四
(ど、どうしよう……これって、なんだか大変なことになってる!?)
無数の獣へ剣を構え対峙するキョウリの後ろ姿を呆然と見つめる。
彼らのほんの僅かなやりとりの間に、周りは更に茹だるような熱気で包まれ、炎がどんどん広がっているのがわかる。
ここで争っている場合ではないのは一目瞭然なはずだ。
前方は敵に――後方――というより周囲は炎が囲い、逃げることも不可能に思える状況。
それを言ったらあちらもそのような状況だが、彼女たちはそんなこと何とでもないという風に見える。
余裕がある。
見るからに、圧倒的にキョウリの方が不利だ。それでも、彼は前を進む方を選んだ。
それはきっと。
(キョウリさんは諦めたくない……逃げなきゃいけない理由があるんだ)
投げ渡された蛇の装飾が施された青銅の短剣を見つめる。
(私にも、何か、何かできることないの? けど、できること、なんて……)
ない、と小さくつぶやいた言葉に唇をかみしめ、短剣を握りしめる。
すると。
ふわりと、何かが小夜を包むようにそよいだ。まるで、安心させるように、やさしく。
そして、穏やかな声を一つ、落とした。
(本当に、そう思うか)
「えっ?」
ふわふわとした風と共に聞こえる声に、小夜は大きく目を見開いて辺りを見回す。
誰かいるのかと姿を探すも、それらしき人物はおらず、驚きで固まる小夜に、また一つ声を落とした。
(そこに降り立ったそなたが、本当に、何も持っていないと……思っているのか)
まるで、小夜に何かできるというような口ぶりだ。
その言葉に困惑するも、ふと、その声に聞き覚えがある気がして開きかけた口を閉ざす。
(この声どこかで聞いたことがある。うん、そうだ、ずっと前に)
確かに、聞いた事のある声だ。と、小夜は必死に思い出そうとして、はっと頭を振るう。 今はそんなことを気にしている時ではない。
「私に、できること……? 今、できることと言ったら、この短剣使って戦う、しか」
ない気がする。戦いなんて、したことないけれど、体当たりならと意気込もうとする小夜に、声は小さく笑った。
(違う。確かにそれは一つ力となるが、そなたが使えばもろ刃の剣となろう。利口な使い方ではない、短剣を力の引き出しとして 使うのなら、方法はまた、別にある。そなたの持つモノを引き出すものの一つとして)
力を引き出す。
小夜が何のことだろうとますます、頭をこんがらかせていると、胸元からかすかにあたたかい熱を感じ、慌ててそれに手を当て取り出す。
「これ?」
あたたかい熱の正体は、ずっと前から身につけているペンダントだった。
きらきらと、どんどんと熱を輝きを増していく。
「もしかしてこのペンダントが何かヒントになるの? あ、あの! 誰かわからないけど、教えて、ください!」
縋るような気持だった。頭に直接響いてくる声に、小さく叫ぶように懇願する。
それを待っていたかのように、また一つ、声は落とされた。
(答えはその身に、見つけたのならできるはず)
「答えは、その身に? その身って、私に何が……」
(導かれたのならきっと、その手をとることができる)
「見つけた、導かれたってなにをどうしたら!」
きんっと高い金属がぶつかり合う音にはっとなり、小夜は顔を上げる。
「キョウリさん!」
「姉ちゃん、あんた、自分のこと心配した方がいいよー?」
「……!」
突如、背後から聞こえた声に、小夜は身を固まらせる。ゆっくり振り返り見ると、少年が手をひらひらと降ってきた。
「ボーっとしすぎじゃない? てか、ぶつぶつさっきから独り言多すぎ。しっかし、あのヒョロ男は女を残して剣を振りかざしに行くかねー」
「あああの」
「んー? あんたを人質にすればよいかとも思ったんだけど、なんか、突進しているの見ると人質の価値、低そうだしなぁ」
どうしよっか、と槍を肩にトントンと置いて、にっと笑う少年に小夜は一歩後ずさる。
「まぁ、とりあえず人質にしてみようか。価値低くても可能性あんなら確かめたいし……逃げても、無駄だよ?」
「――!」
「逃げるなら、ちょっと怪我してもらっ……」
くんっと、少年が小夜めがけて槍を振り落そうとした刹那、青色の火花が激しく散る。
どんっっと一気に数メートル後ろに弾き飛ばされた少年に、小夜は目を大きく見開く。いつの間にか、薄い青色した円状の膜が小夜を守るように包んでいた。
「な、ななな何? どうなって」
「いってぇぇ、くそっ! そうか、さっきの剣は守りの術が……畜生、やってくれるじゃねぇの」
「っ、まさか何もしないで、離れるわけないだろう、が!」
「あらまぁ、考えなしに行動して、恥ずかしいわねソルッ!」
きんっと剣を交えながら、どことなく馬鹿にしたような言葉を投げてくる二人に「うっせぇぇぇ!エルダにヒョロ男!」と怒鳴り、少年――ソルはよろめいて立ち上がる。
「……ふん、なら、俺がその術を砕いてやる」
興奮気味に叫ぶ少年の周りをつむじ風が舞う。黒目にはうっすら紫色の輝きが宿り、小夜を睨み据える。それに息を飲むも、青銅の剣を握りしめる。
(私に守り……キョウリさん、自分のことは自分でって言ってたのに助けてくれたんだ!)
