十二
「いやぁ、客なんて久々だな。さあ座って、是非ゆっくりしていくといい。ああ、ミケ、あのお茶菓子どこだったかな」
そう聞きながら戸棚から茶筒に湯呑やら用意する鴨――谷の長であるルカに、付き人だろうミケと呼ばれた白髪の老人が「あぁ、そんな小さな体で! 危ないですからー!」と慌てた様子で背後を行ったり来たりしている。
「凄い、大きいお屋敷……」
中央のソファーへ席に着くと、小夜は落ち着きなく辺りを見回しぽつりと感嘆混じりの言葉を漏らす。
あの後に案内されたのは、全体を草や蔓に覆われた赤褐色の煉瓦屋根に黒の壁という特徴的な古めかしい大きな屋敷であった。
外側とは違い、中は落ち着いた暖かみのあるクリーム色の壁に、木目の綺麗な廊下が続き柱の一つ一つについたランプが淡い光で灯っていく先を照らす。
案内された部屋はルカの仕事部屋の一つでもあるらしい。
若草色の絨毯はふわふわで思わず寝転がってみたいと口に出しそうになって、小夜は思わず口を強く噤んだ。
「寝転がるなよ」
横から小さな声で、キョウリが目を合わせることなく言った言葉にしまったと小夜は口元を押さえた。どうやら口をつぐむのが遅かったようだ。
と、いつの間にか小夜の横にちゃっかり坐っているスズが「小夜の気持ち、わかるよ」と続けて呟く。
「寝転がってもいいと思う、私も時折やるから。この絨毯、気持ちいいよ」
「おい、やってんのか、スズ」
ヒヅキがややドン引きの顔をすれば、ルカは「スズと小夜さんの気持ちわかるよ」とうんうん頷いた。
「この絨毯は最高に気持ちがいいからね。今度、寝転がってみるといい。それにしても、あの茶菓子どこにいったんだ? ここにあった筈なんだが」
背後から「長、寝転がることなんてそんなことを進めてはいけませんぞ!」と小さく窘めるようにミケが言うが、ルカは気にすることもなく「お菓子はっと」と戸棚を漁り続ける。
「あ、あの、そんなおかまいなど」
「うん? そういうわけにはいかないよ。ほら、立ってないで座って座って」
くるりと振り返って、鴨――ルカが言えば、キョウリがすっと一歩前に出てそっと会釈した。
「お初にお目にかかります、ルカ殿。突然のご訪問をお許しください、自分の名はキョウリ、この少女はキデラ、キデラサヨと申します」
腰を曲げ礼をするキョウリのかしこまった態度にヒヅキが「俺らの時と態度違うじゃんよ」と呟いたがミケにスパンっと叩かれた。
小夜は目を白黒させつつ、習うように慌ててお辞儀をする。
そんな二人の様子に、スズは一人お茶を入れて飲みながら手を横に振る。
「まぁ、二人ともそう固くならないで。焦りは良くないわ、確かあの一番下の戸棚奥に美味しいお菓子あったの知ってるの、せっかくだから食べつくすのいいと思う」
ついと――未だ戸棚を漁る鴨の後ろ、主にふりふりと揺れる尻尾(お尻というのか)を見て、ソワソワと待ち遠しそうにスズが見つめる。
「スズ、お前漁ったな……つか、つまみ食いしたな」
ヒヅキがジトリとした眼差しを下から向けるが、スズはどこふく風だ。
視線を合わせまいと明後日の方向へと向けている。
「お、ホントだ! 奥にあったのか。ミケ、お茶の用意頼むよ……うん、で、キョウリさん、小夜さんだったかな?」
小さな体で大きな円状の箱を抱えて、ルカが振り返る。
「話というのは、君たちを追っていた人物たちと関わりがあるのかな?」
その言葉にキョウリが僅かに瞳を細める。
一瞬――妙な静けさが広がった室内に、スズの暢気な声が大きく響き渡った。
「二人とも、追われた愛の逃亡者だったんだ、納得」
「いや、納得も何も違うだろ。あ、追われてたとか逃亡ってのはあってんのか?」
