十三
「これぞレテアの谷の名物、ヨルももんふぐ鍋! たらふく食べるといいわ」
「スズ、そんなの聞いたことなっ、うぐっ!」
「名物ですか! それは凄っ……!」
熱い湯気とともに、ツンと鼻をつく香辛料の匂いが漂いヒヅキと小夜は後方へと座りながら思わず下がる。どんっと勢いよく置かれた鍋の中には、ぐつぐつと煮えたぎる真っ赤なスープに何かの足やら羽らしきものが見え隠れしている。
「今さっき、私が考えて作った鍋。これからレテアの名物にするの」
「そ、そうか。おお俺はいいや、キョウリたちが食えよ、あったかそうだぜ」
「う、うわぁ! すごい、体中温かくなり、そうですよね! キョウリさん」
スズが早く食べろと言わんばかりの期待に満ちた眼差しを向けてくるのを感じながら、小夜は横へ座っているキョウリへと話を振る。
だが、キョウリは全然話を聞いてない様子で、窓の外を眺めていた。
あの後から、彼の反応はすこぶる悪い。
◇◇◇◇◇
「まぁ、もう夜も遅い、とりあえず話はまた明日ってことにしようか。そちらのお嬢さんも疲れているだろうから、ね、小夜さん」
「……え?」
それまでの会話をおぼろげに聞き、別の言葉に集中してた小夜は突然名前を呼ばれたことに慌てて顔を上げた。途端、集まる視線と、横からキョウリが眉を寄せて見つめてくるのに、思わず身を縮こませる。言葉を発しようにも、あがって声を出せずにいると、それがルカの中で決め手になったようだった。
「はい、じゃあ今日はここまでだ。ミケ、二人を私の屋敷へ案内してあげてくれ。いやぁ、客人が来てくれたら賑やかで楽しくなるね」
「長! そんな、幾らなんでも貴方様のお屋敷は!」
「どうせなら、私かヒヅキの家でもいい」
「いや、いいんじゃねーの? ルカの家なら無駄に広いし、空いてる部屋いっぱいあるだろー」
三者三様の反応にルカはまあまあと宥めながら、黙るキョウリをちらりと見つめる。何か言いたげの様子だが、どうやら彼も小夜の様子が気がかりだったようだ。
「分かった。ルカ殿、明日また、お話願えるか」
「あぁ、君の返事も明日で。そちらも色々と話し合いたいだろうからね」
◇◇◇◇◇
そうして話は一旦中断し、暫くお世話になることになったルカの邸宅へ移動し、遅いながら夕食を頂くことになったのだが――
先ほどからキョウリは何かを考えているようだった。
出会った時に無理行ってついてきたというのに、彼の行動を邪魔してしまったことへ、小夜は心の中が罪悪感でいっぱいだった。
(邪魔か……そんなの、最初からだ。助けてもらってそこから)
そう考え出した途端、ぐるぐると渦巻く重い気持ちに、膝の上にのせた手をぎゅっと握る。謝らなければと思うも、キョウリはこちらへ耳を傾けてくれる様子はなく言葉は口の中で止まる。
「小夜、小夜? 食べたくない?」
「そ、そんなことないよな! 嬢ちゃんっ」
「え? う、うん、食べたい! いただきまーす!」
スズとヒヅキが心配げな顔を向けてくるのに、慌てて返事をする。
(今はこれ以上、迷惑をかけないようにしなきゃ)
そう胸中で呟き皿を手に取る。ついさっき出会ったばかりだというのに、こんなにも親切に、何か問いただすこともなく受け入れてくれたヒヅキやスズに心配かけてばかりはいけない。
キョウリのことは気になるが、今はスズ達やルカの好意に感謝しなければとお鍋へと手を伸ばす。
(そうだよ、うん)
謝りたいこと聞きたいこと、分からないことと沢山あるが、とりあえずはお腹を満たすことも大事だ。
「よかった、小夜。いっぱい食べてね」
「あぁ、いや、無理ない程度にな」
きらきらと目を輝かせ感想を待つスズの表情と、申し訳ないと言ったヒヅキの表情。皿に入れたスープを一口――口に入れた途端に辛みと酸味が広がり、頭の中が歪む。
(……あれ)
からんと、手からスプーンが落ちる。拾わなければと思うのに、体が大きく後方に傾いていく。
「……? おい!」
ぐらんと揺れる意識の中、焦ったような彼の声が遠くに聞こえる。
あぁ、また迷惑かけてしまったかもしれないと消えかかる意識の片隅でごめんなさい、キョウリさんと呟く。
そして、もう一つ。
(キコ……テ……)
微かに聞こえた誰かの声を最後に、小夜の視界は意識はブラックアウトした。




