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ソデリエル奇譚  作者: 蒼埜葉琉
第一章:雷鳴と共に現れた少女
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16/21

十四

(どうし、さ……小夜……)


 深く暗い闇を漂う中、声がする。

 遠く、でもずっと近くで聞いていた声だ。

 それは小夜を呼ぶ。誰と口を開いたはずなのに声にならぬ音は届くことはない。

 ただ、呼び探す声だけが一方通行に小夜だけに届く。

(誰だろう、聞いたことある声、誰なの)

 もう一度——誰、と声を出した途端。

 目の前を幾つもの光の流星の洪水に思わず目を閉じると、とんっと足元に地面の感覚があった。

(足、ついてる、夢の中じゃないの?)

 恐る恐る、目を開くと飛び込んだ鮮やかな色の世界に思わず目を見張った。

(うそ……)

「どうして行かせてしまったんですか」

「……いつかはこうなると、貴方だって分かっていたでしょう?」

「っ、それは、それでもこんな急になんてことっ」

 言い合う男女、というより親子のような姉弟のような女性と少年の姿を目に捉え、小夜は無意識に二人へ手を伸ばす。

 見知った姿だ。

 ずっと、ずっと傍にあった存在だった。

(なんで、なんで二人が見えるの? これは夢? お母さん、悠希《ゆうき》くん!)

 鮮明に映る景色は、小夜の日常がある世界だった。キョウリやスズ達と出会う前までにいた――たった一つの世界であり、あった居場所。

 小夜の部屋で母の千里は寂しそうに、諦めたように主が不在のベットに腰かけて窓を見つめていた。そして部屋の入口に凭れるように背を預ける、淡い栗色の髪をした一人の少年に視線を向ける。

(でも、どうして悠希くんが家うちにいるの……?)

 燈野 悠希(ひの ゆうき)――小さい頃からの幼馴染であり親戚の少年だが、正直仲が良好とはいえない。

 というより嫌われてる気がしていたから小夜にしたら、居ることが不思議でしかたがない。

「こんなことなら、寝てる間も見張ればよかった」

「悠希くん」

「俺がもっと、見ていたらこんなっ」

(悠希くん)

 悠希の感情的な姿に小夜は驚きが隠せなかった。二歳年下であるというのに、どこか大人びた冷たい雰囲気を纏っていた幼馴染み。思い出してもあんな風に感情を露にすることが殆んどなかった少年。

 実のところ小夜は悠希が少しばかり苦手だった。

 というのも悠希は小夜のやることにいつもダメ出しをし、何か失敗するたびに冷たい視線と一言を心に落とすのだ。

 幼い頃、どんなに笑いかけても遊ぼうと声をかけても、ただ冷たい目と言葉だけが返ってくるばかりだった。

(そういえば、悠希くんって)

 少し似ている、と小夜は思った。

 彼に、あちらに行って最初に出会った青年――キョウリに。

 冷たい雰囲気と、どこか素っ気ないところ。

 けど、とすぐにその考えを消す。

(違う、似てるけど似てない。だって、キョウリさんは)

 小夜の行動を止めることをせず、受け入れてくれたから。

 きっと、諦めもあったかもしれない。

 けれど、その中に確かに優しさがあることを少し知った。そう思い出している時、知らず、口元が綻ぶのに小夜は気づいていない。

「今からでは、どうすることもできないもの。待つしかないわ」

「待つだなんて、悠長なことを言っている場合ですか? あの玉を持って小夜にできるとでも?」

(……いったい、なんのこと? お母さん、悠希くん)

 思考に耽っていたのを止めて懸命に呼ぶも、声は出ることはない。それどころか、小夜が目の前にいるのに、母と悠希は気づいていない、見えていないようだ。

「ごめんなさいね、貴方にまで傍にいてもらったのに。結局こうなってしまった」

「なら、今からでも!」

「いいえ、それは無理よ。あの玉が導いたのは小夜だけだもの」

(導いた? いったい何を話しているの)

