三
「な、なんですか今の?!」
「いいから伏せてろ」
背後で聞こえた爆音に、小夜が目を白黒させ驚いて振り返り見たのをキョウリが抑え、地面に二人して身を伏せる。爆風の熱で周囲の木々がざざざっと大きく揺れ、ところどころで煙と赤い火が上がり、あっという間に緋色が広まっていく。
「燃えて、る……あの、これって」
「……」
「きょ、キョウリさん?」
返事をしないキョウリに、小夜がもう一度、声をかけようとしたその時。
「そろそろ出てきてほしいんですけどねー。あーもう、山を丸ごと燃やしちゃおうかしら」
「なぁ、ホントにここにいんの、あのヒョロ男」
爆音が轟いた方角、揺らめく炎の中から長いコートを身にまとった少女と少年が歩いてくる。歳は14~15才だろうか、背後に数頭の獣を連れ、ゆっくり平然と歩く姿に小夜は驚いて目を見開く。隣を見れば、キョウリがその二人を睨むように見据えている。
「えぇ、いるわ! この子たちがここだと告げているんですから」
「えー、そのほそっこい白髪な野犬たちが? じゃあ、ないなー」
少年が放った言葉に、ぴたりと時が止まったように少女が立ち止まる。肩まである蜜色のソバージュヘアを揺らし、ゆっくりと横に立つ赤髪の少年を見ると、眉を動かして栗色の瞳を細めた。
「……アナタ、私のかわいいこの子たちを何と言いました」
「ほそぐふ、やけ……ぐはっ!」
どうやら少女の逆鱗に触れたらしく、少年はあっという間に銀色の狼たちに囲まれ踏み倒される。それに満足したのか少女は微笑みながら言葉を続ける。
「まったくなんて失礼なことを言う人なんでしょうね? どこをどうみたら白髪ですって? 見なさい、この艶やかに輝く銀の毛並、凛々しい顔立ち。なのに、こんなに綺麗で素敵な貴方たちのことを野犬だなんて、ねぇ?」
そう言いながら少女は足元近くに座った狼をうっそりと撫でる。
そして――つと、辺りを見回した。
「さぁ、どこにいるのかしら」
「いってぇ、あーもう、早く探し出せよ!そんで早く都に連れ帰って、豪勢な飯を出してもらおうぜ」
すぐに復活して騒ぎ出す少年を辟易した様子で少女はちらりと横目で見ると小さくため息をつく。
「まったく、せっかちねぇ……あら」
ふっと、一匹の狼がじっと見つめているのに、少女はニコリと微笑む。
「ほーら、見つけた」
その言葉にキョウリはゆっくりと茂みから起き上がった。少年が「なんで飛び掛かって捕まえねぇーんだよ!」と叫ぶが、少女は呆れたような顔をした。
「うちの子たちは、そんな野蛮ではありません。ちゃんと理性と知性ある」
「あぁぁ、もーいいや。おい、探したぜー、ヒョロ男」
話を寸断した少年に少女の殺気のこもった視線が刺さったのは言うまでもない。
「……」
少女たちと対峙するキョウリに小夜はどうしていいかわからず、伏せたまま彼らを見上げていると、オオカミの視線が小夜へと向く。すると少女が少し驚いたように目を見開く。
「あら、連れがいたの? そう、それで突然匂いがわかったのね。他に触れ交われば、せっかく術で匂いを消してても無駄になるというのに」
「ふーん、もしかして女だろ!? そっかー、女が欲しくなったのか……ぐはっ」
またも、少年の言葉を遮るように狼が飛びついて踏み倒す。少女がやれやれといった風に少年を見下ろして肩をすくめた。
「貴方、前々から思っていたのですが、考えが粗野と言うか幼稚と言うか、野蛮で下品です。ちょっと黙ってていただけます?」
「ぐぅ、おも、おもいぃぃ」
狼の下でもがく少年を無視し、少女が話を続ける。
「さて貴方、フェン殿、でしたか?」
「……」
キョウリに顔を向け、少女が口にした名に小夜は目をぱちぱちと瞬いた。
「……フェン?」
フェンと別の名でよばれていることに混乱する小夜をちらりと見て、キョウリは小さくため息を吐く。その様子に抵抗するのを諦めたと見たのか、少女は目を細め微笑んだ。
「来てもらいますよ。私たちの主様がお待ちですの」
有無を言わさない雰囲気を纏う少女に、キョウリは肩をすくめる。
「……ついていくと思ってるのか?」
「こざるを得ないでしょう? 貴方が逃げるせいでこんなことになっているのよ。それ以上逃げたらどうなるかわかってるはずです」
周りを見回して、冷めた眼差しで少女が問う。話している間も炎の海は広がり、彼らの周りを囲み始めている。
ぐっと拳を握りしめ、キョウリは唇を噛みしめる。背後で小夜が不安そうにこちらの顔を窺ってくるのに、目を瞑る。例えその犠牲が大きくても、逃げて見せると思っていたはずだ。
逡巡もつかの間、目を開いて言葉を紡いだ。
「悪いが、それでもいかないな」
きんっと腰元から剣を抜く。
「あらまぁ、救いようがないというか、男の方って大馬鹿者が多いのねぇ。なら、痛い目見せて連れて行くしかないわね」
少女が呆れたように言い放つ。キョウリは少女を睨みつけたまま小夜へ言葉を投げかけた。
「……お前、そこを動くなよ」
「えっ、で、でも」
キョウリが一歩前に足を進めると、慌てて小夜が立ち上がろうとする。それを振り返り視線で制止し、懐から錆びれた短剣を一つ取り出す。
「これ、持ってろ」
そう言い放ち、青銅の短剣を小夜に投げ渡すと、とんっと地を蹴って、駈け出す。
「えっ、あ、あの、これって!」
「そいつを手放すなよっ!」
声を張り上げたキョウリに、ふっと誰かの声が聞こえた。
それは先ほど思い出した一人の友人の声だ。
きっと幻聴だろ彼の声が、どうしてか近くから聞こえるのだ。「そうそう、お前はさ、それでいいんだよ」と、笑って言う彼の声が。
何故こんな状況の時に彼を思い出したのだろう。その答えは、もしかしたらキョウリが誰かの言葉に背を押してほしいと思ったから、そう聞こえたように思ったのかもしれない。
そして、その幻は確かに背を押してくれている気がして、強く地を蹴った。




