十六
「……何をしてるんだ、お前たち」
「何もしてない、今の私たちはただの通行人、だから気にしちゃダメ」
「スズ、それ無理だろっ! 無理がありすぎるからって! だからここはそっとしておこうっていっただろーが。めっちゃおこってんぞ、コイツ」
仄かな明かりで照らされる廊下にて、スズとヒヅキはキョウリの前で正座をしていた。ほぼ、意識的にしなければという気持ちからの正座であり、キョウリがしろと言ったわけではない。ただ、彼の鋭い眼光に気圧されたのもあるだろうが。
目を細め、部屋の前で仁王立ちしているキョウリに「笑顔大事だよ、キョウリ」とスズは唇の端だけ吊り上げ笑いかける。
「……スズ、ヒヅキ」
「「すみませんでした」」
笑顔どころか、眼光の鋭さが増すだけだった。
どうしてこんなことになったのか。それは、十数分前に遡る。
◇◇◇◇◇
十数分前――
「遅い、遅すぎるキョウリ」
「スズ、もう引き上げようぜ」
「やだ、待つ、見守る」
「いや、見守るじゃなくて見たいだけだよな? どうなるのか見たいだけだよな?」
スズはべったりと廊下の角に貼りつき、小夜が眠っている部屋を見つめていた。必然的に、ヒヅキもつき合わされスズの頭に貼りついているのだが、内心ひやひやですぐにその場を離れたい気持ちでいっぱいである。
なんだってこの少女は、人の色恋に興味津々なのだろう。
ヒヅキから見たら、キョウリや小夜が恋仲には程遠いものにしか見えないのだが、どうにもスズには二人はラブラブなカップルにしか見えてないらしい。この年頃の娘は、おませさんだからな、仕方ない。そんなことを考えながらヒヅキはうんうんと自分の思ったことに頷く。
スズはと言えば、小夜が眠る客人用の部屋を絶賛ガン見中だ。
「ふらりと出て行ってしまったけど、きっとキョウリはここへ来る! 私の女の勘がそう言ってる!」と興味津々で、壁に貼りついて離れなくなったスズが言うことを聞くはずもなく。今か今かと、キョウリの帰りを待っているわけである。
「もう、ヒヅキは気にならないの? このあとの恋の展開。夜の闇は二人の心に不安と寂しさをもたらし、互いを呼び寄せるかもって恋の話が」
「……どこでそんなの学んできたんだ」
「リラおばさまが毎月、都から購入してる‘恋の迷宮、貴方の迷宮’っていう本がある。それを見てるの」
「や、スズ、なんで見てんだそんな本を! ってか、リラばあさんが恋の本を?!」
リラとは、スズやヒヅキの知り合いで、ご近所の女性である。もう今年で四十歳前半であるが、未だ独身で恋とは縁遠く仕事一筋。
「私は仕事がこ・い・び・と・な・の!」と、ほほ笑んだあれは嘘だろう。
だって時々、とても悔しそうにカップルとか家族連れを見ているのだから。
舌打ちまでしてしてたくらいなのだから。
そうか、そんな雑誌まで購入して、一人寂しいんだなとヒヅキは知ってはいけないものを聞いてしまったと耳を手で押さえる。
「ヒヅキ、ヒヅキ? これ、内緒ね」
「あー、うん、言わないけど、もう行こうぜ。キョウリかえっ」
「もう、ヒヅキ黙ってて。ここはキョウリがどう動くかみま」
「俺が、どう動くって?」
「「…………」」
背後にいつのまに立っていたのか。そうして、一人と一匹は見つかり正座タイムとなったわけである。
◇◇◇◇◇
現在――
「ヒヅキ、どうしよう」
「お、俺に振るな! だから帰ろうって言っただろうが!」
「……お前たち、何を考えてる」
「何も考えてない。ただ、本能のまま、気の向くまま」
「いや、それどうかと思うぞスズ。ほ、ほら、帰ろうぜ? 悪かったな、キョウリ」
そろりとその場を立ち、ス手を引っ張りたたせようとするヒヅキに「えぇ、これからなのに」と不満げなスズを見て、キョウリは小さく息を吐いた。
「いや、アイツを……見ていてくれて助かった」
「「えっ」」
有難う、そう小さく言って会釈し部屋の中に入っていたキョウリに、スズとヒヅキは目を大きく見開いたま固まった。呆然と部屋のドアを見つめ、暫くしてぎぎっと固まった首を動かし、互いを見る。
