十七
「……」
「あの、キョウリさん。私、いつの間にか寝ちゃったんですね。確か皆と夜ご飯頂いてたのに、先に寝ちゃったなんて」
「ごめんなさい」と言葉を続けながら起き上がった小夜に、キョウリはすぐに言葉を出すことができないようだった。反応のないことに、ことりと小夜が首を傾げる。
「……」
「キョウリさん?」
再度呼びかけると、はっとした表情でキョウリが言葉を返す。
「別に、気にするな」
「有難うございます。けど、せっかくスズさんたちがご飯を振る舞ってくれたのに、申し訳ないことしちゃいました。あとで謝らなくちゃ」
「でもどうして、寝ちゃったんだろう」とぶつぶつ呟いている小夜を暫く見つめていたキョウリだったが、一つ、息を吐いて小夜を真っ直ぐ見つめる。
「体は、もう具合悪くはないか」
「え? 大丈夫です! たぶん、凄く眠かったたんだと思います。あ、あの、もう深夜ですよね」
「あぁ、そうだな。今は一日回って夜中の一の刻を過ぎたくらいだな」
「も、もう、そんな時間!? ですか!? きょ、キョウリさんお疲れですよね? どうか休んでください! 私はほら、元気ですから!」
「……」
「あれです、体力不足で、疲れて眠くなったのかも。うぅ、運動苦手だからなぁ、でも次歩く時はきっと大丈夫だと思いますし、いえ大丈夫にして見せます!」
「……」
「あ、え、ええっと、もしかしてこのベッド使いますか? だとしたらごめんなさい! 私も寝る場所確保しないとですね!」
忙しなく口を動かし、あたふたと立ち上がって部屋から出ようとする小夜に、キョウリは思わず苦笑いを浮かべる。数分前は青白い顔に心がぞっとしたというのに、起きた途端、それを吹き飛ばす賑やかさなのだから笑ってしまうのは仕方ないだろう。
「落ち着いたらどうだ」
「え、えっ? 落ち着いてますしもう、本当にだいじょっ」
「大丈夫には見えないけどな、とりあえず座ってくれ。話したいことがあるんだ」
ほっと安堵している、そんなキョウリの胸中など知らず。
小夜はキョウリから真っ直ぐ注がれる視線に、ぎぎっと動きを止めた。
(う、なんだろう。なんか、はずかしい)
小夜とは違って、落ち着いた様子のキョウリに、一人、バタバタ騒がしくしてしまってただただ恥ずかしい気持ちが膨らむ。
というよりも――
(な、なんだろう、キョウリさんとこうして二人で話すような時間、あまりなかったから緊張する)
初めてこの世界へ来た時とは違う緊張感に、トクリトクリと心臓の音が忙しないのだ。
それがどうしてか、小夜はなんとなく気付いている。
キョウリの真っ直ぐな瞳のせいだ。会ってからあまり落ち着いて顔を見ることなどできなかったが、今向かい合うように座るキョウリから向けられる瞳は射貫くように小夜を見ている。
(キョウリさんの顔、ちゃんと見たの……これが初めてかもしれない)
彼はすっと鼻筋の通った端正で綺麗な顔立ちをしていた。
そして、強い光を宿す深緑色の瞳が、小夜の心を忙しなく動かしている。
先ほど夢に現れた元の世界より、帰りたいと思った世界。
(なんだろう、わたし。緊張? ううん、でも。また戻ってこれてよかった)
僅かな時間であるが、出会った人たちの元へ戻りたいと願って目を開けたら、その出会った一人であるキョウリがいた。
眠っている時に聞こえた、彼の呟きとも問いかけとも聞こえる言葉に返事をしたのは、夢だろうと思っていたからだ。
そう、夢の様なふわふわとした意識だったから、幻聴だろうと思っていた。
けれど意識がはっきりと覚醒した途端、先程の声が言葉が現実のキョウリからのものだとわかったら、無性に恥ずかしくなった。
(ゆ、夢だと、夢の中だと思ってたのに!)
恥ずかしい。熱くなった頬をそっと隠して、キョウリに固まった笑みで言葉を続ける。
「す、すみません、なんだか落ち着かなくて」
「みたいだな」
「あ、あの、さっきの、起き抜けについていくといったのはですね、その、変な意味ではなく」
「変な意味?」
「え、えと、ななんでも! なんでもないんです」
「……悪い、言いづらくしたか」
「いえ」
どこか、ぎこちない空気に小夜が平静を装うとしながら、心の中で両手をパタパタして慌てているのに対し、キョウリはそう表情が変わることもないだろうと、思ったその時だ。
キョウリが笑ったのだ。苦笑とか、微かな笑みではない。
セラをからかった時の様な、笑みでもない。
面白そうに、ただ、くくっと笑った。
「お前はすぐ、顔に心が出るな」
「え、えっ?!」
ぺたぺたと顔をさわり「そんなに出てます?! ま、まさか今までも」と顔を真っ赤にする小夜にキョウリは頷いた。笑いを抑えてるつもりのようだが、まだ口元が微かに歪んでいる。
「あぁ、出てた」
「そ、そんなにですか!? うう、顔に」
呻いて顔を押さえ俯く小夜に、キョウリはふっと小さく息を吐く。
「……だから、かもしれない」
「?え?」
「いや、なんでもない」
頭をふるうと、再び小夜へと視線を戻す。
「今は先に、聞いてほしいこと、詫びなければいけないとがある」
「詫び??」
「お前を連れていくと決めたことで、俺の厄介事に巻込んでしまっただろう」
「そ、そんな、私が勝手についてきただけで巻き込んだなんて」
そんなことはないという表情をする小夜に、キョウリは苦く笑った。
この少女は素直で優しすぎる、それがこの先、共に関わることで変わってしまわないかキョウリの頭に不安が過る。
「……」
「キョウリさん?」
ふいに黙りこんだキョウリを、心配そうに見てくる小夜に視線を戻す。
ぐっと、両手を握りしめる。
「きっともう、巻き込んだの一言では済まないだろうところにいる」
偶然に巻き込んだとしても、もう、引き返せはしない。
あの追手の二人に小夜と共にいるところを、連れて逃げたところを見られた時点で、もう巻き込まれない保証はない。
「それはいったい、キョウリさんは……あの」
「まだ、ちゃんと名のっていなかったな、俺の名はキョウリ、フェン・叶李・レイディア」
「フェン?」
山の中で襲ってきた少女が、キョウリのことを「フェン殿」と呼んでいたことを思い出す。小夜がオウム返しに呟くと、キョウリは一つ頷く。
「俺が旅をする目的は三つ、一つはレテアの民に会うこと、二つ目は」
「二つ目は?」
「我がレイディア国に、レテアの力を貸してもらえないかどうか願いに」
「……え?」
「そして最後は」
「さい、ごは?」
「ある人物を呪いから解き放ってほしいと」