「だとしても、こんな突然に……まるで神隠しのように消えやがって、あいつ」

 苛立ち、吐き捨てるように言い放った悠希の言葉に身をすくませる。

(悠希くん、怒ってる。でも、私だって消えようと思った訳じゃ)

「そうかもしれない。でもきっと、玉が道をひらいたのは必要だったから、その時だからこそなの。突然ではないのよ、その時が来ただけなの」

(時、ひらいた……)

「千里《ちさと》さん、貴女は小夜に何も教えていない」

「教えない方がよかったんだと私は思うわ。もし、行くことを止められないのなら、あの子が変に迷ってしまわないように、先入観にとらわれない為にも」

 苦く微笑む千里から悠希が右手を強く握りしめ、視線を外す。

「玉が必要としている、その呼ぶ声が小夜に届いたのなら見つけられるわ」

(ひつよう? なにが、だれを)

 先程から眼前で繰り広げられる話に、小夜はただ当惑する。無意識に胸元に手をやれば、菱型の玉が手にあたる。

(このペンダント?……玉? が、関係してるん、だよね。きっと)

 ペンダントを眼前にぶら下げる。玉が何を意味し、何を伝え何処に連れて行こうとしているのか。

 まだ、小夜には分からない。

 けれど、そうして分からないことだらけで、それに全てを包んで考えないようにしていた気がした。

(私、無意識に頭の片隅で夢だと思ってたのもかもしれない。わからないって言葉で隠してたのかもしれない。そう、ずっと考えないようにしてた。だって、おかしいもの)

 母の千里と悠希の言葉に、ようよやく気づいた見えない分からない不安。

 初めて小夜があの世界『ソデリエル』へと来て驚いて慌てふためくことなかったのは、受け止めきれていなかっただけだ。

 どこかで夢の様な、掴みどころのない世界のように感じていたのだ。

 そう、知らないうちに木の上にいたのも。

 キョウリに助けてもらったのも。

 大蛇のセラやスズ、ヒヅキ、彼らの存在をどこか遠くに見ていた。

(やっぱり、夢じゃないんだ、キョウリさんもあの世界も)

 たしかに、漠然とした不安があったのだ。

 小夜はギュッとペンダントを握りしめて目を瞑る。

「悠希くん、あの道は不完全なの。なにより、先を示す玉はもうないのよ」

「関係ない、道がまだあるのなら、行くだけですから」

「けれど、貴方のお母様は」

「俺は」

(お母さん、悠希くん、どうして私は呼ばれたの?)

 そっと瞳を開けば、鮮やかな世界はぼんやりとぼやけ遠のいでいく。

 幾つもの光の流星が溢れ、小夜の日常がある世界は光の中に消えて。

 そして後ろから深い深い闇が小夜を包む。

(わからない、どうしたらいいかわからないけど、でも)

 たった少しだが、時間を共にした人たちが頭の中に浮かぶ。

 誰が小夜を呼んだのだろう。

 誰が何のために、連れてきたのだろう。

 こんなちっぽけで、何か特別な力があるわけでもない小夜を誰が必要としてくれるだろうか。

(ないかもしれない、けど、あの世界にまた戻るのなら)

 沈み微睡む意識の中、思う。どうしてだろう、戻りたいと思った。

 『ソデリエル』へ――彼らの元へ。

 今、目の前にある確かな日常よりも夢だとどこかで思っていた世界の方へ。

(皆と、キョウリさんたちと、もう少し……いたい。わからないことばかりだけど、ついていきたい)

(キョウリさんの、助けてくれたみんなの役に立ちたい)

 小夜の心の声に、一つの声が確かに応えた。


(ならばもう一度——見つけに行けばいい、探せばいい。わからないことを一つ一つ気付いていけばいい)


 そう、嬉しそうに笑うように囁く声が。

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