十
その世界は天と地の神々の恩恵により、力が満ち溢れていた。溢れた力は無数の星のように散らばり、全ての者の傍らに常に存在する。一つは世界を慈しみ育む緑であり、一つは癒しと潤いを与える青であり、一つは命を熱を灯す赤であり、様々なカタチですべてが世界を支え、共にある。
その世界の名は『ソデリエル』という。
「ここはソデリエルって、言うんですね。はじめて知りました」
「……」
「知らない人、はじめて会った」
「ただの箱入り娘、とかでもなさそうだしなぁ」
奇異の眼差しで各々が見てくるのに、ただ見つめられてるということに照れて笑う小夜。会った時から思っていたが、やはり、どこか天然なズレた少女だとキョウリはため息ついた。
「話が長くなりそうだな、どうせならここを離れてから話してもいいか。夜も遅い、近くに洞窟でもあれば、そこで野宿したい」
「いいけど、貴方たちのこと名前だけでも聞かせてくれないの?」
「おい、はぐらかそうってんじゃねぇだろうな?! こっちだけが情報筒抜けみてぇで腹立つわ!」
だんだんっと、足で地面を叩いて怒鳴るヒヅキに、スズは「まぁまぁ」と宥めながら、抱っこする。
「わ、私は木寺、木寺小夜と言います! それでこちらの方は」
「キョウリだ」
簡潔に名乗るキョウリに、ヒヅキが「ふん」っと鼻を鳴らして、不満げな顔を向けるが、スズはそう、と怒ることなく言葉を続ける。
「うん、キデラ……サヨ? とキョウリね。キデラサヨは長いから、どっちで呼べばいい?」
「スズー、どっちでもいいじゃねぇの?」
「あ、あの、小夜が名前で木寺は名字なんですけど、どちらでも!」
小夜の言葉に、スズはわかったと小さく返事をすると、二人を交互に見て微笑む。
「じゃあ、サヨとキョウリ、野宿よりいいところがあるわ」
「おい、スズまさか」
「野宿より?」
「……連れていってくれるのか」
「うん、いいよ。ね、ヒヅキ、この二人なら大丈夫そうだもの、変な恋人たちだけど、あの連中より全然マシ」
「まぁ、こっちも聞きてぇ事あるしなぁ。野宿するよりはいいかもしんねぇけど」
スズの言葉の意味が、ヒヅキとキョウリには分かったようだった。小夜は頭の上に沢山の疑問符を浮かべ、なんとなくキョウリへと視線を向ける。
するとキョウリが、小さく息を吐いた。
「連れていってくれるということだ、彼らの谷にな」
その言葉に小夜は驚いて、スズとヒヅキを思わず見つめる。スズはこくりと頷く。
「うん、貴方たち面白いし。それに、ここまでこれたなら谷に連れてきてもいいと思う。山の主たちが貴方たちを拒まず通したのなら、大丈夫」
「なんだかんだ、ここまで来てるしな。それに報告もしなきゃいけねぇし、しょうがねぇから連れてってやるよ」
異論はない、という風にヒヅキが肩をすくめて答える。
「そうか、それは有難い、頼む」
「うん、頼まれた」
「ってか、お前の目的、俺たちの谷だろう」
にやりと意地悪く笑うヒヅキにキョウリは小さく口元に笑みを浮かべる。二人と一匹の間でトントンと話が固まるのをキョロキョロと落ち着きなく見ている小夜だったが、キョウリの目的がもしヒヅキの言う通り谷にあるというのなら。
「わ、私、いきます! ついていきます、キョウリさん!」
「……大きな声で宣言することか」
半眼のまなざしを向けるキョウリに小夜はフンっと鼻息荒い表情でこぶしを握るだけだ。その様子にスズがふふっと頬を染め
「熱烈な恋の言葉ね! ついていくなんて健気な彼女、やっぱり恋人ってすごい」
「スズ、スズ。お前、そろそろ恋とか話に入れてくんな、ややっこしいだろ」
呆れたようにヒヅキが見上げて言うが、スズはどこか楽しそうにうっとりとした眼差しで小夜とキョウリを見ていて、話を聞いていなかった。
「こ、こい? えっ、え? えぇぇ!!」
「キデラ、落着け。とりあえず話を切り上げて、行くぞ」
それにスズがすぐさま表情をきりっと変える。
「あ、うん、行こうサヨたち。あ、あと聞きたいことがある、さっき乗ってた大蛇って巻ける?」
「おい、なんでお前が仕切るんだ……って、スズー! なんでそれを今聞く! あとでこう、ずばっと聞こうと、つか、なんで巻けるにこだわるんだよ!」
スズ達の言葉にキョウリはやはりあの時、現れる前から見られていたかと胸中で呟くと「それは俺より、キデラが詳しいな」とだけ、返事をした。
「そうなの? サヨ、さっきの」
「おい、スズ、その話はあとでだな」
「熱烈、恋人……ねつれ……」
残念ながら、小夜の耳には誰の声も届いていないまま、谷に着くのである。




