一
昨夜の出来事から数時間経った。
あの後――
改めて朝に話しをするということで就寝し、再び訪れたルカの執務室にて。
それは繰り広げられていた。
「すまない、お前はここに残ってくれ」
「そんな、キョウリさん、どうして」
「やっぱり、お前を巻き込むわけにはいかないんだ」
「平気です、私、巻き込まれたなんて思っていません。最初についていくと決めた時、決めたんです。絶対にそばを離れないって」
「……サヨ」
「……キョウリさん」
何がといえば、これだ。
部屋の主であるルカの前で、くるくると踊るように立ち位置を替えながら、スズの一人妄想劇場が――である。
「あああ、あの、すずさ」
「す、すず?」
小夜やヒヅキの声は届いてないらしい。両手を合わせ、スズはうふふと笑う。
「なーんて、なーんてこんな風に、ひたっと見つめ抱きしめ合う、嬉し恥かし王道パターン展開が今後待ってるはず! きゃああ、さすが王子だわ、キョウリ! サヨも頑張って!」
きゃっきゃっとはしゃぎながら更に続く妄想劇に、小夜とヒヅキは恥かしさのあまり顔を両手で覆った。一人から発せられる冷気が半端ない、ルカの従者であるミケまでもが視線を逸らして後ずさるくらいである。
誰か止めてほしい。二人と一匹の心の声は重なった。
ルカだけは「わあ、そんな展開甘酸っぱいね」と楽しそうである。
「……」
ふっと、重い息がつかれた。キョウリである。
そのため息に、びくりと小夜とヒヅキが身を震わせた。
「――誰だ、アイツにあんなこと教えたのは」
その目は冷たい、恐ろしいほど冷たい。振り返り、ちらりと見たヒヅキが思わず「ぎゃっ」と声をあげ、そっと横から見た小夜でさえ「うぅっ」と呻くほどである。小夜とヒヅキの視線が交差する。
止めよう、即止めよう。絆が生まれた瞬間であった。
「す、スズさん! そそそそれはちょっと」
「あー、うん。教えたの誰かはともかく、スズ、それまずいって! 見てるこっちが恥ずかしいし!」
本当に勘弁してほしい。ヒヅキは心の中で叫ぶ。執務室の両開きする戸を開けた途端、飛び込んできた光景に先程から冷たい視線を一直線に注ぐキョウリ、その横で顔を真っ赤にして「あああれはわたしじゃなくて!」と意味不明なことを呟き狼狽える小夜。
スズの姿が朝から見えず、探し回ってぐったりしていたヒヅキの体は、更にぐったり度が増している。
そんな小夜たちの様子に、芝居を見せられていたルカが「やあ」と右羽を上げ挨拶をしてきた。
「おはよう、皆。少しは寝れたかな?」
「……おはようございます、ルカ殿」
「お、おおおはようございま、す! ルカさん。あ、あの、すずさっ」
「うん、姉ちゃんの言いたいことは俺が言ってやる。おい、スズ!」
ヒヅキが強めの声で呼ぶが、呼ばれたスズはまるで聞こえてないのか、いや、聞こえないふりをしているのか妄想劇に夢中だ。
「私、キョウリさんのためなら、どこまででも一緒に!」
「すまない、サヨ、俺は」
「謝るのはなしですよ、キョウリさん。それに、やっと名前呼んでくれましたね」
ああ、小夜とヒヅキは両手で顔を覆う。
「……!」
ここまで恥かしい妄想劇を見せられ、耐えられる人がいるだろうか、いやいない。
「やだもう、キョウリったら大胆! サヨ、女の子も勇気出さなきゃ」
そんなことを言って騒ぐスズにヒヅキが「やめろ! 恥ずかしすぎるわ!」と、耐えられないとばかりに床でゴロゴロ悶え始めた。
心の限界である。
「……」
そしていっそう増した冷気が室内を震わすという、そんな地獄絵図の様な中、キョウリとヒヅキの耳に小さな声が届いた。
「いいなぁ、名前」
「……」
「……嬢ちゃん」
キョウリとヒヅキが、目を少し見開いて振り返る。
小夜ははっと、口を押えた。
「! あっ、い、今のはあの、別になんでも!」
キョウリとヒヅキの視線に気づき、顔を更に真っ赤にさせる。両手をぶんぶん顔の前で振って何でもないとばかりに言うも、先ほどの言葉は一人と一匹にしっかり届いているのだから、意味がない。ちらりと、ヒヅキがニヤニヤとした表情でキョウリを見たが、彼はそれを無視をした。
「ルカ殿、止めてもらえないか」
「うーん、でも面白いし、これは素敵な展開だと思うな」
「ちょっ、るか、止めてやって。お願いだから止めてやって、横からの冷気が半端ないわ」
「……名前」
くるくると踊るように二役を演じるスズを見、冷めた目を放つキョウリを交互に見てから、ルカは仕方ないとばかりに両羽を広げる。
「そういえば、ミルラル屋の絶品糖蜜パイがキッチンにあるんだけどな」
「今すぐ、とってくる! 皆、お茶の用意してくるから待ってて」
ルカの言葉にばっと振り向くな否や、電光石火の如く部屋を出ていくスズを呆れたようにヒヅキは見送り、はっと追いかける。
「お、俺もちょっとついてくわ。アイツ一人だと心配だし、待てよスズー!」
あっ、逃げたな。
ルカの背後にひっそり控えていたミケが恨めしそうに呟いたがヒヅキは聞こえないふりをした。
スズの一人劇場が終わり、小夜はほっと胸を撫で下ろす。朝から体が火照るような出来事にでくわすとは、異世界って恐ろしいなんて思いつつ。
ちょっぴり、あの一人劇の中の自分が羨ましいと思ってしまった小夜である。
「けっこうドキドキして、楽しかったんだけどなぁ」とルカは残念そうに呟きながら、キョウリの足元まで来ると見上げてきた。
「キョウリ殿は、ああいうお芝居キライかい?」
「今は芝居の話をしに来たわけではありませんが」
「でも、君と小夜さんのことだったのに?」
「ルカ殿」
「ごめんごめん、うーん、君って固いなぁ」
「もっとやわらかくなったほうがいいよ、いろいろと」と呟いて、ルカがキョウリ達をソファへ促す。
「まあ、そうだね。昨日の続きと言いたいところだけど……」
「君があの時、言ってた通り聞いてたんだけどね」と言って、ルカがぱちりと楽しそうにウィンクをした。




