第6話:迫る影と、歪み始める完璧
第61層から第70層——最高司令官率いる軍隊や、ギルドの最高幹部たちが集う本物のエースパーティしか足を踏み入れることを許されない「一般人の絶対限界領域」。
立ち塞がるのは、かつて大国を一夜で滅ぼしたとも言われる巨大魔獣の群れだ。
本来ならば数百名の精鋭が整然と陣を組み、物量と圧倒的魔法の絨毯爆撃で押しつぶすのが「正攻法」とされている。
だが、アレンの攻略スタイルはどこまでも異質だった。
『——群れの思考パターンを同期解析。個体Aの突進軌道を15度ずらすことで、個体BおよびCへの連鎖衝突が発生』
アレンが道端の小石をコツンと1個弾く。
その物理的な波紋は、ドミノ倒しのように巨大魔獣たちの群れ全体へと伝播していった。
「グガアッ!?」
「ガアアッ!?」
暴走した巨体同士が互いの急所に激突し、爆音とともに崩れ落ちていく。
軍隊が死力を尽くすような大戦線が、アレンの指先一つの「環境利用」によって、ものの十数秒で無に帰した。
「……ふう。60層を超えると、さすがにギミックの連鎖数が多くなって少し頭を使うな」
アレンは額の汗を拭うこともなく、淡々と歩を進める。
【真・鑑定】が提示する攻略解は、層を深めるごとに先鋭化し、アレンの動きはもはや一撃一撃が「必然の奇跡」へと昇華していた。
◇
第97層。勇者パーティの前線基地。
「……何かの間違いじゃないかしら?」
聖女セリアが、届いた最新の緊急報知魔導具を指先で弾きながら、鼻で笑った。
「第60層を個人で単独突破? しかも第70層にまで到達しているですって? 王国の軍隊でも数ヶ月準備してようやく挑む場所よ。そんな嘘、誰が信じるの?」
勇者ルクスは黙っていた。
いつもの爽やかで完璧な笑みは消え、険しい表情で魔導具から送られてくる「踏破シグナル」のログを注視している。
(あり得ない……。このログの更新速度はなんだ? 立ち止まって休憩している形跡すらない。まるで……ダンジョンの罠や魔物の配置を『最初から知っている』かのような……)
ルクスの脳裏に、ふと一人の男の顔が浮かぶ。
『俺の鑑定は、物の名前がわかるだけじゃない! お前たちの作戦の穴も、魔物の習性も全部——』
追放する間際、必死に叫んでいたあの情けない男——アレン。
(いや、馬鹿馬鹿しい。あいつは戦闘力ゼロの【鑑定】士だ。5層に突き落とされた時点で、初見殺しの罠にかかって骨も残らず死んでいるはずだ)
ルクスは頭を振り、不快な思考を振り払った。
自分は中級貴族の誇り高き英傑であり、97層という人類の頂点に立つ者だ。誰にも脅かされるはずがない。
「ルクス様? どうかされたの?」
「……いや、何でもない。セリア、次の98層への試行計画を早めるぞ。下層でどんな化け物が暴れていようと、俺たちが100層を踏破すればすべて解決する」
「ええ、もちろんよ! ルクス様こそが最高の英雄なんですもの!」
寄り添う二人の影。
だが、ルクスが握りしめた剣の柄には、ほんのわずかに不吉な汗が滲んでいた。
◇
第80層。
有力領主の私兵団すら全滅する「人類の絶対壁」。
アレンはその扉の前に立ち、ゆっくりと息を吐いた。
「80層か……。ここを抜ければ、いよいよあいつらの領域(88層〜)が見えてくる」
アレンの眼光に、青い演算の光が静かに、そして苛烈に灯る。
「待ってろ、ルクス。セリア。お前たちが『自分たちの実力』だと信じ込んでいるその地位もプライドも……俺がすべて暴いて、追いついてやる」
戦闘力ゼロの「ただの辞書」が仕掛ける爆速の王手まで、あとわずか。




