十八
「……」
「……どうせなら」
「?」
キョウリはふっと一つ息をついて、立ち上がりゆっくりとドアの前まで来ると、勢いよく開いた。
「わわわっ!」
「げぇ!」
「そこで聞かずに、中で聞いてもらおうか」
「スズさん! ヒヅキさん!」
勢いよく開かれたドアから、雪崩れ込むようにスズとヒヅキが倒れこんでくる。小夜が目を大きく見開いて驚いていると、一人と一匹は居心地悪そうに、視線を彷徨わせながらのそりと起き上がった。
「え、えへへ、ちょっと、サヨがどうなったかなぁって気になったの。ふ、二人のあれこれあるかも! とか、やましい妄想して聞き耳立ててわけじゃないから、安心して」
「……スズ。それ、もろ妄想して聞き耳立ててたって言ってるようなもんだからな? お、俺は違うぞ!? ちょーっと、スズが暴走しないようにと気になったのと、えーっと」
「……」
この数時間で、少しばかりスズとヒヅキの性格や行動パターンが分かってきたのか、キョウリは半眼で見ている。
(あぁ、また、あの眼差しが!)
おろおろ見守る小夜だが、ちょっとばかりキョウリの考え方、性格が分かり始めた気がしてなんだか嬉しくなった。
相変わらず動物にも冷たい眼差しでロックオン、でも、冷たいわけじゃない。
ふふっと笑ってしまった。
(不思議だなあ。ほんの少し離れていただけでも、戻ってこれるか不安だったのにな)
戻りたいと思ったけれど、戻ったとき、皆の反応がどうか不安だったのがふっと消えてしまった。
心配してくれた二人と一匹の気持ちがこそばゆく、相変わらずな様子にゆるむ口が抑えれない。 「なんだかわからないけど、サヨに凄くウケてる!? やったね、ヒヅキ!」
「えっ? これやったなの?! 何がツボに入ったんだ?!」
「……」
驚き嬉しそう(片方だけ)様子のスズとヒヅキと、怪訝そうな表情で見つけてくるキョウリに申し訳ないと思うも、小夜は緊張の糸が一度切れてしまった反動でふふッと笑ってしまう。
それに、スズが何か一つよいことしたというような達成感たっぷりの表情でほほ笑んだ。
「ヒヅキ、サヨ笑ってるよ。これは私たち、笑顔届ける成功したよ」
「やっ、これは笑顔とかじゃなくてさ? 俺たち、おかしい奴らと笑われてんだよ。ぜってーそうだね! ほら、スズが変な行動とるからさぁ」
そうかなと呟きながら小首傾げるスズの横で、床に胡坐をかきヒヅキが深い溜息を吐く。だから思ったまま行動するのはダメだって言ってるだろとぐちぐち言い出したヒヅキに、キョウリは無表情で言い放った。
「……安心しろ、お前たちは最初にあった時点でおかしいと思ったからな」
「よかった、ヒヅキ、最初からだって。はじめが肝心だものね。二人にばっちり印象つけれてる」
「いやいやいや! スズ、どこがよかったなの?! 最初からおかしい奴決定って最悪だよね!? ちっともよくないってわかってる? 俺らおかしい奴らだって思われてんだぞ!」
騒ぐ一人と一匹の横で、呆れたような顔を浮かべるキョウリを交互に見ながら、小夜は再び笑いそうになるをぐっとこらえる。
先程までのキョウリと話していた時のような緊張は消え、ゆるやかな気持ちと空気に肩を撫でおろしながら、スズたちに声をかけた。
「あの、スズさん、ヒヅキさん、先ほどは食事中に眠ってしまってすみません」
「ううん、大丈夫。こちらこそごめん、ちょっと刺激的な食べ物出してしまったから、ねっ、ヒヅキ」
「……スズ、俺のせいにもしようとしてるだろ。まぁ、悪かったな、姉ちゃん」
スズとヒヅキがぺこりと頭を下げて謝るのに、小夜はぶんぶんと顔を横に振りながら「そんなことないですよ!」と言葉を返すと、ほっとしたように一人と一匹は顔を見合わせた。
と、スズが「そうそう」と言いながら、両手に抱えていた紙袋を差し出してきた。
「はい、サヨに!」
「? これは?」
「服と靴。ほら、その服ちょっと汚れちゃってるみたいだから、新しい方がいいかなって。靴はね、履いていたのをちょっと拝借してサイズ見たわ」
見ると黒みがかった深紅のかわいらしいコートに中のトップスはタートルネックの黒、そして下は深紅のスカートとこげ茶のブーツだ。
生地は薄すぎず、厚すぎず。防寒暑さ対策にもいい仕様になっているのとスズがどや顔で言う。
「ええと、こんな、いいんでしょうか?」と小夜が困った顔をすると、ヒヅキがいいってーの! といい
「気にすんな、あの服じゃこれからの行動には適してないし。なにより、着ないとスズのヘンテコセンスの服装になるから受け取ったほうがいいぞ。それ、俺が選んだし」
ふふんとヒヅキが誇らしげに言えば「なによヒヅキ。私だって服のセンスはあるもん!」と、ぷりぷり怒るスズにヒヅキが半眼を向ける。
小夜はそんな一人と一匹の言葉に目を丸くすると、紙袋と自分の来ている服を交互に見た。
言われてみればなるほど、あの木々に挟まってたことや戦闘に巻き込まれて汚れないわけがない。パジャマで来てしまったというだけでも恥かしいのに、
今更ながら、こんなよれた格好でよくついてきたと恥ずかしくなる。
(こ、こんな格好でいたんだ、うぅ、恥かしい)
