第2話:97層へのカウントダウン
投げ放たれた小さな石ころは、まるで目えない糸に手繰り寄せられるかのように、正確無比な軌道を描いて空間を裂いた。
**——パカァンッ!!**
甲高い破壊音が、薄暗い洞窟内に鋭く響き渡る。
魔獣『ディープ・キャノピー』が振り下ろそうとしていたハサミが、ピタリと空中で止まった。
石ころが命中したのは、外皮の強固な装甲の合間——わずか数ミリの隙間に存在する、第3胸節の結合部。
【鑑定】が弾き出した「密度0.02%の致命的弱点」だ。
「ガ、……グ……!?」
石ころ一発の衝撃が、物理演算の最適解によって伝幅し、魔獣の内部機構を内側から粉砕する。
赤い複眼の光が明滅し、体長2メートルを超える巨体が、ドサリと崩れ落ちた。
……静寂。
あまりにもあっけない一瞬の決着に、自分の手を下ろしたアレン自身が息を呑む。
「……一発で、倒せた……?」
本来なら、見習い冒険者が剣を交えれば初見殺しの刃にかかり、騎士ですら慎重に隙を突かなければ倒せない5層の魔物。
それが、落ちていた石ころを投げつけただけで絶命した。
脳内に再び、あの無機質なシステム音が鳴り響く。
*《対象の完全解体を検知。討伐報酬として『解析度』の上昇を確認》*
*《周囲50メートル以内のダンジョン構造および罠の完全マッピングを完了》*
アレンの視界に、青く透き通った3Dマップが立ち上がった。
岩肌の裏に隠された隠し通路。足元に仕掛けられた落とし穴罠。そして、遠くで蠢く他の魔物たちの「位置」と「行動パターン」。
「なるほど……そういうことか」
アレンは折れた右足に手を当てた。
視界に【鑑定】のウィンドウが浮かび上がる。
【対象:自身の右足(骨折)】
・損傷状態:右脛骨の単純骨折。
・治癒手順:角度12度で骨を整復後、周囲の苔(ホーリーモス:回復効果あり)を塗布し圧迫固定。
・予想全快時間:12分(超効率応急処置による)
足元の岩肌に生えていた、ただの雑草だと思っていた緑の苔。
それを【鑑定】の指示通りに骨をセットして塗りつけると、じんわりとした温かい光が足を包み込み、痛みが急速に引いていった。
「……あいつらは言った。『鑑定』なんて物の名前がわかるだけの役立たずだって」
アレンはゆっくりと立ち上がり、自分の拳を見つめる。
確かに、アレン自身には剣聖のような筋力も、大魔導士のような魔力もない。
だが、今の自分には「世界すべての正解を見抜く頭脳」がある。
5層は、訓練を受けていない一般人にとっては死の領域だ。
だが——完璧なナビゲーションと確定回避の未来が見えるアレンにとっては、ただの「チュートリアルステージ」に過ぎない。
「勇者ルクス……お前は『第97層』に到達した人類最高の英雄で、頭も回るし、誰もが信頼する本物の天才だ」
冤罪を着せられた悔しさも、見捨てられた絶望も、今は不思議なほど冷ややかに頭の中で整理されていた。
「でも、お前らが年単位の時間をかけて死ぬ気で登ったその階層に……俺がこの【鑑定】で、どれだけの速度で追いつけるか……試してみるか」
アレンは落ちていた小さなナイフを拾い上げると、視界に映る「最短・安全攻略ルート」へ向かって迷いなく歩き出した。
一般の騎士すら足踏みする第5層を、戦闘力ゼロの男が“ノーダメージ”で踏破し始める。
異次元の爆速帰還劇が、ここから幕を開けた。