「今、有難うって言った?」
「あ、あぁ」
「役立った、恋の張り込み役だったわヒヅキ!」
「いや、張り込みって、見守りじゃなかったのか? まぁ、今回は特別だろ」
「えぇー、そうかな?」
「ほら、帰る帰る!」
渋々とした様子で立ち上がり、歩き出すスズの横をヒヅキも一緒に並んで今度こそ帰路に向かいだす。ちらりと後ろ振り返り、先ほど、自分たちを見つけた時のキョウリの表情を思い出してぼそりと呟いた。
「不器用つーか、男のくせにまごまごし過ぎっつーの」
「何か言った? ヒヅキ」
「べっつに、それよりスズ! リラばばぁの本って」
「あぁ、あれはね」
慌てて話題転換しながら、ヒヅキは早く部屋から離れるよう、スズの横を早足で歩きだした。
◇◇◇◇◇
そっと、キョウリは息を吐く。
「……」
カーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされ、ベットで寝ている小夜の顔は青白い。だが、倒れた時に見た顔色の悪さを思い出すとそれだけのせいではないだろう、キョウリの眉間に深く皺が刻まれる。
「……調子が悪かったのか」
それに気づけずにいたことに、胸中で舌打ちする。
あまりの青白さに、心がぞっとするのは仕方がない。その顔はまるで、生気がないのだ。目を生き生きと輝かせ、セラやスズ達としゃべっていた時の明るさは消え失せた色のようで。
静かに寝息をかく小夜の顔を見つめながら、キョウリは傍にある長椅子に腰かける。幾つかキョウリより年下だろう少女は、どういう気持ちでここまでついてきたのだろう。
「…………」
突然、山中に現れた時は追手という考えが過ったが、すぐにそれは消えた。見たところ、本人もよくわからない事態なのだとわかったからだ。
ただ、そこまでなら少し不審なで終わるはずだった。
(……セラか)
まさか、手渡した短剣から大蛇を呼び出すなど思ってもいなかった。
(あんなものが、短剣に宿っていたとはな)
随分昔、あの短剣を兄から手渡された時に言われた言葉を思い出す。この短剣には、蒼き雷の守り手様がいらっしゃるから、大事にしなさい。きっとお前を守ってくれるよ。冗談っぽく言われた言葉は、しかし冗談ではなく本当だった。
きっとあれは小夜の力で現れたのだろう。本人も理解してないようだが、セラの様子を見れば呼び出したのは彼女であることは間違いない。この大陸には魔法を術を使える者はいくらでもいる。中には特殊な能力、術を扱うレテアの、燈の民のような存在もいる。
(だとしたら、この少女は、いったい何者だ)
ただの少女だと思っていた。しかし、その考えはすぐに覆され、助けるどころかキョウリを助ける力を呼び出した。
「……ここで、俺がいくら考えてもわかることではないな」
(彼女が目覚めたら、自分のとこを少しでも伝えるべきだよ。そして彼女の、小夜さんの言葉を聞いてあげるんだ。伝えれる時を聞ける時を逃さないようにね)
いま――こうして考えるより互いに話すべきなのだろう。
ルカの言葉が頭をよぎる。
なにより、どんな理由があるにせよ、一人の少女だ。本当は、自分の厄介事に巻き込むつもりはなかった。それでも迷いなくついてきたいと言われた時、それ以上は跳ね除けることができなかった。
(貴方の声を聞いた時、とっても安心したんです。あんな時だったから、と言うのもあるんですけど)
そう言って笑った少女。
おかしなことを言う、声で何を安心できるというんだと思った。
けれど。
(きっと大丈夫だって、そう、思えたんです)
ふにゃりと、安心したように信じ切った瞳を向けて微笑む小夜に、毒気を抜かれたのだ。
「……本当は、連れてくるべきじゃなかったんだけどな」
顔を下に俯かせ、ふっと息を吐く。
「全て話しても、まだお前は、俺についてくるのか」
返事はないと、思っていた。
「わたし、ついていきたいです」
か細い、彼女の小夜の声が返ってくることは。
「ついて、いきたいっていいました」
キョウリが驚いて顔を上げると、顔だけをゆっくりこちらに向け、ほほ笑む姿があった。




