十九
ごくり、と――スズが大きく唾を飲み込んでそわそわと床に正座する。
何故正座? と言いたくなったヒヅキだったが、これまたどうしてか小夜までそれに倣ってそわそわと落ち着かない様子で横に正座して待機するのだから「あれ、これって正座しなきゃいけない雰囲気?」と呑み込まれ、しかたなく正座した。
「スタンバイしたわ! キョウリの話、大いに期待する。ねっ、ヒヅキ、サヨ」
「えっ、期待っつーか……そ、そうだな、まぁ。なぁ、姉ちゃん」
「えっ? えっ、えーっと、お話してもらえたら嬉しいなって」
何故かバトンリレーのように言葉を回す二人と一匹に、キョウリは「……入れるんじゃなかったか」と呟いてしまうのも仕方がないだろう。
だがしかし時すでに遅し、後悔しても後の祭りである。
小さく息を吐く。
「それは言いが、ドア越しで少しは聞いてたんじゃないのか」
「うーん、確かに聞き耳立ててたけど、全然聞こえなくて。ねっ? ヒヅキ」
「そっ。ここ、少しは防音対策してるからな。一応、術で聞く方法はあるけどさ、そんなもん発動させたら警備の奴ら飛んでくるし。ってか、よく俺たちがドア越しにいるって気づいたな」
「……お前たちの行動はなんとなくわかる」
呆れた声で言われてヒヅキがなんとも痛そうな複雑な表情を浮かべる。
「防音、そっか、長様がいるお屋敷ですし……警備はきっと万全ですよね」
小夜の言葉に、スズはうんと頷いて「そうなの、だからなかなか面白そうな話とか内緒話とか聞けない」と残念そうな顔をするのに、ヒヅキが額を小さな手で押さえるのが見えた。
「そうか、じゃあ改めて名乗らせてもらう。俺の名はフェン・叶李・レイディアという」
「レィディア? レイディアって」
「確か、北東にある国の名と一緒だな……ん?」
「……キョウリさんって、じゃあ」
二人と一匹の反応に、淡々とした声でキョウリは続けた。
「俺はそのレイディア国王家の、四番目の王子になる」
「……」
「……」
「……」
「話を続けて大丈夫か?」
ぽかんと、呆けた顔を浮かべる小夜たちにキョウリが表情崩すことなく続けようとすると、大きな悲鳴とも雄叫びともいえる声が室内を轟かした。
「え、えぇぇ! いた、ここに白馬の王子様いた! お話の鉄板ネタっ。お姫様を女の子を迎えに来てくれる王子様だっ。すごい、本当に女の子連れてる!」
「ウソだろ!? お前、王子って感じじゃないじゃん! だって、王子ってあれだろ!? こう、きらきら~って笑顔でにこやかな雰囲気だって、スズが!」
「……おうじ、さま」
聊か、失礼な反応をするスズとヒヅキに、キョウリが半眼を向けると二人はぴたりと、口を閉ざす。
「俺の場合は、王子とはいっても名ばかりだ。外に出ることは許されず、王家の者として政や行事に参加はしていない。国民と触れ合う機会もなく、城の中でも俺の顔を覚えてる者などそういないだろう」
「えっ、なんで?」
「そういえば、レイディアでよく表に出てるのって一番目の王子と三番目くらいだったような」
「そう、なんですか?」
「あぁ。つい最近まで、王の命により城の離宮で静かにしてろと言われてたからな」
そう言い続けながら少し苦い顔をするキョウリに、小夜は心がつきりと痛んだ。このまま聞いていい話なんだろうかと思うも、聞きたいと思う気持ちが混じり合う。と、スズが興味津々とばかりに身を乗り出して声を張り上げる。
「キョウリ、もしかして隠し子とか?!」
「ばっか、スズ! なんでそう聞きにくいこと! 今の感じじゃ、複雑なのわかりきってんじゃん!」
「……」
「別に、複雑でもなんでもない。俺の母は後妻になるが、前妻とその王子二人を強く支持する者たちとの間が悪くなってるだけだ。今は病で退位する父王の後継ぎ、王を決める前で更に悪くなってるけどな」
「十分、複雑だと思う」
「あぁ、複雑だと思うぞ」
スズとヒヅキが何とも言えない表情をするのに、キョウリは肩をすくめる。
「傍から聞けばそうだろうな、仲はわかりきった関係だ。ただ、兄弟仲はそこまで酷くはなかった」
「そうなの? でも、そこまでは、なんだ」
「お、おぉ、スズ。そこ、ちゃんと聞くのか?!」
「……ご兄弟は仲がよかったんですね。よかった」
小夜の言葉に、キョウリは小さく困ったように笑う。
「俺の素性はここまでにして、ここに来た理由、あの石の件だが」
「えっ、もう答えだしちゃうの?! もっと、ドロドロ聞きたい! だって、お兄さんのこととか、きっと跡目争いではいろいろあるんでしょう。どうしてお父さんがキョウリを突き放すようにしたのかとか! それにレイディアって言えば、元は大国でちょっと前に二つに分かれたとかなんとか聞いた事あるし。その辺、ヒヅキも聞きたいよね!」
「す、スズ、もうやめような? ほら、あとで大人の雑誌買ってやるから」
スズが「うー」と唸り不服そうに頬をふくらますと、ヒヅキが宥める。そんな一人と一匹の様子にキョウリは言葉を止めることなく、衝撃的な一言を放った。
「石に閉じ込められている人物が、王宮でクーデター未遂を起こした輩と繋がりがある」
今度こそ――スズとヒヅキ、そして小夜は空いた口が塞がらなかった。
「……との、可能性が高いと知って、それを聞き出そうとしたら石にされてしまったというわけだ。聞いてるんだろう、ルカ殿」
言いながらキョウリが天井を見やると、いつの間に入ったのか、赤い小さな小鳥がシャンデリアの上にのって、こちらを見下ろし小首を傾げていた。
「どうもここの人々は、お節介な立ち聞き多いな」
そして――ふっと、呆れたような困った笑いをもらした。




