にいく大蛇とその上に座る少女は、まるで先の戦闘など忘れたように、ほのぼのとした雰囲気だ。
何とも緊張感のかけらもない。少女――小夜は、大蛇のセラとの会話に声を弾ませて、心から楽しんでいるようだが、普通にこの状況がおかしいと思わないのだろうか。
キョウリが小さくため息つくと、セラがちらりと振り返りぎょろりと大きな紫紺の瞳をキョウリへと向けてきた。
ちろちろと舌を出して笑っているようにも見える。それにますます眉間のしわを深くすれば、セラがふふと体を揺らして笑い、話しかけてきた。
『キョウリ、キョウリよ。我が主、小夜殿は可愛いと思うだろう』
「あ、あの」
「なんで俺に振る」
『照れているのか? 照れることはない、綺麗なものは綺麗、可愛いものは可愛い、素直に褒め、伝えることは大切だと思うぞキョウリ』
「えぇっと」
「……伝えるか、ではお前は」
『セラだ』
どこか楽しそうに、名前を強調するセラに、キョウリは一息ため息ついた。
「ではセラ、主と思うこの少女に自分が何者か伝えることが大切だと思わないのか」
『ふむ、先ほども言った通りなのだが、我は小夜殿の呼び声により目覚め、ソラを越え、来たに過ぎぬしな。というかだな、キョウリ。お前が我が媒体を持っていたのだろう? そっちこそ知っていてもいいと思うが?』
「そういえば、キョウリさんは知っていたんですか?」
「……いや、あの短剣は知り合いから頂いただけだ。加護があるからとな、それがまさかこんな大蛇が入ってるとは聞いてなかった」
『うぅむ、大蛇と言うと、かわいくないな。名で呼んでくれ」
キョウリの言葉に不服そうに眼を窄めるセラに「そんなことないですよ、セラさんの中身は可愛いです!」とフォローになっているか微妙な言葉を贈る小夜を見て、額に手を置く。
『そうか、そうだな、小夜殿ありがとう』と嬉しそうに弾んだ声で返すこの大蛇、どうも姿と中身が一致してないように思える。この調子だと、また話が脱線しかねないと頭を振い、一つ息を吐いて言葉を続ける。
「お前が来た場所、と言っていたソラとはどこだ」
『さぁ、我はそう思っただけだ。居たのというのも曖昧な、記憶がこうさっぱりと。知り合いもいなくてな、寂しいものだ』
大きな頭を緩く横に振って困ったように言うセラに「そうなんですか、大丈夫、私やキョウリさんがいますからね」と励ますように小夜が声をかける。そのやりとりに、キョウリはまた、小さく息を吐いた。
「もういい、ただ、助けてくれたことには礼を言う。感謝するよ、セラ」
『ふむ、もう少し素直に喜びを持って言ってもいいと思うが、まぁ、小夜殿の笑顔が見れたからいいとするか』
「うん、セラさんって」
「…………どうかしたか」
『小夜殿?』
「うん、やっぱりそうだ。セラさん、なんだか私の知ってる近所のおじさんに似てますね!」
ぴしりと、確かにその場が凍ったと思ったのはキョウリの勘違いではないだろう。大蛇は振り返ったまま目を大きく見開き、ワナワナとふるえている。
「……近所のおじさんか、よかったなセラ、身近な知り合いとみられて」
『き、きんじょ? 身近と言うのは嬉しいが、その、お、おじさんはないぞ、小夜殿。我は』
はじめてセラが微妙な声を出したのに、キョウリはなんともいえない笑みが浮かぶのを押さえれず、そっと手で口を覆う。小夜は気にしてないようだが、今の言葉はセラの心に、相当の打撃を与えたようだ。
「おじ……あぁ、セラ、そろそろ目的の場所に着きそうだ」
『キョウリ、今、ワザといったな? ワザといったろう! せっかくお前に言われた通り、この山道を走ってやったというのに何たる仕打ち! 酷いぞ。なぁ、小夜殿、おじさんはせめてやめてほしいのだが』
「え? でも、セラさん、おじさんってしっくりくるんです。優しくて気さくなところがそっくりで、懐かしいなぁ」
「よかったな、セラ。主人に喜んでもらえるのが嬉しいんだろう?」
『……キョウリは優しさも素直さもない、意地が悪い』
ぶつぶつとセラが呟いてるが、キョウリを無視をした。すると、ぴぃっと鳴き声を上げ、横に飛んできた真っ赤な鳥が目に入る。鮮やかな深紅に、小夜が「わぁ、凄く綺麗!」と声を上げて喜んでいるが、キョウリは目を細めてそれを見つめた。
「やっぱりここか。あってもらうぞ、ヒオウの民よ」
すると赤い鳥は――まるでキョウリの声が聞こえたように、返事をするようにぴぃと鳴いて、森の中へと飛んでいく。それを見届けると、去って行った鳥をぼけっと見つめている小夜へと声をかけた。
「さて、そろそろおじさんに降ろしてくれるよう頼んでくれるか」
もちろん、その声にセラがすぐに反論してきたのは言うまでもない。




