第4話:限界領域の突破と、不穏な噂
第7層から第14層——一般的な冒険者であれば、数ヶ月の訓練と実戦経験を経てようやく足を踏み入れられる領域。魔物の攻撃力とスピードは段違いに上がり、ただの知識だけでは刃が立ち得ない「暴力の壁」とされる場所だ。
しかし、アレンの足取りが緩むことはなかった。
『——前方よりアサシンウルフ4頭。速度:時速60キロ。同時挟み撃ち』
薄暗い岩かげから、俊敏な影が四方から飛びかかる。
常人であれば視認すら不可能なスピード。だが、アレンの視界ではすべての軌道が赤く鮮やかな「攻撃予測線」として描かれていた。
「左から一番手、着地地点は……ここ」
アレンは最小限の身のこなしで半歩だけ右へズレる。
突進してきた狼は虚空を切り、アレンが計算通りに設置しておいた壁の突起物に自ら頭部を激突させて自滅した。
交差する刃も、迫りくる爪も、すべてが「確定された未来」の通りに逸れていく。
筋力や素早さが足りないなら、**敵の力と運動エネルギーをそのまま利用して自滅させればいい**。
【真・鑑定】による物理演算は、アレンの体を「絶対に攻撃が当たらない不可侵の領域」へと変えていた。
◇
第15層。ここからは戦闘力だけでなく、ダンジョンの謎解きや複雑なギミックが絡み合う「頭脳戦ゾーン」に入る。
「この層のからくりは……なるほど」
壁面に刻まれた古代文字と、複雑に交差する魔力の流路。
本来なら専門の学者や解読士が数日かけて解き明かす暗号を、アレンは一瞥しただけで解読した。
『——隠し扉の開放条件:魔導回路のバイパス処理。右から三番目のレバーを特定周波数で振動させる』
**ガコン、と重厚な石扉が開放される。**
本来なら幾重ものトラップを解除し、強大なガーディアンを倒さなければ開かないはずの「最奥への最短ルート」が、アレンの前ではただの自動ドアのように次々と開かれていく。
15層、18層、そして20層——。
一般人の冒険者が「一生の目標」とする領域を、アレンは追放されてから**わずか数時間**で駆け抜けていた。
◇
その頃、地上に近い王都のギルド本部。
「……おい、噂を聞いたか?」
「ああ。第5層から第20層までの攻略記録が、ここ数時間で異常なスピードで更新されているって話だろ?」
ギルドの掲示板前に、ベテランの冒険者たちが集まり、ざわついていた。
「単身でノーダメージ、しかも一切の魔法や大剣の反応なし。まるでダンジョンの構造を最初から知っている『影の支配者』が通り抜けたみたいだって……」
「まさか、どこかの大国が極密裏に送り込んだ超上位の暗殺者か?」
誰一人として、それが数時間前に「戦闘力ゼロの役立たず」として5層へ突き落とされた【鑑定】士・アレンだとは夢にも思っていなかった。
一方、最深部『第97層』の前線基地。
「……ん? どうしたの、ルクス様?」
豪華な天幕の中で、聖女セリアが不思議そうに首をかしげる。
勇者ルクスは、手元に届いたギルドからの定期連絡書を見つめたまま、わずかに眉をひそめていた。
「いや……下層の攻略データに、少し不自然な数値が出ているようでな」
「不自然? ふふ、どうせ下層の雑魚冒険者たちが、たまに運良くボスを倒して騒いでいるだけでしょ? 私たちには関係ないわ。だって、私たちは人類の頂点……97層にいるんですもの」
「……そうだな。気にすることでもあるまい」
ルクスは連絡書を脇に置くと、不敵な笑みを浮かべた。
自分たちの絶対的な強さと人望、そして前人未踏の領域にいるというプライド。それに揺らぎなどあるはずがなかった。
しかし、彼らはまだ知らない。
自分たちが年単位の歳月と絶大な物量を投じてたどり着いたその背後に、**物理法則すらハックした「戦闘力ゼロの男」が、恐ろしい速度で迫っていることを。**
「20層突破か。……加速していくぞ」
暗闇のダンジョンの中、アレンの瞳には青い演算光が怪しく輝いていた。




