二
「なんでついてくる」
「……迷惑に」
「なる」
「……でも、貴方は迷惑だって思ってても、許してくれてます、よね」
だって本当に迷惑だったら、私がついてくるのを振り切るか、乱暴にその場に倒してついてこれないようにすることだってできるでしょう? と、少女は恐々と微笑む。
最初に見た時は失礼ながら間抜けな、どこか頼りなさげで抜けた印象だったのにこちらの心を冷静に見ようとしているのだから、案外しっかりした性格なのかもしれない。
少し遅れてついてくる少女を横目にふっっと息を小さくつく。
許したことに、なるのだろうか。
「………」
「あ、あの! 私、小夜、木寺小夜っていいます。貴方のお名前、聞いてもいいですか?」
「叶李」
「きょう?」
「キョウリだ、お前と一緒に山中を下りるつもりはない」
「えっと、キョウリさん? 山中って、そういえばここ、どこでしょうか」
キョロキョロと辺りを見回してそう聞いてくる小夜に、また何度目かわからないため息を吐いた。しっかりではなく、やはりどこか抜けているようだ。
「シュレ山の山中だ、お前、そんなことも知らないでここにいたのか」
「ええっと、いつの間にかいたというか」
「そうか」
「聞かないんですか?」
「別に、どうでもいい」
そうだ、これ以上聞かなければいいだけのことだ。「シュレ山」とぶつぶつ呟いている小夜をちらりと振り返れば、途端、目があって彼女が小走りに駆け寄ってくる。
「あ、あの、キョウリさん」
「なんだ」
「山中を一緒に下りてくれとは言いません」
「ああ」
言われても下りるつもりはないけどなと心の中で返す。
「降りるんじゃなくて、一緒についていかせてください!」
「今、なんっていった」
「だから、ついて……」
だんっと、小夜の肩を押し近くの木に押し付ける。なんて馬鹿な娘だろうと心の中で笑う。
「お前、バカなのか?」
「ばっ! ばかって……じゃないなんて言えないですけど、あの」
「今さっき、会ったばかりの人間にホイホイついていく奴がいるか。いや、それ以前に危機感はないのか、お前は一応は女だろう、それを」
自分がそう言った風に見えられても困るが、ついてくるなと意味を込めるために出た言葉だった。驚いた表情で固まっていた小夜だったが、すぐに真剣な表情でキョウリを見つめて言った。
「あ、貴方なら大丈夫って思ったんです! あ、あと、女の人だって山道大丈夫な人いますよ?! 私のいたところじゃ、登山を楽しむ女性がっ」
「……やっぱりバカだろう、あと、声が大きい。静かに喋ってくれ」
本当に呆れるくらい、バカな娘だ。
会ったばかりのキョウリのどこを信じ大丈夫と思ったのか、そして見当違いなことを言っている。
女でとる意味がまず違うだろうと、小夜の肩からずるりと手をどかして、自らもその木の反対側に背凭れる。そんなキョウリを心配して、小夜が申し訳なさそうに声をかけてきた
「ごめんなさい。でも、どうしても私は、貴方についていきたいんです」
自分がいる場所が分からないというのもあるし、一人は心細いというのもあるけれどと言葉を続け、小夜は少し口ごもってから、意を決したように口を開く。
「貴方の声を聞いた時、とっても安心したんです。あんな時だったから、と言うのもあるんですけど。それだけじゃなくて、ええっと上手く言えないですが、あの時、ほんとうに不安で仕方なかったけど、キョウリさんの声が聞こえた時、あぁ、きっと大丈夫だってそう、思えたんです」
「……」
小夜の表情はわからないが、どこか嬉しそうに、安心したように言われたその言葉に、心のどこかが軋む。
自分はそんな声を出した覚えもない、安心など与えれるような器でもない。
だというのに。
「……」
どうしてこの少女は、今さっき会った人間にそんな穏やかな声で、安心しきった声でそう言えるのか。
「あ、あの、キョウリさ……」
「どこに向かっているかもわからずにか」
「え?」
「向かっている場所も分からない、道中何があるかわからないだろうに、それでもついてくる気か」
「は、はい! ど、どこでも、大丈夫です!」
「その割に、今、ためらっただろう」
「え?! そ、そそんなこと」
大丈夫といった割に、いざとなると心が揺れたのだろう小夜に、小さくくっと笑う。
本当に馬鹿な娘だ、そしてきっと嘘をつけない性格なのだろう。
さっきの言葉も彼女の本心でそう、嘘はないと、何故か会ったばかりなのにそう感じてしまった。
「いいだろう、けれど、俺をあてにされても困る。自分のことは自分で最低限何とかしろ」
「あ、有難う! じゃない、わ、わかりました、宜しくお願いします!」
キョウリさんと顔をのぞかせて嬉しそうに笑う小夜に、自分は甘いのかもしれないなと胸中で呟く。
「声が大きい、騒ぐな」
「す、すみません」
しょんぼりと肩を落とした小夜に、目を細める。
本当はついてこさせるべきではないのかもしれない。だが。
けれどもう、遅い。
「巻き込まれるところにいるか」
「……えっ?」
今更、もう見放すことはできないだろうと心の中で呟く。
自分も馬鹿なのだ。
一つの行動が何を招くかなど、分かっていたつもりだっただろうに。
ここまで注意を払って身を潜め来たことの意味がない。
それでも、甘さで助けてしまったのは自分だ。
「伏せろ」
瞬間、眩しい光とともに、地を揺れ動かすほどの爆音が背後から轟いた。




