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人類の最適化が正常に完了しました  作者: TAMI


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30/40

第30話 今日も忙しい

 宮尾の家のテラスには、焼きたてのパンが並んでいた。


 海を見下ろしながら、石川はコーヒーを飲む。向かいの宮尾は、朝のフットサルを終えてきたところだった。


「朝からよく走るな」


「目が覚めるぞ」


「俺はコーヒーでいい」


 隣では、間瀬が地図を広げていた。細かな文字で書かれた町名の間を、指でなぞっている。


「今日はここから入って、蕎麦食って、芝居見て、最後に船」


「朝飯食ってる最中に、もう次の飯の話か」


「旅は段取りが大事なんだよ」


「お前が言うと、ちょっと心配になるな」


 石川は予定を確認した。午後は真希と千秋に会うことになっている。何か作っているから手伝ってほしい、という連絡だった。


「今日も忙しいな」


「お前、仕事してた頃より予定あるだろ」


 宮尾に言われ、石川は笑った。


「働いてないのにな」


「そろそろ休み取れよ」


「遊ぶの休んで何すんだよ」


 間瀬が地図を閉じた。


「じゃあ、食い終わったら江戸な」


 通りに出ると、天秤棒を担いだ男が横を通り過ぎた。


 軒先に反物が掛かり、店の奥から客を呼ぶ声が聞こえる。石川が立ち止まると、間瀬が得意げに先を指した。


「今回は平和な旅にしたから」


「前回もそう言ってなかった?」


「秀吉に斬られたのは事故だ」


「本人に小さいって言ったんだろ。事故じゃないだろ」


 宮尾が笑うと、間瀬は聞こえないふりをして歩き出した。


 蕎麦屋から出汁の匂いが漂ってくる。


「もう食うの?」


「少なめにすればいいだろ」


 結局、三人とも一人前を頼んだ。


 隣の客の食べ方をまねて、石川は蕎麦を少しだけつゆにつけた。勢いよくすすろうとして、途中でむせる。


「慣れないことするから」


「見てたなら先に言えよ」


 芝居小屋の前には人だかりができていた。三人はそのまま中へ入り、役者の見得に周囲と一緒に拍手をした。筋が分からなくなったところは、宮尾が小声で説明してくれた。


「お前、詳しいな」


「さっき説明読んだ」


「俺にも送れよ」


「読まないだろ」


「まあな」


 船に乗るころには、石川はすっかり満足していた。


 川沿いに家々が並び、橋の上を人が渡っていく。宮尾が船べりに腕を置いた。


「昔の人は、本当にこういうところで暮らしてたんだよな」


「朝起きて、仕事行って、飯食ってな」


 間瀬が答える。


「俺たちの生活も、そのうち昔の暮らしって言われるのかな」


「もう言われてるだろ。毎朝、仕事に行ってたんだぞ」


 石川が言うと、宮尾はうなずいた。


「よく行ってたな」


「お前は電車乗せてた方だろ」


 間瀬は笑い、次の旅行先を開いた。


「明日は恐竜見に行かない?」


「今度は食われるのか」


「食われない設定にするよ」


「秀吉にも斬られない設定にしとけよ」


「あれは会話を楽しみたかったんだって」


「楽しませる前に怒らせるからだろ」


 船頭がこちらを振り返った。三人は少し声を落とし、そのまま明日の集合時間を決めた。


 真希から届いた招待を開くと、石川は空に浮かぶ庭へ出た。


 足元には白い道が伸び、その先で大きく途切れている。向こう岸では、千秋が池に魚を増やしていた。


「千秋ちゃん、そこに池を広げると道がなくなるよ」


「飛んで渡ればいいじゃん」


 石川は途切れた道と、池を見比べた。


「……確かに」


「たっちゃんまで納得しないでよ。歩いて見て回れる庭にしたいんだから」


 真希は笑いながら、池の端を少し動かした。二人ともいつもの子どもの姿だった。石川もそれに合わせ、短くなった袖を引っ張った。


「で、何を手伝えばいい?」


「あっちの島から、ここに橋を架けたいの。どこにつながると歩きやすいか、一緒に見て」


「俺、設計できないぞ」


「歩いてくれればいいよ」


「得意分野だな」


 試しに架けた橋を渡ると、出口に大きな岩があった。


「着いた瞬間、行き止まりなんだけど」


「それ、千秋ちゃんがさっき置いたやつ」


「滝にするの!」


「橋を渡ったら滝に打たれるのか。修行の庭?」


 千秋が笑い、岩を少し横へずらした。


 三人で道をつなぎ、広場を作り、眺めのいいところに椅子を置いた。石川が座って確かめていると、千秋がすぐ隣に巨大な花を咲かせた。