あわあわと顔が火を噴きそうなほどに真っ赤になりながら、ぺこりとお辞儀をする。
「あ、あありがとうございます! 何から何までお世話になってしまって」
「ううん、気にしないでサヨ。本当はね、寝かせる前に脱がしてあげようと思ったの。そしたらヒヅキが」
そう言葉を続けてちらりと不服そうな顔で見てくるスズに、ヒヅキが顔を真っ赤にさせる。
「あれはだめだ、まじでだめだ。ほんとにさ、姉ちゃんが泣くような事態になってたかもしんないし、キョウリに睨まれてたかもしんないんだからな?!」
最後の方は真っ青に、何故かキョウリを怯えたような目をして窺うように見た。その様子に、キョウリが眉間にしわを寄せたことで、更に「ひぃ」と声をあげてスズの足元へ隠れる。
「そんなことないよ、あれは大人の魅力的なもごもご」
「いうな、ぜっーたいいうな!」
それ以上言葉を続けさせまいと、ヒヅキがスズの首元までものぼり、体全体で口を塞ぐ。一人と一匹の攻防戦に小夜がおろおろとし出すのを横目で見ると、キョウリがふっと息を吐いた。
「スズ、ヒヅキ」
「……?」
「なひぃ?」
「な、なんだよ、いま取り込み中っ」
「キデラに風呂場を貸してやってくれないだろうか」
「えっ」
キョウリの思ってもみなかった言葉に、小夜は再び目を丸くする。すると、何か勘違いしたのか、べりっとヒヅキを口元から剥がしてスズが頬を赤らめ、手を添えいやいやする。
「お風呂なんて、まさか混浴とか?! やだ、キョウリったら出会ったばかりなのに大胆ね!」
「スズ! 違う違う、ぜったい違うぞこれ! あーっと、あれだ、疲れてるもんな? ついでに着替えもできるし? ってやつだよな。いいぜ、案内してやる。あっ、俺じゃないぞ!? スズがだ、スズが! キョウリ、その目こえーよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐヒヅキを冷たく一瞥すると、キョウリが振り返る。
「キデラ、着替えたいだろう? ついでに、お風呂をお願いしたらいい。話ならその後でもできる」
「で、でも」
キョウリの言葉に、小夜は嬉しい様な、困ったような戸惑いの表情を浮かべる。
確かに、今の格好を見たら着替えた方がよいだろう。ついでに、汚れも流せるのなら流したい。
けれど、そうなったらキョウリとの話が中断することになってしまう。
(だめ、やっと、こうやってはなせた……だからっ)
今は、どうしても彼の話を聞きたいと小夜は思ったのだ。
(それに……)
延ばしてしまって、万が一にも聞けなくなってしまったらという思いが小夜の頭を過る。
(だって、わたしはしりたい)
少しだけ戻った元の世界を見て、思った事。
もっと、キョウリ達のことを知りたい。
この世界のことを呼ばれたことを知りたいという思いが小夜の胸の中を占めていたから。ぎゅっと風呂敷を両手で抱きかかえる。
その様子を早く着替えたいんだと勘違いしたらしいスズが、分かったと声をあげる。
「うんうん、確かにお風呂で疲れとるもの大事だものね。よし、サヨいこう? ついでにキョウリとこんよ……もごもご」
「あー、はいはい。なら、キョウリも入ったらいいさ。ここにはいくつか風呂あるし。案内するぜ」
「俺は別に」
キョウリが断ろうとするのを手を「ちっちっちっ」と振って、ヒヅキが言葉を続ける。
「だめだ、一応客人なわけだしな、最低限泊り心地よいサービスってやつをだな」
「まあヒヅキたちはほっといて、サヨいこ……」
スズが手を引いて部屋を出ようとするのに、小夜は慌てて声を出した。
「ま、まってください!」
その声の大きさに、キョウリとスズ、ヒヅキが目を丸くするのが見えて、頬が赤くなるも言葉を続ける。
「あ、あの、確かにお風呂は嬉しいです。でも、それよりもっ」
気持ち焦って、口の中で言葉が詰まりそうになる小夜の頭に、ふと、誰かの声が過る。
(だいじょうぶ、知りたいと思ったなら、一つずつ、知ればいい)
(彼に、彼らに、触れていけばいい。手を伸ばして、さあ)
それはこの世界へ来る時、戻ってくる時に聞こえた、微かな声のようだった。
ぐっと、俯きそうになった顔をあげる。
「わたしは、キョウリさんの話を聞きたいです。お願いします」
どうか、聞かせてください。
そう、真っ直ぐな目を向けて言葉を紡いだ小夜に、キョウリは十数秒ほど驚いていたが、ふっと息を吐いた。
「すまない、スズ、ヒヅキ……ということらしい」
話を再開してもいいだろうかというキョウリの言葉に、スズとヒヅキは一もなく二もなく、にっと笑い頷いた。
「私も、ぜひ聞きたいからお願いする!」
「ま、まぁ、確かに気になっていたわけだし? あとでルカに言うんだろうけど、俺たちはお前たちを連れてきたから何者かくらい知っときたいしな~、なんて」
待ってましたとばかりの眼差しを向けてくるスズたちに、キョウリはため息を一つ吐いて言葉を返した。
「期待するような、面白い話じゃないからな」
しかし、そんな言葉にも、スズは一層目を輝かせるだけで、ヒヅキはソワソワするだけで。
そして小夜も、嬉しそうに「お願いします」と返事をするだけだった。