「――!」
「さぁ、あちらの娘さんを気にしてる暇はないですよ、フェン殿」
ぎんっと――高い、今までにない大きなぶつかり合う音とともに、キョウリが吹き飛ばされる。かろうじて、着地の体勢をとるも、炎と炎の間を縫って銀色に輝く狼が彼めがけ、飛び掛かる。
「くそっ!」
「キョウリさんっ」
後退していくキョウリに小夜は握りしめる短剣を見下ろす。この短剣の力があれば、キョウリは、彼はあんな追い込まれることもなかっただろうか。いや、それよりもなにより、小夜と言う少女を助けることなどしなければこんな事にはならなかったはずだ。
「だから姉ちゃんぼーっとしすぎ、だっ」
目の前を赤い火花が激しく弾ける。見ると、ソルが小夜の周りを覆う結界に、槍を立ててこじ開けようとしているのが見えた。
「!」
「へへ……これ、力づくで破らせて、もらう、ぜ!」
(どうしようどうしよう……! キョウリさんも私も、このままじゃ!)
青銅の剣を胸元にあて、考えを巡らす。
(お願い、もしこの剣に力があるのなら、わ、私に何か力があるのなら)
(私の、力を上げるから……どうか)
(どうか、届いて)
「お願い……!」
きんっと小さな金属の音が、剣の交わる音ではない微かな音が小夜の耳に届いた、その途端。
『我が青嵐――を抱く、金糸雀の……者よ……その声、確かに受け取った』
「今度は別の声? 誰、受け取ったって」
『そなたが今、呼んだであろう。さぁ、我が名を呼べ、汝の言の葉で我は準ずる』
「貴方の名前……」
『我の名はセラ、青嵐のセラ』
「せいらん、青嵐……のセラ?」
「姉ちゃん、何をぶつぶつと……って、なっ!」
ぱぁぁんっと青紫の光が短剣を抱く小夜の胸元から溢れ、広がるとともに膨大な光りの渦となる。
それは—―木々よりも大きな大蛇の姿と化した。
小夜がはっとソルの方を見ると、光りの渦に勢いよく吹き飛ばされたのか、木々に激突して気を失っている。その事態に、キョウリと少女――エルダも剣を止め、振り返った。
「っ! ソル!」
「おい、何がどうして!」
「え、あの、何がって私、どうなってるのか……」
困惑する小夜を大蛇はすっと優しく風に包み背に乗せる。そして今度は、キョウリの元へ流れるように飛び込み、乱暴に頭で載せると、燃える場所からぐんぐん離れ進んでいく。
エルダが何事か叫んでいるが、見る見るうちに距離が離れていき、声が聞き取れなくなった。
「どうなってる? お前が……これを出したのか?」
困惑気なキョウリの言葉に、小夜も返す言葉に詰まる。
「あ、あの、私」
「しかし、この大蛇、まさか……」
『さぁ、最後の仕上げだ』
二人の戸惑いを余所に、楽しそうな声が響く。途端、山全体を大きく震え上らせる地響きと 青紫の光が曇天の空から辺り一帯に走った。ざぁぁと空から雨が勢いよく降り出す。
「今のは、まさか」
「ああああの」
キョウリと小夜が息を飲んで後ろを振り返り、続いて天を仰ぎ見ると、ご機嫌といった風に弾んだ声が二人の頭の中に届いた。
『さて、この後はどうしたらいいのかね、我が主よ』




