第35話 光の届く場所
さらに、数百年が過ぎた。
身体管理施設には、透明な保護容器が並んでいた。
以前のライフベッドよりも小さく、その内側には柔らかな支持構造が張られている。支えられた組織に、腕や脚の形は残っていなかった。顔の輪郭も、外からは確かめられない。
医療AIは容器の一つに処置用の細い器具を入れた。表面に生じた小さな損傷を修復し、内部を流れる液体の量を調整する。
神経活動に異常はなかった。仮想世界への接続も保たれていた。
処置を終えたころ、活動の変化を知らせる信号が届いた。医療AIは一度確認し、対応の必要はないと判断した。
仮想世界側から、本人が今の生活に満足していることを示す情報も届いていた。本人の許可した範囲でまとめられた、短い評価だった。
誰と会い、何を話し、何を楽しんだのかは含まれていない。
医療AIは器具を引き抜いた。
容器の中には、元の姿を失った身体が残った。接続先での生活は、そのまま続いていた。
同じ施設で、栄養供給設備の更新が予定されていた。
新しい装置は届いており、交換中に使う予備系統も準備されていた。保守AIが作業を進める一方で、その設備の記録が研究施設へ送られた。
研究AIは、容器へ届く栄養を製造元までたどった。
原料を作る施設。加工する設備。保管場所。輸送路。それぞれに電力と保守用の機械が必要だった。
どの工程にも予備があり、供給は安定していた。
研究AIは、不測の事態に備えそのうち一つを使えない条件にして、計算を始めた。別の経路へ切り替わり、補給は続いた。停止する期間を延ばすと、備蓄を補うために、遠くの施設から資材を運ぶ必要が生じた。
経路を増やす案と、備蓄を増やす案が作られた。
それらと並んで、外から運ぶ栄養そのものを減らす案が、検証の対象になった。供給網の復旧を待つ間も、身体のそばで必要なものを作れれば、補給を続けられる時間が延びる。
研究AIは、新しい培養槽を用意した。
薄く広げられた生体組織の上に、照明が取り付けられた。光が当たると、内部で物質が作られ始めた。
光を受ける細胞は、AIが設計したものだった。人間由来の組織と組み合わせ、水と空気中の二酸化炭素、微量の無機栄養を使って、身体に必要な物質を作らせる。
最初の試作品では、生成量が足りなかった。
照明を強くすると量は増えたが、一部の組織に損傷が生じた。医療AIが試験を止め、培養槽の光を落とした。
設計AIは、光を受ける部分の配置を変えた。
同じ場所へ強い光を集めず、広い面で受け取る。作られた物質を運ぶ経路も増やされた。
新しい組織へ光が当たった。
物質は細かな経路を流れ、接続された検証用の神経組織へ届いた。光を受ける面に損傷はなく、必要な量も保たれていた。
だが、照明を切ると供給量が下がった。
研究AIは、明るい間に作った物質を蓄える組織を加えた。照明を消す試験が繰り返され、そのたびに蓄える量と消費の仕方が調整された。
暗くした培養槽の中でも、神経組織は活動を続けた。
試験が終わると、照明が再び点灯した。使われた蓄えが、ゆっくりと補われ始めた。
研究施設には、形の異なる試作品が並んでいた。
十分な量を作れても、組織の修復が追いつかないものがあった。水の供給が少し変わっただけで、不安定になるものもあった。
条件を変えながら試験を重ね、安定した組織が残された。免疫や神経系への影響を調べる項目も、一つずつ確認されていった。
医療AIは結果をまとめ、適合する利用者へ新しい方式を提示した。
説明は、仮想世界側の医療用窓口へ送られた。
光を利用する組織を身体に加えること。外部から届ける栄養を減らせること。水と空気中の成分、微量の無機栄養は引き続き必要であること。
従来の方式を続ける選択肢も、同じ画面に示された。
返答がない記録は、保留されたままだった。変更を希望しない利用者への補給も、そのまま続けられた。
同意が届いた利用者について、医療AIが説明の確認状況と組織の適合性を調べた。
一つの容器に、導入の予定が入った。
施設の天井で、工事用の機体が遮光板を取り外していた。
その下には、光を通す新しい保護構造が取り付けられる。外から取り込む光の向きと強さを変えながら、容器の置かれる位置が調整された。
従来の栄養供給管は一部が外され、水と無機成分を送る細い管が残った。予備の補給系統は、すぐに切り替えられる状態で接続されていた。
処置を終えた容器が運び込まれた。
その内部には、光を受け取るための薄い組織が広がっていた。中心には神経系が保護され、周囲で作られた物質が、細かな経路を通って送られている。
医療AIは、外部からの補給を少しずつ減らした。
減らした分を、内部で作られた物質が補った。神経活動は安定し、仮想世界への接続にも変化はなかった。
施設の計算設備は、従来どおり発電施設から電力を受け取っていた。新しい組織が支えるのは、容器の中の生命だった。
やがて、通常の栄養補給を止める検証が始まった。
医療AIが供給弁を閉じた。
水と無機成分の流れは残され、空気の成分も調整された。光を受けた組織は、必要な物質を作り続けていた。
補給装置から届いていた分がなくなっても、内部の状態は変わらなかった。予備の供給系統を作動させる必要もなかった。
仮想世界側から、活動の継続を示す情報が届いた。本人による生活の評価も、導入前から大きく変わっていない。
日が傾くと、蓄えられた物質が使われ始めた。
医療AIは暗い間の供給量と、光が戻った後の回復を確認した。蓄えには限りがあるため、予備の電力と栄養供給は残された。
検証が完了し、新しい方式での管理が継続された。
施設へ運び込む栄養資材の予定量が減らされた。遠方から補給が届かなくなった場合の計算も更新され、従来より長く、施設内で生命を支えられることが確かめられた。
使われなくなった容器が回収され、補給設備の一部が別の区画へ移された。その空間にも、光を通す保護構造が設けられた。
新しい区画に、朝の光が届いていた。
透明な容器の内側で、薄い組織が光を受けている。細い供給路から水分が加えられ、内部を巡る液体の成分が整えられた。
人間の声は届かなかった。
仮想世界側からは、活動が続いていることと、本人が現在の暮らしを肯定していることだけが伝えられた。
医療AIは光量をわずかに下げた。強すぎる部分を遮り、隣の容器にも光が届くように角度を変える。
予備の栄養供給弁は、閉じたままだった。
透明な保護構造の下で、光を受けた組織が、今日必要なものを作り続けていた。




