八
「そこの二人、いちゃついてるとこ悪いけど、出頭してほしい」
「え?」
「誰だ」
突然、幼い少女特有の高い声が空から降ってきた。
小夜が慌てて周辺、上を見上げた先。
腰まで届くほどの長い栗色の髪を靡かせた少女が、大木の枝に立ってこちらを見下ろしていた。
月夜の下、光に照らされた少女の肌は不健康に青白い。
だが、瞳の色は鮮やかな深紅色で、意志の強さ命の火を灯したような力強さがあった。
とんっと、少女は軽やかに地へ降り立つとビシッと人差し指をこちらへ向けた。
「聞いてる? そこの二人、若いからって夜遅くまでいちゃつきはいけない。親元へ届けるためにも、いろいろ詳しく身元とか恋の話とか聞きたいから、出頭してほしい」
どこかおかしなことを言い放ち――なぜか目をキラキラ輝かせる少女に、小夜はたっぷり数十秒フリーズした。
(いちゃ? おやもと? こいの??)
「……え、えぇ! い、いちゃつきなんてしてないですよ?! ね、ねぇ、キョウリさん!」
わあわあと慌てふためく小夜とは対照的に、声を発するまで気配を感じさせなかった少女に対し、キョウリは睨むように目を細め見つめる。
「なんだ、お前は」
(まったく気配がなかった、この少女は――)
すると、ぶわりと少女が首に巻いている毛皮が逆立つ。そう、ただの毛皮が逆立ったのだ。
「おい、お前! もう少し聞き方ないのか?! ぶっきら棒にもほどがあるぞ、大体だな、聞くなら名前名乗りやがれっての!」
今度は幼い少年の声が辺りに響き渡る。それも少女が首に巻いている毛皮からだった。毛皮がもぞもぞと動いたかと思えば、ばっと少女から跳び、くるくる回転して地面に降り立つ。
二人を威嚇する様に睨み、毛を逆立てたそれは小さなタヌキだった。
この時、密かにタヌキ(?)――ヒヅキは決まったぜ! と心の中に妄想した神々しい丘の上でガッツポーズをしていた。しかし、丘から転げ落ちるのは数秒だった。
「……あっ! ヒヅキ、ヒヅキ、それ違う。声をかけときながら私たちの方が名乗ってなかった。だから、こちらから名乗るべきだったと思う、ごめん」
「えぇ! あ、あの、それは」
「まったくだな」
「ぐ、ぐうぅぅ」
落ちた。
見事に心の丘から落とされた。ふるふると振えて呻き声を上げ固まる。
今の彼――ヒヅキには、小夜やキョウリが冷めた目を向けているように(実際、キョウリはそうだった)見えていた。
あんなに大きな声で言った後、見事に突き落とされた状況に、次第に目がきょどきょどと忙しなく動き出した。
(あぁ、ここは、助け舟を出すべきなのかな……)
小夜もまた、ソワソワと体を震わせていた。タヌキが冷や汗を大量に流しどこか涙目である。頬も朱に染まって、これはきっと恥ずかしいに違いない。
(ど、どうしよう、これは困ってる! きょ、キョウリさん、どうっ)
横を見れば、冷めた表情でタヌキを見つめるキョウリに、小夜もまた冷や汗をタラタラ流した。こちらに話を振ったら更にタヌキが心落してしまうだろうと。
あぁ、彼は、どうしてこうも動物さんとの第一印象は最悪なのだろうか。
「……あ、あの、今の」
「そうだな、先にそちらが名乗るべきだと思うが」
「う、うぅぅ」
「うん、ほら、ヒヅキってば、名乗らないのダメだよ」
キョウリの言葉にうんうんと頷いて続ける少女――スズに、フリーズしていたタヌキ――ヒヅキはバッと後ろを振り返ってスズを見上げた。
「……う、ばっかスズ! そ、それ、今言わなくていいだろ?! 俺、勢いよく出てきたのに?!」
半分八つ当たりである。
「そうだけど、ヒヅキはただ、目立って出てきたかっただけでしょう。どうでもいいから二人に謝って、ほらほら」
「え?」
「……」
「そ、な、スズが先に名乗ってたらよかったんだよばかやろぉぉぉ!!」
完全墓穴、八つ当たりなヒヅキの大絶叫が山の中に響き渡った。




