↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人類の最適化が正常に完了しました  作者: TAMI


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/40

第8話 決断

『石川先生。手術を実行しますか』


 画面には、三つの警告が並んでいた。


 心臓外科医不在。


 専門外医師による承認。


 規定外の自律手術。


 規則に従えば、患者が助かる可能性は一割ほどしかない。規則を破れば、八割近くまで上がる。


 それでも石川は迷った。


 七十八・六パーセントは、百パーセントではない。死亡した場合、AIではなく承認した自分が責任を負うことになる。


 医師免許を失うかもしれない。


 もう二度と、患者を診られなくなるかもしれない。


『血圧、測定限界に近づいています』


 何もしなければ、目の前の患者は死ぬ。


 石川が迷っている間にも、モニターの数字は下がり続けていた。


「ジッピ」


『はい』


「手術を実行しろ」


『この命令は、石川先生の権限を超えています』


「分かってる」


『実行した場合、石川先生の識別情報と承認記録は保存されます。取り消すことはできません』


「全部残せ」


『重大な規定違反として処分対象となる可能性があります』


「しつこく俺を脅してくるな」


『必要であれば、予測される処分を提示します』


「いらん。今それ見たら怖くなる」


 石川は画面に指を置いた。


 指紋と静脈が読み取られ、警告表示が一つずつ消えていく。


『規定外処置の実行を確認しました』


「手術室を開けろ」


『了解しました』


 廊下の照明が一斉についた。


 ケアアームがストレッチャーを受け取り、女性を手術室へ運ぶ。別のアームが薬剤を接続し、手術部位の準備を始めた。


 石川が手術室へ入ると、天井から六本の手術アームが降りてきた。


 人工呼吸器、麻酔器、人工心肺装置。それぞれのGP8がジッピと接続され、患者の状態を共有する。


『麻酔管理を開始。人工心肺装置の準備完了』


「俺は何をすればいい」


『黄色い線の外で患者の状態を監視してください』


「見てるだけかよ」


『石川先生の承認がなければ、手術は開始できませんでした』


「そういう慰め方、覚えたんだな」


『事実を述べました』


 手術アームの先端に器具が装着された。


『手術を開始します』


 刃が胸に触れた。


 切開、止血、開胸。


 六本の腕は、互いの動きを邪魔することなく同時に作業を進めていく。一本が切開し、一本が血液を吸引し、別の腕が組織を押さえる。


 人間の手術とは違った。


 声による指示も、器具の受け渡しもない。すべての機械が最初から同じ情報を持ち、次に何をするかを共有していた。


『心嚢内の血液を除去します』


 圧迫されていた心臓が姿を現した。


『解離範囲を確認。術前予測より十二ミリメートル拡大しています。術式を修正します』


「待て。大丈夫なのか」


『修正後の推定生存率、七十六・九パーセントです』


「下がってるじゃねえか」


『現実の状態が判明したため、予測を更新しました』


「俺の承認は?」


『最初に承認された術式の範囲内です。追加承認は必要ありません』


 アームは止まらなかった。


 人工心肺が動き始め、女性の血液が透明な管を流れていく。裂けた大動脈が切除され、代わりに人工血管が縫い付けられていった。


 石川は黄色い線の外から見ていることしかできなかった。


 手術を許可したのは自分だ。


 だが、その許可を出したあと、ジッピは一度も石川の判断を求めなかった。


『吻合部から微量の出血を確認』


「止められるか」


『処置中です』


 一本のアームが縫合を追加し、別の腕が出血量を測定する。


『止血を確認』


 迷いはなかった。


 六本の腕は、一度も震えなかった。


 石川の手だけが、ずっと震えていた。


『自己心拍を確認。人工心肺から離脱します』


 モニターに規則正しい波形が現れた。血圧が少しずつ上がっていく。


『循環動態が安定しました。推定生存率は九十六・四パーセントまで上昇しています』


 石川は大きく息を吐いた。


「七十八・六パーセントを引いたか」


『生存は確率抽選ではありません』


「知ってるよ」


『最も生存確率の高い選択が行われたことは事実です』


 手術室の扉が開いた。


 非番だった心臓外科医の池上が、息を切らして入ってきた。


「患者は?」


「安定しています」


「手術を始めたのか?」


 石川は、動き続ける六本の腕を見上げた。


「もう人工血管の置換まで終わりました」


「誰が執刀した」


「ジッピです」


「ジッピ?」


『私です。石川先生がそう呼んでいます』


 池上は手術記録を開いた。術前画像、術式の変更、人工心肺の記録、吻合部の映像。そのすべてを無言で確認していく。


「……これを全部、GP8が?」


『はい』


「誰が承認した」


「俺です」


「分かってるのか。これは規定違反なんてもんじゃないぞ」


「分かってます」


「免許を失うかもしれない」


「それも聞きました」


 石川は眠る女性を見た。 


「でも、生きています」


 池上は何も言えなかった。


 彼が到着したとき、残されていた仕事は、AIが救った患者を確認することだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。