横から聞こえる言葉に、小夜は何とも言えずにちらりとキョウリを見る。何も聞かずに彼の後を着いてきたと知ったら、スズやヒヅキは呆れるだろうか。逃亡者、という言葉が小夜の頭の中でぐるぐる回る。
キョウリは瞳を伏せ、何か考えているようだった。
また誰も声を発することなく静かになった室内に、 カチャリと茶器の音がやたら大きく響く。
数十秒、一分二分の間だろうか、ようやく彼が口を開いた。
「ルカ殿の言う通りです。追手は東国イザミに仕える術者、防衛騎士団の者」
「東国、イザミ?」
「イザミと言ったら白魔術に長けた大国ね、あそこの食べ物は凄くオシャレで斬新でいかしたものが多いって聞く」
「最後の情報はいらないだろ、スズ……ってか、なんでそんなとこから追われてんだお前」
探るようにヒヅキが見つけるが、キョウリの表情は特に変わることはなかった。
ゆっくりとした動作で懐から一つの子袋を取り出すのに、ぴくりとミケが僅かに体を動かしたが、ルカが視線でそれを制止た。
「それは何かな」
「人の魂が封じられた石、と言ったら信じていただけますか」
キョウリの言葉に小夜やヒヅキが息を詰めると、紐を解かれた藍色の袋から現れたのは数センチ程の青黒い多角形の石だった。
表面には幾つものヒビが入り、かけている部分も見える。
「ほんとだ、その中に何かいるかも、たぶん」
「たぶんかい! 俺にはただの石ころに見えっけど」
まじまじとヒヅキとスズがキョウリの取り出した石を覗き込む。
小夜の目にもそれはただの石のように見えたがキンッと、確かに小さな小さな音がそれから聴こえた気がして、目を見張り見つめる。
「その石、どこで手に入れたんだい」
「手にいれたのではなく、私の目の前でこうされたのです」
「……された、んですか? それって」
すると今度は鈍いカンッという音が石から響いたが、小夜以外には聞こえてないようだ。空耳なのかと思い、石を見つめ続けると、またカンカンっと響く。
「キョウリの知り合い?」
「お前の知り合い、なんでそんな難儀なことになってんだ」
「二人とも茶々を入れない。大体、知り合いとも限らないだろう。そうだろ、キョウリくん」
「……知り合い、そうですね。たしかにそうなるところでした」
そう呟き、石を見つめるキョウリにルカは「ふむ」と何か考えるように器用に羽を口ばしにあて考え出す。
その話の中――小夜は石から聴こえる音に、じっと耳をすませていた。
(まるで、私に話しかけてきているみたい……ううん、そうなの?)
突拍子もない考えだと思うも、小夜はそうだと確信し始めていた。
短剣から現れたセラの時も、そして。
(ここに来る前に、聞いた声……あれは、そうだ、あの石からの声が聞こえたから)
首元の、服の下に隠れている石に手をあてる。
何故か、今はあの声は聞こえない。夢だったのかとも思うも、こうして現実にいた世界とは違う場所にいることは夢ではない。
(石の声が、物の声が聴こえるなんてことあるの? ううんモノ、じゃない。その中にある‘なにか’なんだ、きっと)
小夜が自分の中で何かを見つけていく中で、キョウリ達の話は続いていた。
「東国の者が、生者に呪いをかけたというわけか」
「長……」
何か言いたげなミケに、ルカは「大丈夫だ」と返事をして言葉を続ける。
「そして君は、それを解きたいんだろう」
「――はい」
キョウリの簡潔な答えに、ルカはばさりと翼を広げる。
「できないとは言わないけどね、そちらの願いを聞く代わりに、こちらの願いも聞いてくれるかい」
「願い?」
「うん、君に」
君に、用心棒になってほしいんだ。