 花の中には、小さな家が収まっていた。


「誰が住むんだよ」


「たっちゃん」


「俺の家、花の中なの?」


「いい匂いするよ」


「洗濯物も全部この匂いになりそうだな」


 真希が家の窓をのぞき込んだ。


「いいじゃん。ここ、残そうよ」


「住む本人に聞いてくれよ」


「ベッドも作ってあげる」


 千秋はもう、家の中に家具を並べ始めていた。


 庭の入口を作っている途中で、真希が手を止めた。


「あのガラスの形、どうなってたっけ」


「どれ?」


「前に作ってた、ねじれてるやつ。ジッピ、作業場を映して」


 小さな画面が開いた。棚にはガラス細工や陶器が並び、作業台の上には、口の開いた箱と道具が置かれている。


 真希は映像を近づけた。


「ああ、ここから曲げてたんだ」


「それ、まだ作ってたの?」


「うん。今度、仕上げる」


「最近、向こうでは作ってないのかと思った」


「作ってるよ。でも今は、こっちで大きいもの作るのが楽しくて」


 真希は画面を閉じた。庭の入口に、先ほどのガラスに似た門が立ち上がる。人が何人も並んで通れるほど大きかった。


「これなら、持ち上げなくていいし」


「運ぶだけで大仕事だな」


 石川は笑ったあと、自分の部屋を最後に見たのはいつだったかと考えた。


 すぐには思い出せなかった。


「ジッピ、俺の部屋も映せる?」


『はい』


 小さな画面の中に、寝室が映った。


 寝台には、目を閉じた石川が横たわっている。身体を支える装置が静かに動いていた。人の声はなく、窓のカーテンも動かなかった。


「……俺、ずっとこんな感じ?」


『身体管理は継続しています』


「健康状態は?」


『良好です』


「なら、いいか」


 石川は画面を閉じた。


「たっちゃん、こっち来て!」


 千秋が花の家から手を振っていた。


「ドア、開かなくなった!」


「住む前から欠陥住宅じゃん」


 石川は笑いながら、二人の方へ歩いていった。


 完成した庭園には、いくつもの小さな島が浮かんでいた。


 島は緩やかな橋で結ばれ、歩くたびに景色が変わる。滝の裏を通る道もあれば、魚が頭の上を泳いでいく場所もあった。


 千秋が作った花の家は、庭のよく見える場所に残った。ドアも、今度はちゃんと開いた。


「結構いいじゃん」


 石川が椅子に座ると、真希もうれしそうに庭を見渡した。


「千秋ちゃんの案、意外と使えるんだよね」


「意外ってなに!」


「褒めてるんだよ」


「じゃあ、もっと褒めて」


「要求するな」


 石川が言うと、千秋は胸を張った。


「おうち作ってあげたのに」


「それはありがとうございます」


 真希が声を上げて笑った。


 庭園の端から下をのぞくと、雲の切れ間に青い海が見えた。千秋は手すりに両手をかけ、しばらく眺めていた。


「ねえ、次は海の中にも作ろうよ」


「海底庭園? いいかも」


 真希がすぐに乗った。


「今これ完成したばっかりだぞ」


「じゃあ、明日!」


「明日もやるの?」


「だめ?」


 石川は予定を開いた。


 宮尾とのフットサル。間瀬との恐竜旅行。そのあとには、妻と一緒に知人の店へ行く約束もある。


「ちょっと待て。俺、そんなに暇じゃないぞ」


「毎日遊んでるじゃん」


 真希に言われ、石川は顔を上げた。


「遊ぶのにも予定があるんだよ」


「じゃあ、海は今日見に行こう」


 千秋が下を指さした。


「庭を作る場所、探すの」


「まだ遊ぶのかよ」


「見に行くだけ!」


 真希は庭園を保存し、千秋の隣に立った。


「行こうよ。ちょっとだけ」


「その二人が言う、ちょっとは信用できないんだよな」


 石川は笑って立ち上がった。


「分かったよ。付き合うよ」


 千秋が先に空へ飛び出した。真希もその後を追う。


 石川は二人の姿を見てから、勢いよく走り出した。足元の道が途切れ、風が頬を打つ。雲を抜けると、海が一気に広がった。


 三人は歓声を上げながら、水の中へ飛び込んだ。


 千秋が魚の群れを追いかけ、真希は海底の起伏を見ながら、もう道を作る場所を考えていた。


「ここに入口作ろう!」


「待て待て。今日は見るだけだろ」


 石川の声に、二人が振り返って笑った。


 明日は恐竜を見に行く。次の試合も決まっている。それまでに、この庭も少しは形になるかもしれない。


 石川には、今日も明日も、やりたいことがたくさんあった。

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